100 先斗町の景観形成 (日本)

100 先斗町の景観形成

100 先斗町の景観形成
100 先斗町の景観形成
100 先斗町の景観形成

100 先斗町の景観形成
100 先斗町の景観形成
100 先斗町の景観形成

ストーリー:

 先斗町(ぽんとちょう)は京都市中京区、河原町駅から北にある鴨川と高津川に挟まれた南北に延びる花街である。細長い石畳の道は幅が2メートルちょっとしかなく、そのヒューマン・スケールで、江戸時代から引き継がれる街並みの都市空間は内外の観光客を大いに魅了させる。
 しかし、この味わい深い空間は、10年ほど前には今とは多少、異なった趣を有していた。戦前は160軒を数えた先斗町のお茶屋さんは戦後、徐々に減少していき、代わりに様々な飲食店が軒を並べるようになる(現在ではお茶屋さんは25軒になっている)。そして、大小様々な看板を立てるようになり、キャバクラのようなお店でさえ立地するような状況になってしまい、歴史的な街並みの味わいは失われていた。それでも、ヒューマン・スケールの飲み屋街の魅力は特別なものがあり、それなりに賑わっていたが、そこを歩く舞妓さんの姿とは違和感を生じていた。
 一方、京都市は1994年に世界遺産登録になったことなどが契機となって、その景観・街並みの保全に対して、それまでよりさらに力を入れるようになってきた。そして、2007年には「新景観政策」を策定し、同年に「京都市屋外広告物条例」を改正施行する。さらには2010年には、地元住民が主体となって景観づくりに取り組む仕組みとしての「地域景観づくり協議会」制度を施行した。
 先斗町は、このような京都市の制度に上手に呼応する形で、街並みを修繕し、景観形成を図っていった。2009年に「先斗町の将来を考える集い」として立誠自治連合会が召集され、同年、京都市と京都市景観まちづくりセンター協力のもと、「先斗町区域における諸問題・課題の抽出」というレポートがつくられた。それまでは、どちらかというと景観整備には消極的であった先斗町であったが、以後、その遅れを取り戻すかのように、積極的に取り組んでいくようになる。
 その取り組みの中心となったのが、2011年に「先斗町まちづくり協議会」と改称した「先斗町の将来を考える集い」の人々である。2012年には、同協議会は京都市から「地域景観づくり協議会」に認定されると、同年「界わい景観整備地区」指定を求める要望書を提出、2013年には「通り・路地整備から無電柱化」までの一体的な要望書を提出、「調査・研究事業」を京都市に頼むだけでなく自らも実施、2014年には「先斗町思い出ヒアリング」という事業を開始し、シンポジウムを開催、2015年には「京都市客引き行為等禁止区域指定を求める要望書」の提出、「先斗町軒下花展」を開催、「先斗町古写真整理及びデジタルアーカイブス化」事業を実施する。そして、同年4月1日から先斗町は「歴史遺産型美観地区 一般地区」から「歴史遺産型美観地区 先斗町界わい景観整備地区」へと指定されるようになった。これによって、地域特性に応じたよりきめ細やかなデザイン規制が実施されるようになる。さらには、それまで絶対不可能だと言われ続けた無電柱化計画が具体化された。それは、それまでのイベントや展覧会といったまちづくりの活動によって、先斗町の人々が街の将来像を共有することができたことが背景にあるだろう。
 京都市の街としては、後発的に取り組み始めた先斗町の景観形成の取り組みであるが、その圧倒的な集中力とスピードの早さによって、多くの成果が得られている。それは、2012年の「京都市景観賞特別賞」、2015年の「第17回関西まちづくり賞」などの受賞によっても裏付けられるし、何より、以前と比べると、舞妓さんの姿がぴったりくるような落ち着きのある京都らしい空間が再現されている。そして、その取り組みはまだまだ現在進行形であり、今後、さらに格調ある、ヒューマン・スケールの素晴らしい都市空間が形成されていくことが期待される。

キーワード:

景観保全,歴史建築保全,ヒューマン・スケール,路地,まちづくり,看板,無電柱化

先斗町の景観形成 の基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:京都府
  • 市町村:京都市
  • 事業主体:先斗町まちづくり協議会
  • 事業主体の分類:市民団体
  • デザイナー、プランナー:先斗町まちづくり協議会
  • 開業年:2011年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 先斗町は個人的に京都でも最も好きな路地空間である。その徹底的にヒューマンな空間は、歩いているだけで心が弾んでくる。自動車が入れないその路地の幅の狭さは、しかし、人が行き交うのには十分である。しかも、路地は狭いがそこに立地している店の奥行きは深く、建物は高くなくても、その空間密度は濃い。路地に響く、風鈴の音、路傍に置かれている生け花、そして小料理屋から漂ってくる出汁の匂い・・・。そこは、まさに人の五感を優しく撫でるように刺激する素晴らしい小宇宙である。
 10年前ぐらいの先斗町も、筆者のように東京で育ったものにとっては、相当魅力的であった。ただ、それは四谷の荒木町をちょっと洗練させたようなレベルのものであり、夜にはいい気分で気にならなかった看板や電柱も、昼見ると興醒めさせられるようなものであった。これは私の記憶だけでなく、実際、2010年頃の先斗町の写真をみると、スナックや居酒屋の看板が、先斗町という街の持つ本来的な美しさを覆い隠すような状況になっていた。
 これらに対して、2011年に「先斗町町式目第2条」を施行するなど、住民達は自主的な改善を促してきたが、2015年には先斗町は「界わい景観整備地区」に指定され、さらには無電柱化事業も遂行されることで、その問題は随分と解消されつつある。10年前と比べると、まるで過去へとタイムスリップしたような錯覚さえ覚えるほど、先斗町の歴史的街並みは再現されつつあり、その空間的魅力は向上している。
 なぜ、このようなことが可能であったのか。その背景を調べていくと、「先斗町まちづくり協議会」という組織と、そのメンバーたちの凄まじいほどの熱意とエネルギーがあることが見えてきた。「先斗町まちづくり協議会」の母体はそれまで先斗町にあったいろいろな組織を束ねるような形で2009年につくられた。それまでは各論では利害が対立するなどして協働できなかったコミュニティを、総論を打ち出す組織をつくることで大きな方針のもと、まとめることに成功した。また、京都市の大きな流れに乗ったということも成功した要因であろう。加えて、驚いたのは同協議会のアウトプットの量の多さと質の高さである。コミュニティをまとめ、大きなトレンド(京都市)にうまく乗っかり、小さなことをエネルギーと情熱をもって積み重ねていくと、街が変わっていくということを如実に示した事例であると考えられる。

【取材協力】先斗町まちづくり協議会 神戸啓氏
【参考資料】先斗町まちづくり協議会 活動報告書等

類似事例:

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