011 ライン・プロムナード(ドイツ連邦共和国)

011 ライン・プロムナード

011 ライン・プロムナード
011 ライン・プロムナード
011 ライン・プロムナード

011 ライン・プロムナード
011 ライン・プロムナード
011 ライン・プロムナード

ストーリー:

 ドイツのノルドライン・ヴェストファーレン州の州都であるデュッセルドルフはルール工業地方の金融拠点として、ルール工業地方とともに発展していく。特に第二次世界大戦後は、徹底的に破壊された国土を牽引すべく、他のルール工業地方の都市とともに、アメニティより経済効率を優先した開発を推し進めていった。そのような中、市内を流れるライン川と旧市街地(アルトシュタット)とを分断するような形で、国道1号線が整備されることになる。この道路は、一日で6万台もの自動車が通行するほどの交通が行き交い、デュッセルドルフはライン川という、この都市の最も強烈なアイデンティティでもあるライン川とアルトシュタットという二つの資源が分断されてしまうことになった。
 その後、デュッセルドルフのウォーターフロントは人々から物理的にも心理的にも、さらには視覚的にも遠くなってしまっていたのだが、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州議会場が1988にライン河岸につくられることが決定したことを契機に、都心部とこの新しい州議会場を道路が分断している状況の改善が検討されることになる。
 そのような検討の中、デュッセルドルフ市の道路技術建設局員のワーザー氏が、国道1号線を地下に埋め、それによってできる上部空間を歩行者と自転車のためのプロムナードにすることを提案する。そして、この提案が受け入れられ、国道1号線はオーバーカッセラー橋とラインクニー橋というデュッセルドルフの都心とライン川とを結ぶ二つの橋の間の1.9キロメートルの区間、地下を走ることになったのである。このトンネル事業は1986年に事業が決定し、1993年に竣工、プロムナードは1995年に完成し、それ以降、デュッセルドルフ市は傑出して豊かな公共空間を手に入れることになり、それ以前の経済優先の都市とは訣別することになる。
 プロムナードの設計は、ニクラス・フリッチ(Niklaus Fritschi)、B. スタール(B. Stahl)そして G. バウム(G. Baum)によって行われたが、彼らは1900年時のプロムナードを設計したヨハネス・ラドゥケのものを再現するように配慮した。新しい公共広場を整備するというだけでなく、まだ道路がライン川と都心部とを分断する以前の、都市の記憶をも現在に繋げるような意匠を施したのである。市役所広場(ブルグ・スクエア)の前にあるライン川沿いの階段は、観光スポットとなっており、特に夕暮れ時は多くの人々で賑わっている。プロムナードの南側にはアポロ劇場などが開業するなど、ライン・プロムナードが整備されたことを契機として、ライン川のウォーターフロントはより都市的な魅力を増すようになっている。
 このプロジェクトは、ドイツ銀行による1996年の「公共広場賞」の一位、ノルトライン・ヴェストファーレン州の1997年の「優秀建築賞」、1998年のドイツ都市デザイン賞に輝くなど、公共空間のプロジェクトとして極めて高い評価が為されている。

キーワード:

道路地下化,ランドスケープ,ウォーターフロント,アクセス,アイデンティティ

ライン・プロムナードの基本情報:

  • 国/地域:ドイツ連邦共和国
  • 州/県:ノルドライン・ヴェストファーレン州
  • 市町村:デュッセルドルフ市
  • 事業主体:デュッセルドルフ市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:ニクラス・フリッチ(Niklaus Fritschi)など
  • 開業年:1995

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 デュッセルドルフは大都市圏人口こそ200万人ほどであるが、都市は人口60万人と決して大きくなく、コンパクトな都市である。公共交通も発達しているため、自動車を持たずに生活することもできるような都市である。そのようなコンパクトでヒューマン・スケールな都市の中心市街地のアメニティを大きく損なっていたのが、この国道1号線であった。
 それは、経済優先、効率優先といった考えがもたらした20世紀の遺物でもあり、都市が成熟を迎え、量よりも質的な豊かさを求め始めたとき、それが都市に与える影響はプラスからマイナスへと転じたのである。そのような時代の変化を察知し、また、デュッセルドルフの経済も工業からメディア産業、ファッション産業へと移行しつつあり、よりアメニティの高い都市空間を整備する必要性が高まったこともあり、この自動車より人を優先した大事業が遂行された。これは、「都市の鍼治療」というには、ちょっと大きな事業ではあったが、その効果という点からいえば、抜群の成果をもたらした。
 デュッセルドルフは、このライン・プロムナードだけでなく、他にもウォーターフロントのメディア・ハ?フェン再開発事業、路面電車のターミナルであったヤン・ヴェレム・プラッツの再開発、都心のショッピング地区を刷新した車道/アーケードのプロジェクトなど、都市の魅力を高めるような「人」を主人公とするような事業が多く実現されている。その結果、デュッセルドルフは都市の格をあげ、欧州連合の設置により激化している都市間競争に見事に生き延び、ドイツ有数の豊かな都市になっている。

類似事例:

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・環状道路1号線地下化事業(オタニエミ、フィンランド)
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