285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全(アメリカ合衆国)

285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全

285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全
285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全
285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全

285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全
285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全
285 ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全

ストーリー:

 ビーコン・ヒルはボストンの地区の名称である。それはアメリカ合衆国の中でも最も古いネイバーフッドの一つとして位置づけられる。最初の住民がここに越してきたのは1620年代。イギリスの植民地時代は、ここは望楼であったのだが、3つの丘を削り平らにした後、ボストンの中でも裕福で上流階級の人たちが家を持つような地区となっていく。この地区の魅力は、そこに建つ連邦制様式(フェデラル・スタイル:アメリカ合衆国が独立した直後に流行した建築様式。代表的な建築家はトーマス・ジェファーソンで、代表的な建築はホワイトハウス)の建築の統一性と調和である。それは、自動車がまだ発明される以前の、馬車時代のボストンを彷彿させる。
 その面積はおよそ43ヘクタールであり、西側はチャールス川沿いに接しており、その南にはボストン・コモン、ボストン・パブリック・ガーデンという公共空間が広がる。大きく3つの地区に分類され、それらは南側の丘、北側の丘、そしてフラット・オブ・ザ・ヒルとよばれている。19世紀初頭までは3つの丘があったが、ボストンの海岸を埋め立てるために、それらは削られた。
 歴史地区であるが、現在でも9,000人ほどの住民がいる。高級住宅地であり、フラット・オブ・ザ・ヒルの南面にはボストンの裕福な名家が今でも住み続けているが、北面にはサフォーク大学の学生や教職員が居住しているなど、その住民構成が多様であるのも特徴の一つである。
 この地区の独特な雰囲気は、ボストンの地元住民だけでなく、観光客も惹きつける魅力に溢れているが、それは、そのユニークさをしっかりと保全するように地元住民が活動したこと、そして、それを支援するような法律をマサチューセッツ州が策定したためである。以下、その経緯を簡単に説明する。
 20世紀になると、ボストンの経済は急成長し、新しいビルがつくられ、古いビルも新しいビルに合わせるような修繕が進んだ。これによって、古い建物が倒壊されることがないようにチェックするために、住民が中心となってザ・ビーコン・ヒル協会が1922年に設置された。それはビーコン・ヒルの歴史的住宅地の特徴を守ることを目的としている。1940年代には歩道をレンガ敷きからアスファルト舗装にする試みがなされたが、住民の反対によって具体化されなかった。
 第二次世界大戦後の1950年代には都市再生プロジェクト(Urban Renewal Project)がビーコン・ヒルの隣接地区で遂行され、古い建物が倒壊された。都市再生の手がビーコン・ヒルにまで伸び、歴史的な建物が倒壊されないように、ザ・ビーコン・ヒル協会はそれらを歴史地区として指定されるように行動した。この行動が実を結び、1955年にはマサチューセッツ州の州法616章が、ビーコン・ヒルを歴史的地区として指定する。これは、同州最初の歴史地区指定であり、これによって都市再開発から歴史的地区をしっかりと保全することが可能となった。この616章の目的は次のように記されている。

「歴史的ビーコン・ヒル地区を保全することによって教育、文化、経済、そして一般的な公共福祉に寄与する。また、それを保全することで昔年のイギリス連邦時代のボストンの記憶を次世代にまで継承する。」

 そして、それを実現させるために、ビーコン・ヒル建築委員会が1955年に設置され、指定された地区内のリノベーションや開発プロジェクトを監視することとした。同法ではこの委員会は、提案されている建設、再建設、修繕、建築外部の色彩の塗り替え、建築外部の倒壊が歴史的ビーコン・ヒル地区において同法が掲げる理念と照らし合わせて適当であるかを判断しなくてはならない。そして、同地区内のいかなる建築も、同委員会から「適切である証明書」を発行してもらわなければリノベーションも建て替えもできないように同法は明記することになった。この協会はこれまでも古い建物を壊して新しい集合住宅が計画された時に、外壁は残し、内部だけ新しくするように計画を修正してもらうなどの成果を出している。
 そして、南側斜面の地区は1955年に、フラット・オブ・ザ・ヒルの地区は1958年に、北側斜面の地区は1963年に歴史地区として指定されることになった。また、これらの州の動きをバックアップするために、ビーコン・ヒルは1962年に国定歴史建造物に登録される。ビーコン・ヒル市民協会は設立されてから100年経った現在においても、ボランティア組織ではあるが、ビーコン・ヒルの生活の質を保全し強化するために活動を展開している。

キーワード:

ブラウンフィールド,ウォーターフロント,アイデンティティ,都市公園

ビーコン・ヒルの歴史的町並み保全の基本情報:

  • 国/地域:アメリカ合衆国
  • 州/県:マサチューセッツ州
  • 市町村:ボストン市
  • 事業主体:マサチューセッツ州(州法の制定)、ザ・ビーコン・ヒル協会、ビーコン・ヒル建築協会
  • 事業主体の分類:自治体 市民団体
  • デザイナー、プランナー:N/A
  • 開業年:1620年、1955年(歴史地区の指定)

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 歴史的建築物の保全はまちづくりの有効な方法論である。もちろん、その目的は貴重な歴史的建築物を保全することであるが、その過程において、それは全体論的なまちづくりとして位置づけられる。歴史的建築物はそのコミュニティ、地域において社会・文化的な価値だけでなく、経済的な価値を有することが20世紀になり、明らかになってきた。それは、グローバリゼーションが進展し、世界規模でマクドナライゼーションとでも評すべき画一化が展開していく中、歴史的建築物はそのコミュニティ・地域において歴然としたオーセンティックな価値を生み出すからである。グローバリゼーションの進展と歴史的建築物の保全の重要性の高まりとには、深い関係性があるのだ。
 アメリカ合衆国は歴史が浅い。歴史が浅いからこそ、そのオーセンティックな歴史的建築物の物語性を大切にする。そして、ここで紹介するボストンのビーコン・ヒルはまさにそのような事例である。
 ビーコン・ヒルはボストンの都心部の近傍にある住宅地区で、植民地時代の古いレンガ造りの建物によって知られている。個性溢れる玄関、レンガ敷きの歩道、狭い道路、そしてガスランプが、この地区を彩っている。これらはいかにも歴史ある街並みを保全しているかのように見えるが、1960年代から70年代にかけて、一部の道路(例えばテンプル・ストリート)において歩道は拡張され、車道は狭められた。路上駐車のための空間が割かれ、そこは歩道になったのである。さらに、多くの歴史的街並みに見えるように電灯はガス灯へと1977年に置き換えられた。確かに、それに照らされるビーコン・ヒルの街並みはタイムスリップをしたような錯覚を覚えさせる。ちなみに、ボストンに最初のガス灯が設置されたのは1828年。電灯は1882年に普及し始め、1913年にはほぼすべてのガス灯は電灯に置き換わった。しかし、1977年にビーコン・ヒル地区では再び電灯からガス灯へと戻されたのである。歴史地区の雰囲気を維持するために、ここまでやるのか、とこの話を聞いた当時、感心したことを記憶している。
 つまり、ビーコン・ヒルのノスタルジックな歴史的街並みは、そのオリジナルをしっかりと保全していることに加えて、それを強化するような修正も施されているのだ。そして、それによって歴史地区というビーコン・ヒルのアイデンティティは強化され、その空間的魅力は高まり、住民達のコミュニティへの愛着は強くなっている。まさに、歴史的建築物の保全はまちづくりの有効な方法論であることを我々に知らしめさせる事例である。
 とはいえ、このガス灯を撤去する動きが今、ビーコン・ヒルでは起きている。これは、ガス灯は地球温暖化を促進させることに加え、ガス管が老朽化しているために、ガス漏れが頻繁に起きてしまっていること。さらには、ガス灯が排出するメタンガスによって街路樹が枯れているからだそうだ。置き換わるのはLED灯であり、街灯の管理費も随分と安くなるそうである。この問題では、その是非に関して、活発に議論が交わされている。

【参考資料】
Beacon Hill Civic Associationのホームページ
https://www.bhcivic.org

Beacon Hill の歴史建築保全ガイドライン(PDF)

ボストン市のホームページ
https://www.boston.gov/historic-district/beacon-hill-architectural-district

CBSニュース(2022.03.16)
https://www.cbsnews.com/boston/news/boston-plans-to-replace-historic-gas-lamps-with-energy-saving-led-lights/

類似事例:

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・ 歴史的建築物免税制度、セント・ルイス(ミズーリ州、アメリカ合衆国)
・ バックベイ建築地区デザイン・レビュー、ボストン(マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)
・ サウスエンド・ランドマーク地区デザイン・レビュー、ボストン(マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)
・ ブラックストーン・ホテルのリノベーション、フォート・ワース(テキサス州、アメリカ合衆国)
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