142 グランヴィル・アイランド (カナダ)

142 グランヴィル・アイランド

142 グランヴィル・アイランド
142 グランヴィル・アイランド
142 グランヴィル・アイランド

142 グランヴィル・アイランド
142 グランヴィル・アイランド
142 グランヴィル・アイランド

ストーリー:

 グランヴィル・アイランドはヴァンクーバーのフォルス・クリークにある半島であり、グランヴィル・ストリート橋のまさに真下にある。アイランド(島)という名称だが、実際は島ではなく、半島である。この半島は1915年に埋立地としてつくられてから、第二次世界大戦を通じて製造業関連の工場が立地していた産業地区であった。例えば、現在、公共市場がある場所に立地していたライト・カナディアン・ロープ製造会社はカナダで最大規模のワイヤーロープの会社であった。しかし、1953年にこの工場は火事で燃焼し、1956年にヴァンクーバーの他の土地へと移転した。
 カナディアン・ロープ製造会社の移転は火事がきっかけだとしても、グランヴィル・アイランドのヴァンクーバーにおける位置づけの変化を象徴的に示していた。というのも、1950年代後半から1960年代にかけてヴァンクーバーの製造業の競争力は徐々に衰退していき、その期間に多くの工場がここから撤退していったからである。そのような状況下、連邦政府が南ヴァンクーバーに新たな物流システムに対応する大規模な港湾施設を整備することにした。また、ヴァンクーバーの都心部の人口は急激に増加し、それに隣接するグランヴィル・アイランドが工業利用されていることが土地利用的に妥当なのか、また都市環境的にも問題があるのではないか、といった議論が起こり、多くの住民や有識者が、グランヴィル・アイランドの再開発をすることを市役所に要望した。特に、それを再開発し、芸術家や工芸作家、ガストロミー関係のための空間にするべきだと率先して主張したのがテレビ・プロデューサーのアラン・キャップ氏であり、彼の主張を連邦政府が聞き入れたことが現在のグランヴィル・アイランドをつくる大きな要因となった。そして連邦政府はグランヴィル・アイランドをヴァンクーバーの都心にあるミックス・ユースの「人に優しい(people friendly)」場所へと転換させることを政策として掲げた。活力のある商業施設を核として、教育、エンタテインメント、文化的な活動が展開するような場所を構想したのである。
 1972年、連邦政府はグランヴィル・アイランドの土地の管理をカナダ住宅金融公社に委託し、1973年から1982年にかけて2,470万ドルをその開発に投資した。1979年には前述したライト・カナディアン・ロープ製造会社の跡地に公共市場を設け、さらに1980年にはエミリー・カー芸術大学を誘致する。当時のカナダ住宅金融公社をとりまとめていたロン・バスフォード大臣は、「ミスター・グランヴィル」と呼ばれ、彼の名前はグランヴィル・アイランドにある公園の名称(ロン・バスフォード公園)になっている。
 グランヴィル・アイランドは、現在はヴァンクーバーのショッピング地区として人気を博しており、歴史的建築物をうまく活用した再利用手法は、港湾都市としてのヴァンクーバーのアイデンティティを次世代に継承することにも貢献している。
その面積は14ヘクタールと広く、中心的な施設は公共市場である。この市場を核として275の企業がここに立地しており、2,500人がここで働き、年間1.3億ドルの売り上げを誇っている(2008年のデータ)。また、商業施設以外にもホテル、大学、コミュニティ・センター、舞台劇場、マリーナなども立地している。ここで醸造した地ビールを提供するグランヴィル・アイランド・ビール醸造所もある。さらに興味深いことに現在でも操業しているセメント工場もまだ立地している。
 グランヴィル・アイランドの魅力はハード面での施設に留まらず、そのソフト面での企画にもある。地元の工芸品や地元の食料品を販売するファーマーズ・マーケットを定期的に開催しているのに加え、ヴァンクーバー国際子ども祭りをはじめとする数々のイベントの会場にもなっている。
 グランヴィル・アイランドには年間で1,000万人の人が訪れ、そのうちの8割は地元民である。

キーワード:

都市デザイン,広場

グランヴィル・アイランド の基本情報:

  • 国/地域:カナダ
  • 州/県:ブリティッシュ・コロンビア州
  • 市町村:ヴァンクーバー市
  • 事業主体:カナダ住宅金融公社(Canada Mortgage and Housing Corporation)
  • 事業主体の分類:
  • デザイナー、プランナー:Norman Hotson Architects, Urbanics Consultant
  • 開業年:1972年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 グランヴィル・アイランドは北米の都市再開発の成功事例として知られている。その成功理由としては、多くの地元の人が利用していることが真っ先に挙げられるであろう。そして、公共市場を核とした小売店舗、レストラン、教育、研修、アート・ギャラリー、劇場、工房といったミックス・ユースの土地利用は賑わいのある空間を創造した。さらに、再開発ではあるが、オーセンティックな場所を創出することに成功した。そこは、実際に芸術作品が生み出される場でもある。これは、ここに出店するうえではカナダ住宅金融公社が作成した基準を満たさなくてはいけないからだ。興味深いのは、オーセンティックな場所をつくることに成功すると、それはジェントリフィケーションを誘導し、それがオーセンティシティを喪失させることに繋がるという状況をグランヴィル・アイランドが理解している点である。カナダ住宅金融公社が作成した基準は、賃貸が高くなることを防止し、この場所にオーセンティシティをつくることに繋がるような工芸品の製造業や小売店、文化的な活動を支援することに成功している。これは、日本の再開発のように「オーセンティック」を不動産マーケティングのブランド・シンボルとして使用している(例えば港区白金台)のとは随分と異なる。このオーセンティシティをまさにその本来的意味の通りに、しっかりと行政主導でつくろうと努力したことが、グランヴィル・アイランドの成功に繋がっていると考えられる。都市のブランディング、都市のオーセンティシティを考えるうえで貴重な事例である。
 ただし、問題点がない訳ではない。開業してから40年以上経ち、集客装置としての魅力は衰えている。また、若くて新しい価値を創造する人達に機会を提供する機能が脆弱にもなっている。加えて、自動車を自由に敷地内に入れているので、歩行者中心の豊かな空間をつくることに失敗している。そのような中、エミリー・カー芸術大学が移転することを発表した。それを受けて、2016年に連邦政府はグランヴィル・アイランドの再開発空間づくりに取り組むことを発表し、地元の設計会社HCMA Architecture + Designにそのデザインを委託した。その目標年次は2040年である。その開発担当であるカナダ住宅金融公社は従来通り、グランヴィル・アイランドの賃貸料を低く抑えて、テナント・ミックスに留意し、グランヴィル・アイランドをヴァンクーバーの文化拠点として今後も維持させることを最重視している。これまでの文脈を維持しつつ、新たなる「都市の鍼治療」の展開を試みているのである。

【参考資料】
REPURPOSING STRATEGY
FOR ECUAD BUILDINGS AT GRANVILLE ISLAND


類似事例:

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116 ポルト・マラビーリャ
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214 ヴィクトアーリエンマルクト
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