042 バターシー・スクエア(イングランド)

042 バターシー・スクエア

042 バターシー・スクエア
042 バターシー・スクエア
042 バターシー・スクエア

042 バターシー・スクエア
042 バターシー・スクエア
042 バターシー・スクエア

ストーリー:

 ロンドンの都心部にあるビクトリア駅から、テームズ川を渡ると、そこは別世界のようである。工場や低所得者用の住宅が建ち並び、多くの移民が生活している。バターシー・スクエアは、そのような地区の一画にある広場である。
 18世紀から、この広場はバターシー・スクエアとして知られていた。同スクエアは、18世紀から19世紀にかけて、そこは、周辺地区で生活する人々が、そこにある井戸から飲料水を確保する場所であったのだ。しかし第二次世界大戦後、増大した自動車交通の需要は、バターシー・スクエアという歴史ある広場を交差点へと変容させることになった。そして、それとほぼ同時期から地域も衰退をし始める。それを問題視したフォークシンガーで建築家でもあるジャック・ワーショーが1970年代に、19世紀の建物を改修し、道路を一部閉鎖し、新しい広場をつくることを提案する。そして、その提案を受けたワンズワース区議会が中心になって、19世紀前半から半ばにかけてつくられた建物の保全活動が進展する。区議会の策定した案は、道路を迂回させて、古い建物の1階にカフェやレストランを入居できるようにすること、新しい噴水、石畳、新しい街灯、そして夏には木陰をつくるような街路樹を設けることであった。それは、失われたその場所の「センス・オブ・プレイス」を復元する提案であり、地図上からだけでなく、人々の記憶からも忘れ去られつつあった「バターシー・スクエア」という名前も復活させることを意図していた。そして、その提案は1990年に、見事に伝統的な建材を用いるなどの配慮のもとに具体化される。
 同プロジェクトは1991年のシビック・トラスト賞を表彰される

キーワード:

広場,都市公園

バターシー・スクエアの基本情報:

  • 国/地域:イングランド
  • 州/県:ロンドン市
  • 市町村:ワンズワース区
  • 事業主体:ワンズワース区
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:Conservation Architecture & Planning, Jack Warshaw
  • 開業年:1990

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 眩いばかりの世界都市ロンドン。しかし、テームズ川を渡り、最近、脚光を浴びているサウス・バンクからちょっと歩けば、そこにはロンドンの経済の豊かな繁栄ぶりを感じさせない地味な地区が展開する。そのような街区の一つがバッターシーだ。ロンドン都心部の世界中の都市が羨むような公共空間も、美しい街路樹もこの地区にはあまりない。
 そのような中、このバターシー・スクエアはまさにオアシスのような機能を有している。隣にバス通りが走っており、結構、車の音もうるさいのだが、なぜかこの広場に座り、コーヒーを飲んでいるとそれほど気にならない。150年近くになる建物はほとんどが店舗として使われており、広場をオープン・カフェ化するうえで重要な役割を果たしている。このカフェがなければ、この広場の魅力は半減するであろう。また、それまで通じていた道路は遮断されていないが、カーブで迂回させられており、その入り口を分かりにくくしているために、地元住民以外は使いにくいようになっている。そのため、交通量は大きく減少した。 
 この事例は、公共事業体が公共空間をしっかりと整備することに成功したイギリスでは珍しい事例であると評価されている。バターシー・スクエアという広場ができたことで、周辺の地区住民は新しい憩い、そして社会的交流の機会を得ることができたのである。 このプロジェクトは、衰退している地区の自動車交通量が多い交差点の一画を自動車から遮断させ広場へと変容させることによって、それまでマイナスであった空間を人々にとってプラスの空間へと転換させることに成功した。そして、それは歴史ある地区の保全にも繋がったのである。

類似事例:

036 バナンナ・パーク
072 イスラエル広場(南)
102 観塘工業文化公園
・ イスラエル広場、コペンハーゲン(デンマーク)
・ ラブジョイ・プラザ、ポートランド(オレゴン、アメリカ合衆国)
・ ブライアント・パーク、ニューヨーク(ニューヨーク、アメリカ合衆国)
・ セントラル・パーク、デービス(カリフォルニア、アメリカ合衆国)
・ ペイリー・パーク、ニューヨーク(ニューヨーク、アメリカ合衆国