ブラジル連邦共和国の事例

015 ごみ買いプログラム

(ブラジル連邦共和国)

環境局長であった日系ブラジル人の中村ひとしは、放置されているごみをどうにかして回収しなくてはいけないと考えた。そして、ごみを回収したひとに報酬を与えるというアイデアを思いついた。

019 針金オペラ座

(ブラジル連邦共和国)

針金オペラ座はブラジルのパラナ州クリチバ市にあるオペラハウスである。クリチバ市の都心から10キロメートルぐらい離れた北側の丘陵地帯にある。そこは、クリチバ市が所有していた石切場の跡地で、以前はダイナマイトを使って採石していた。しかし、市街地が発達してきたため、ダイナマイトが使用できなくなり、放置されたままになった。

028 緑との交換プログラム

(ブラジル連邦共和国)

ブラジルの環境都市として知られるクリチバは、1989年にジャイメ・レルネル氏が三期目の市長として当選してから、「環境都市」を施策目標として掲げる。そして、低所得者層が多く住んでいたフェベラ地区のごみ問題の解決策として「ゴミ買いプログラム」を導入し、見事、大きな成果をあげる。

069 花通り

(ブラジル連邦共和国)

「都心は自動車ではなくて人間のためにあるべきである」という信念のもと、レルネル市長は連休中の3日間で2ブロックほどの道路の舗装を剥がし、そのうえに花壇を置き、自動車を通れなくした。1972年5月20日のことである。

092 知識の灯台

(ブラジル連邦共和国)

クリチバ市の政策的課題として、経済格差の隔たりと児童の教育問題がある。クリチバは90年代にこの「知識の灯台」や「環境寺子屋」といった子供の生活環境を改善させる試みに多く取り組んだ。

1003 ジャイメ・レルネル氏インタビュー

(ブラジル連邦共和国)

「よりよい都市を目指すには、スピードが重要です。なぜなら、創造は「始める」ということだからです。我々はプロジェクトが完了したり、すべての答えが準備されたりするまで待つ必要はないのです。時には、ただ始めた方がいい場合もあるのです。そして、そのアイデアに人々がどのように反応するかをみればいいのです。」(ジャイメ・レルネル)

109 オスカー・ニーマイヤー博物館

(ブラジル連邦共和国)

ここは更地に新しくつくった訳ではない。人々から忘れ去られていたニーマイヤーの建築物をも新たに再生するという意義も有していたのである。計画当時、パラナ州には美術系の博物館がなかった。

110 バリグイ公園

(ブラジル連邦共和国)

計画当時、市長であったジャイメ・レルネルは、河川沿いの土地を市役所が買い取って公園にしてしまおう、と考えた。しかし、70年代初め頃のブラジルにはいわゆる公園という概念がなかった。公園の概念がない、ということは公園を整備するための予算もないということである。そこで、レルネルは洪水という災害を防止するための緑地整備ということで、連邦政府の防災予算を引き出し、それで土地を獲得して公園を整備し始めた。

116 ポルト・マラビーリャ

(ブラジル連邦共和国)

リオの市長は「都市のためにオリンピックがあるのだ。オリンピックのために都市がある訳ではない」と頻繁に市民に伝えていたそうである。オリンピック自体がある意味で、極太の都市の鍼治療であるともいえよう。リオデジャネイロは、見事、このオリンピックを用いてオリンピック会場以外であったポルト・マラビーリャをも「治療」し、再生させてしまった。

150 クリチバ市の羊による公園の芝生管理

(ブラジル連邦共和国)

レルネル元市長のもと、世界トップクラスの公園都市へと変貌したクリチバ市。しかし、その公園の芝生を管理する予算がなかった。ブレイン・ストーミングを市役所でしたら、ある職員が羊にやらせればいい、と提案した。

157 バー・マネコ

(ブラジル連邦共和国)

多様な人が生活する都市において、お互いにざっくばらんに議論できる場を有していることは、人々のニーズをしっかりと掴んだ都市政策を展開させていくうえでは必要不可欠であろう。クリチバ市の都市政策がなぜ、レルネル氏が市長を務めていた時、あのように上手く遂行されたのか。その理由の一つが、このマネコであるのではないだろうか。

163 サントスの珈琲博物館

(ブラジル連邦共和国)

港町サントスは、珈琲の出荷港として20世紀前半には大変栄えていた。1922年にそこにつくられた珈琲取引所の建物はサントス市内でも、最も華美な建物として捉えられていた。この珈琲取引所を珈琲博物館にしたことで、サントス市は由緒ある歴史的建築物を有効に活用することに成功した。

166 クリチバのバス・システム

(ブラジル連邦共和国)

クリチバのバス・システムは、コロンビアのボゴタ、インドネシアのジャカルタ、韓国のソウルなどで模倣され、クリチバ・モデルとでも呼ぶべき効率的なシステムを実現している。

191 ブラジリアの大聖堂

(ブラジル連邦共和国)

ブラジルを代表する建築家オスカー・ニーマイヤーの設計によるブラジリアの大聖堂。その建築的造形の美しさとカトリック国としての存在を強く新首都において主張するこの大聖堂の存在は、ブラジルという国のアイデンティティを強烈に主張し、その都市の象徴としての役割を見事に果たしている。

208 クリチバの植物園

(ブラジル連邦共和国)

ブラジル・パラナ州の州都クリチバの都心からほど近いところにゴミ捨て場となっていた保健省の土地があった。環境都市宣言をした当時、市長であったレルネル氏は、このゴミ捨て場を植物園として整備しようと考えた。温室は地元の建築家アブラーオ・アサードによって設計され、現在では、クリチバ市のランドマークとしても非常に市民に親しまれており、結婚式の記念写真の人気撮影スポットとなっている。

インタビュー

ジャイメ・レルネル氏インタビュー

(建築家・元クリチバ市長)

「よりよい都市を目指すには、スピードが重要です。なぜなら、創造は「始める」ということだからです。我々はプロジェクトが完了したり、すべての答えが準備されたりするまで待つ必要はないのです。時には、ただ始めた方がいい場合もあるのです。そして、そのアイデアに人々がどのように反応するかをみればいいのです。」(ジャイメ・レルネル)

鳴海邦碩氏インタビュー

(大阪大学名誉教授)

1970年代から長年にわたり日本の都市計画・都市デザインの研究をリードしてきた鳴海先生。ひとびとが生き生きと暮らせる都市をめざすにはどういう視点が大事なのか。
これまでの研究と実践活動の歩みを具体的に振り返りながら語っていただきました。

中村ひとし氏インタビュー

(クリチバ市元環境局長)

シリーズ「都市の鍼治療」。今回は「クリチバの奇跡」と呼ばれる都市計画の実行にたずさわったクリチバ市元環境局長の中村ひとしさんをゲストに迎え、お話をお聞きします。

対談 福田知弘 × 服部圭郎

(大阪大学サイバーメディアコモンズにて収録)

お金がなくても知恵を活かせば都市は元気になる。ヴァーチャルリアリティの専門家でもある福田先生に、国内・海外の「都市の鍼治療」事例をたくさんご紹介いただきました。聞き手は「都市の鍼治療」伝道師でもある、服部圭郎 明治学院大学経済学部教授です。

対談 阿部大輔 × 服部圭郎

(龍谷大学政策学部にて収録)

「市街地に孔を開けることで、都市は元気になる。」(阿部大輔 龍谷大学准教授)
データベース「都市の鍼治療」。今回はスペシャル版として、京都・龍谷大学より、対談形式の録画番組をお届けします。お話をうかがうのは、都市デザインがご専門の阿部大輔 龍谷大学政策学部政策学科准教授です。スペイン・バルセロナの都市再生に詳しい阿部先生に、バルセロナ流の「都市の鍼治療」について解説していただきました。

岡部明子氏インタビュー

(建築家・東京大学教授)

「本当に現実に向き合うと、(統計データとは)違ったものが見えてきます。この塩見という土地で、わたしたちが、大学、学生という立場を活かして何かをすることが、一種のツボ押しになり、新しい経済活動がそのまわりに生まれてくる。新たなものがまわりに出てくることが大切で、そういうことが鍼治療なのだと思います。」(岡部明子)

今回は、建築家で東京大学教授の岡部明子氏へのインタビューをお送りします。

土肥真人氏インタビュー

(東京工業大学准教授)

今回の「都市の鍼治療インタビュー」は、東京工業大学准教授の土肥真人氏へのインタビューをお送りします。土肥先生は「エコロジカル・デモクラシー」をキーワードに、人間と都市を生態系の中に位置づけなおす研究に取り組み、市民と共に新しいまちづくりを実践されています。