207 長門湯本温泉の再生マスタープラン(日本)

207 長門湯本温泉の再生マスタープラン

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ストーリー:

 長門市は山口県北部、日本海に面した人口32,700人(2020年1月)ほどの地方都市である。長門湯本温泉は長門市の南部、音信川の渓谷沿いに広がる20ヘクタールほどの温泉街である。開湯は1427年と温泉としての歴史は古く、長州藩主も湯治に訪れた記録もある。
 その後、団体観光客を対象とした大規模な温泉旅館が音信川沿いに立地し、湯田温泉と並ぶ山口県の温泉観光地として発展するが、宿泊者数は1983年の39万人をピークにじりじりと減少し始め、2014年には18万人とピーク時の半分以下となる。長門湯本温泉には二つの市営の公衆浴場もあったのだが、その利用者数も2005年から2015年の間で3割ほど減少した。さらに2014年、150年の歴史を有する老舗ホテルが廃業し、温泉街の中心には広大な廃墟ビルが残る苦境に追い込まれる。そのような状況下、市長はその土地建物を行政が買い取り公費解体をする決断をする。そして星野リゾートの誘致に乗り出す。
 星野リゾートの投資条件でもあった、敷地のみでなくエリア全体としての同じ方向を見るマスタープランが必要となり、長門市は、危機感とともに将来像を共有し、しっかりとした戦略のもとで温泉街の再生を目指すマスタープランを作成することとした。観光客の利便性や嗜好から乖離した総花的な行政計画に陥らないために、星野リゾートと協働して計画を策定する。つまり、「投資主体がマスタープランを提案し、行政がそれに見合う公共投資を行う」という前代未聞ともいうべき試みを展開することとしたのだ。行政の業務という観点からすれば、業務放棄とも批判されかねない試みではあったが、当時の市長であった大西氏は、それだけの背水の陣を敷かなければならないほどの危機感を抱いていたのであろう。その覚悟は、マスタープランの副題「今ある資源に着目し、地域資源が主導して、再生に向けて取り組む(地域のタカラ、地域のチカラで、湯ノベーション)」そして、その共通認識として描かれた、「妥協なき観光まちづくり」という大方針に結実する。その中で星野リゾートも、自ら投資主体として老舗ホテルの廃業で生じた遊休地に進出することを決めることとなる。
 また、マスタープランは策定すれば終わりという訳ではなく、それはむしろ、これから海に出ていくための航海図のような役割を担う。しかし、往々にして、マスタープランで立派な将来像が描けても、それを実践させる体制が組めないために「絵に描いた餅」になってしまうことが少なくない。しかし、事業者と協働して、その将来像を描けば、事業者にとっては、それは事業計画となる。行政はマスタープランで明記された事業等を遂行しなくても、強いお咎めはないが、民間企業は経営が傾くような事態となる。そもそも、計画というものに対しての姿勢・覚悟が違うのである。とはいえ、その当時の市長による決断はまさに大きく舵を転回させるようなものであったろう。
 長門市は、さらにそれを遂行するために、地域の適任者、事業者、専門家、行政が一体となった推進チーム体制を構築し、民間主導でその具体化を進めることとする。具体的な計画目標としては、「全国トップ10の人気温泉地になること」(2015年は86位。1999年は23位であった)を掲げた。また、魅力的な温泉街が有する要素分析をし、「風呂(外湯)」、「食べ歩き」、「文化体験」、「そぞろ歩き(回遊性)」、「絵になる場所」、「休む・佇む空間」の6つを抽出し、長門湯本温泉の地域資源を使い、それらを表現することのプロジェクト化を図ることとした。キーコンセプトは「萩焼深川窯の器と出会い、湯めぐり、そぞろ歩きが楽しみな長門湯本温泉街」。
 そして、このような前代未聞のチーム体制が組めた背景としては、行政側の長門市にそれを推し進めるだけの人材が集っていたことが挙げられる。大西倉雄市長を筆頭にして、経産省から地方創生人材支援制度で偶然、長門市に出向し、その後、新たにつくられたエリア・マネジメント会社のエリア・マネージャーとなる木村隼斗氏、「長門市やきとり課」の課長補佐松岡裕史氏。行政サイドに、従来のやり方では埒が明かないという強い問題意識を有し、かつ組織自体、そして地域自体を動かすリーダーシップを有する人材がトップ、中間管理職、現場というレベルで存在したことは、長門湯本温泉の斬新なプロジェクトが出走するうえでの大きな理由であったと考えられる。
 具体的な推進にあたっては、「デザイン会議」と「推進会議」を並行させた。デザイン会議は、長門市および専門家、地元の若手、地元金融機関などによって構成され、整備・活用計画の提案そして推進を行い、推進会議は、市長・地元の各長などによって構成され、最終的な意思決定を行うこととした。これによって、現実的な計画立案と円滑な決定を行うことができる。
 「デザイン会議」の司令塔を担ったのは、大阪のコンサルタントである泉英明氏である。彼はまちづくりの進め方の方針として「従来型マスタープラン主義からの脱却」を掲げ、「リスクを持つ事業主体が大切」、「最初に決めすぎず常に更新するもの」、「小さく質を高く始めて大きく育てるプロセス」ことを提唱した。そこには、人口減少・財政難の時代において「成長時代のような行政投資主導では失敗し、民間事業者不在で次世代に負債を残し、まちなかは活性化しない」という問題意識があった。そして、行政主導、無責任な市民参加ではなく、「リスクを背負って、覚悟を決めた民間事業体」の参画が不可欠であるという信念のような強い思いがあった。そして、そのような民間事業体は利益をまちに再投資するので、まちの将来も担保することが可能となる。そして、この民間事業体として、星野リゾート以外の地権者(住民)が加わることを強烈に促していく。星野リゾートと行政が助けてくれるのではなく、地域有志自らが事業主体として参画し長門湯本地域全体の収益増加への契機とする。さらに、この収益をエリアに再投資してさらに魅力向上。これが、泉氏が描いた長引く衰退から脱却するための事業サイクルであった。おそらく、このプロジェクトの一番の賭けは、ここで地元の地権者が覚悟を取れるかどうか、ということであった。地権者の多くが旅館の跡継ぎである。自らの旅館以外のまち全体や外湯などの投資については、リスクを持って関わる必要性や余裕がないという思考回路に陥ってしまっている。彼ら・彼女らの親はさらにその傾向が強い。そこのハードルを越えるために、泉氏、そして長門市の松岡氏等の粘り強い交渉、さらには山口銀行が民都機構と「長門湯本温泉まちづくりファンド」を設立することで、担保・保証なしの融資を可能とさせ、資金面での不安を解消することで、強力に背中を押し、地元の地権者達も前向きに取り組むよう誘導する。
 このようにデザイン会議メンバーのいいものをつくりたいという情熱と、プロジェクト・ベースとして持続可能なものを具体化させるぞという執念が猛烈なエンジンとなって、まちづくりプロジェクトはブルドーザーのように邁進していく。そして、事業ごとに民設民営の実現性の検証を図り、フィージビリティがあれば地元の民間業者(旅館経営者)にまちづくりにコミットしてもらう。
 2020年3月12日、老舗ホテル白木屋の跡地に星野リゾートの「界」が開業し、3月18日には地元若手経営者らが再建した外湯「恩湯」がオープンした。コロナウィルス感染被害防止によって、華々しいデビューは飾れていないが、関係者が覚悟を持って事業の成功にコミットメントしたことで、人口減少が続き、事業も衰退していた地方の温泉街が再生の軌道に乗り始めている。

キーワード:

地方再生, 温泉地, 歩行空間

長門湯本温泉の再生マスタープランの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:山口県
  • 市町村:長門市
  • 事業主体:長門市、星野リゾート、長門湯本温泉の地権者等
  • 事業主体の分類:自治体 民間
  • デザイナー、プランナー:大西倉雄(元市長)、星野佳路、泉英明、木村隼斗、木村大悟、松岡裕史、長町志穂等
  • 開業年:
  • 再開業年:2020

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 泉英明さんに取材をした。その話を通じて、このプロジェクトを具体化させるうえでのキーワードはコミットメントであることに気づいた。コミットメントは「公約」などと訳されたりするが、私はここで、それを「覚悟」であると解釈したい。
 通常は、当たり前のことであるがマスタープランは行政が策定する。ただ、行政の策定するマスタープランは「絵に描いた餅」である。誰も食べようとしないし、また策定した行政側もアリバイづくりぐらいの気分でそれを遂行するような覚悟をもたない。長門温泉のマスタープランも当初は長門市がつくることになっていたのだが、「地域活性化」、「交流人口の増加」といった地に足が付かない観念的な言葉が浮遊しているようなものをつくっても、その危機的状況を打破するのは不可能であろうと一部の関係者が感じ始めていた。そして、そのような考えを持つものは市役所内にもいたし、そして何より市長も、そのことに忸怩たる思いを抱いていた。何より、計画を策定しても、それを実践するのは外部の民間事業はもとより、地元の経営者もいない。その結果、他の自治体でもよく見られるのは自治体がやってしまうというプランである。そして、財政的には大赤字を出して、なおかつ地元の人達にも愛されないような施設やまちづくりを遂行してしまう。
 このような負の連鎖を断とうと、星野リゾートに倒産した老舗旅館跡地に進出してもらうことの条件としてマスタープランを策定してもらうという、前代未聞の試みをする。そして、その具体化のために専門家チームを設置し、大西元市長が陣頭指揮を取って事業を推進させていく。このチームは、民間の専門家だけでなく、市役所からもメンバーを出し、また地元の事業者も参画した。このチームはひたすら「どうやったら出来るかを考える」ことを優先的に位置づけた。泉さん曰く「完璧なチーム」というようなドリーム・チームのようなメンバーがここ長門湯本温泉に集結し、いくつものプロジェクトを実践していくことになる。
 さらに、私が感銘を受けたのは、このチームのメンバーで長門湯本温泉とは、それまで縁もゆかりもなかった外部の専門家達が、自ら事業を立ち上げ始めていることである。泉さんは、長門湯本温泉の空き家を改装して、シェアハウスを経営し始めているし、照明デザインを手がけた長町さんもお土産屋を自ら出資し、経営している。幾つかのリノベーションを手がけた木村大悟さんも、自ら物件をリノベーションして新たな事業チャンスをこの街に提供しようとしている。外部の専門家として呼ばれた人達が、まさに投資家としてまちづくりに参画しているのである。それは、とてつもない「覚悟」であり、とても一般企業のサラリーマンではみられない街、事業へのコミットメントである。
 長門湯本温泉では、あたかも黒澤明の映画『七人の侍』のような人材が行政、地元の民間業者、関与した専門家にいたことで、不可能とも思えた長門湯本温泉の再生が見え始めているのである。まだ、多くの事業は開業したばかりであるが、これからの日本の地域開発プロジェクトのまさにプロトタイプとなるような事例になるだろうと個人的には確信している。

【取材先】
泉英明(有限会社ハートビートプラン 代表取締役)
長町志穂(株式会社 LEM 空間工房代表取締役)
木村隼斗(長門湯本温泉まち株式会社エリア・マネージャー)
松岡裕史(長門市役所職員)
田村富昭(長門市経済観光部理事、経産省職員)

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