228 喫茶ニューMASA(日本)

228 喫茶ニューMASA

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228 喫茶ニューMASA
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228 喫茶ニューMASA

ストーリー:

 大阪駅から徒歩で10分ほどの距離にある中崎町。戦災を免れたことや、大繁華街梅田に近いこともあり、最近、昔からのお店に混じって、個性的な古着屋やカフェなどが立地し、若者に注目されている地区である。
 ここに、昭和のレトロ感溢れる喫茶店ニューMASAがある。この喫茶店は「譲り店(ゆずりみせ)」である。「譲り店(ゆずりみせ)」とは、昔からずっと営んできたお店のマスターが主に高齢などが理由で、そろそろ辞めようと考えた時、店を継いでもらうのでもなく、売るのでもなく「譲る」という発想で、新しいオーナーに店を引き継ぐというスタイルのお店である。
 日本では1970年代に喫茶店ブームがあった。その時、お店をはじめた人の多くが30代ぐらいで、今はもう70代、80代になってしまっている。お店を潰すのではなく、その店を贔屓にしていた地域の人を含めて、若い世代がそれらを継承しれくれれば、その地域コミュニティの資産としてのカフェが維持できる。物件の不動産的な物理的な所有には固執せず、あくまでカフェを地域資産として捉えて、その維持を考えたアプローチである。
 現在の「喫茶ニューMASA」をプロデュースしているのは、山納洋さんである。彼は大阪ガス北支社ビルを改装して1985年に開業した「扇町ミュージアム・スクエア」の運営に、大阪ガスの社員として携わっていた。扇町ミュージアムスクエアは、若者文化の発信基地を目指し、小劇場やミニシアター、雑貨店、ギャラリー、カフェレストランなどが入り、大阪における演劇文化を支えるような施設であった。この扇町ミュージアム・スクエアは2003年に閉館するのだが、山納さんは扇町ミュージアム・スクエアに人びとが集い、発信していく機能を再生しようと考えた。そしてつくられたのが2004年に開店したコモンカフェである。
 コモンカフェでは、月から金は日替わりの店主で運営していくことにした。このような仕組みをつくると、月に一回だけカフェをしたい、そのうち起業したいという、主に女性が店主として入ってくれるようになった。コモンカフェはいわば、カフェ経営の孵化器的な役割を果たしていることに気づいた。
 前述したように、1970年代に日本では喫茶店ブームが起きた。東京ではこの時つくられた喫茶店の多くがなくなったが、大阪ではまだまだそういうお店が残っている。喫茶・ラウンジ「正」もまさにそのようなお店であったが、後継者もいなくて閉鎖しようかという時、常連客であった片牧尚之さんがその後を引き継ぎたいと申し出た。それで「譲られた」のが「ニューMASA」である。10日間だけ喫茶・ラウンジ「正」をしめて再開した。このような「譲り店」であれば失敗した時に負担する数百万円というリスクを回避することができる。開店のハードルが低いシステムである。逆に「譲り店」を営むうえでの問題点としては、強いこだわりを有している常連客を継続できるか、ということがある。片牧さんは人当たりがよく、それまでの常連客に受け入れられただけでなく、新しいお客さんもつくなど、「譲り店」でみられるハレーションを起こすこともなく、うまく店を引き継ぐことができた。
 しかし、8年間ほどお店をやっていたら、他のことに挑戦したくなった。とりあえずやりたいことは全てやったという気持ちになった片牧さんは山納さんに相談する。「もう一度、誰かにこの店を譲りたい」。ちょうど、カフェという場のつくり方、カフェが修行の場といった内容の本を山納さんは上梓していた。そこでカフェをやりたい女性の希望をうまく叶えられる仕組みを考えていた。女性の場合は、結婚とか出産とか、人生で店を続けることが大変な時がある。それを楽しめる人と楽しめない人がいる。店を続けられないと失敗の烙印を押されたよう気分になったりするが、それはもったいない。3年から5年間やるということを基準にすればいいのに、という思いがあった。そのような思いと「譲り店」という存在が合わさって、新生「喫茶ニューMASA」は具体化する。山納さんは、自分を試せるような機会を提供するということは社会にとってもプラスなのではないかと考えている。
 そして、そのような考えで店主を探して見つかったのが、現在の店主の古家慶子さんである。ただ、引き継ぐまでの半年間、店が空くので、その期間は山納さんの大学生の息子さんが店をやりくりした。
 古家さんは山納さんが芦屋ロック・ガーデンにある茶屋の軒先で2004年から始めた六甲山カフェで働き、代表もやっていたこともある。そういう意味で、準備期間も十分に確保して、ホップ・ステップのステップの段階に進むための経験を古家さんも積んでいた。「喫茶ニューMASA」を営むうえで留意していることは、「毎日、開けないといけない」ということ。ここにチャレンジした理由は、将来はお店をご主人と一緒に開きたい、そのためには何をしたらいいのか。経営的なこととか、毎日お店を開けるというのはどういう生活をすることなのか、を肌感覚で分かるためにも試しにさせてもらっている。先ほどの三段跳びの比喩でいえば、ご主人とのお店はジャンプに相当する。ジャンプをするためのステップの経験としてのニューMASAのマスター修行である。
このような「譲り店」のシステムの要となるのは契約である、と山納氏は指摘する。ここは大家さんがおおらかなので、ジェントリフィケーションが進んでいるにも関わらず家賃の上昇が抑えられている。そのような「ゆるい部分」のおかげで、このようなお店が現在でも維持できているのである。
 高齢化等の事情からお店を畳むことに直面している人達の需要と、お店を経営したいけれども財政面でのリスクを負えない、失敗をすることに躊躇している人達の需要とを見事にマッチングさせる「譲り店」のシステムであると考えられる。

キーワード:

譲り店,サード・プレイス,喫茶店,コミュニティ・カフェ

喫茶ニューMASAの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:大阪府
  • 市町村:大阪市
  • 事業主体:古家慶子
  • 事業主体の分類:個人
  • デザイナー、プランナー:山納洋
  • 開業年:1982
  • 再開業年:2011

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 譲り店「喫茶ニューMASA」のプロデューサーともいえる山納さんは、バー好きである。その理由は、そこに集う人達との交流で大きな刺激を受けるからだ、と語る。バーはちょっとしたまちの学校でもある、ともいう。
 そして、そのような場を維持すると同時に、そのような場を維持できる人材を育てる機会を広げるといった活動をしている。そのような活動はまちづくりと言われたりもするが、本人は「まちづくりなんてとんでもないです」という。コモンカフェというか、やりたいことをやれる、という機会を提供しているだけだ、という。
 ただ、筆者は、まちの社会的に重要な役割は「機会を提供する」ことであると捉えているので、そのような活動は「まちづくり」ではないかもしれないが、社会的に重要なまちの役割を強化させる行為であるとは捉えられよう。そして、そのような「機会を提供する」という役割が、資本主義が高度に発達した現在、多くのまちから失われている。その資本主義のロジックの隙間を突いたのが、この損得をあまり考えない人同士のネットワーク、ゆるさという価値を認める「譲り店」というシステムではないだろうか。 
 山納氏はその著書『つながるカフェ』で、自分が20代の頃通っていたカフェで大きな影響を受けたことを紹介した後、次のように記している。 

“こういう経験があるからこそ、僕は「場には、人生を変えるほどの力がある」と自信を持っていうことができます。そしてこんな経験をしたからこそ、今度は若い人たちが成長できる場をつくりたい、そう思うようになりました。”

 さらに『カフェという場のつくり方 自分らしい起業のススメ』では、次のように記している。

“人生の一時期にバランス良くカフェと関わることができる方法も、今の時代に必要なのではないかと思っています。
 例えば、3年から5年の間だけ、多額の投資をすることなくカフェを開業することができて、辞めるタイミングが訪れた時には、そのお店を次の人に引き継ぐことができる、そんなシステムがあれば、カフェを通じて自分の可能性を広げられる人がもっと増えるのでは、と思っています。”

 「譲り店」というシステムによって、まちで自分の可能性を広げる機会を供することができる。そして、それはまちの魅力の維持にもつながるし、コミュニティのネットワークのハブを維持し、さらに展開させていく可能性をも提供する。
 また、このような「譲り店」が中崎町でつくられたことには、それなりの背景がある。中崎町は戦災を受けてない物件が多い。いろいろなお店があって、梅田に近接していても数万円の家賃で借りられているお店もある。立地のよさでマンションが建ってはきているが、土地を束ねるのが難しい長屋地域にはマンションは建っていない。まちが、いい意味で緊張していなくて、「ゆるさ」を許容するという、市場経済のフレームワークからちょっと傾いた原理がこの街を覆っている。この中崎町だから上手くいっているとも捉えられるし、その魅力をさらに高めることに資するような「都市の鍼治療」的なツボを突いた事例であると考えられる。

【取材協力】
山納洋、古家慶子

【参考資料】山納洋(2012)『カフェという場のつくりかた』学芸出版社
山納洋(2016)『つながるカフェ』学芸出版社

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