297 さるぼぼコイン(日本)

297 さるぼぼコイン

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ストーリー:

 岐阜県の飛騨市、高山市、白川村のみで利用できる電子地域通貨「さるぼぼコイン」。「さるぼぼ」とは、飛驒の言葉で「猿の赤ん坊」という意味である。飛驒地方では、母親が娘の縁結び・安産・夫婦円満を願い、また、子ども達が健やかに育つことを願い、さるぼぼを作り与えてきた。この飛驒地方のマスコットを名前につけた地域通貨が2017年2月にリリースされた。リリースした当初こそ、それほど利用者は増えていかなかったが、2019年10月から開始された、消費税増税に伴った国の補助金制度「キャッシュレス・消費者還元事業」がその利用を加速させ、それを機に一挙に定着し、2023年4月30日時点でユーザー数は約29,300名、加盟店数は約1,930店、そして累計決済額は約82億円にまで達している。
 「さるぼぼコイン」の特徴は消費者(Consumer)からみた場合、大きく4つある。それらは、2次元コードで簡単決済できること、ユーザー同士でコインを交換できること(C to C)、多くの場所でチャージ可能なこと、そしてチャージでポイントが得られること、である。事業者(Business)からみた場合は大きく2つある。一つはB to Bでの決済にも使えること、そしてクレジット・カードより手数料が安いことである。さらに行政でみた場合にも、飛驒信用組合のシステムを利用しているので、開発コストがゼロで、運用コストがいらずに(このシステムを利用することでの手数料は生じる)窓口での現金払いを減らすことができていることは大きなメリットだ。
 「さるぼぼコイン」ができた背景は、飛驒信用組合が運営していた「さるぼぼクラブ」の存在が大きい。このクラブのメンバーに、加盟店で使える紙の「商品券」を配っていた。これを電子化できると便利だなと考えた。当時、電子通貨が胎動し始め、多くの企業が「早く世に出そう」と動き始めていた。ペイ・ペイが導入される以前に、さるぼぼコインは起動した。
 さるぼぼコインは地域通貨であるため、飛驒信用組合の営業エリアである高山市・飛騨市・白川村でしか使えない。また、ユーザーがお店のQRコードを読み取り、自分で金額を入力して決済するという手間がかかるシステムである。それにも関わらずこれだけ普及したのは、日常的な買物、飲食、サービスに使えるだけでなく、交通手段での支払い、市税の納付まで使えるなど、その使い勝手がよかったことがポイントであろう。
 また、地域経済という観点からすると、さるぼぼコインが流通する地域はコロナ禍以前には年間観光客が460万人を数える一大観光地であったが、当地の旅館や飲食店の仕入れ先などの商流は域外にあるため、地域の歩留まりが少なく、バケツに穴が開いたような状況であった。そこで、地域通貨によって「お金の地産地消」を可能にすることで、この穴を防ぐことを目指したのである。
 そして、域内のコイン流通の速度を上げるために、送金手数料をC to C間では無料、B to B間でも割安に設定した。コインの域内流通の要であるB to Cに関しては、加盟店開拓とユーザー拡大に飛驒信用組合が一丸となって取り組み、認知度を上げるために地元スーパーでのチャージイベントやジャズライブ会場へのチャージマシン出張、預金成約プレゼントとしてさるぼぼコインのポイントカードを進呈するなどした。
 さるぼぼコインの流通地域である飛騨市では市民の4人に1人がユーザーであるそうだ(飛騨市役所取材結果)。飛騨市役所では、納税や行政手続き等の手数料をさるぼぼコインで支払うことができる。行政がさるぼぼコインを導入するメリットは、飛驒信用組合のシステムを使うので開発コストがゼロであるということだ。既存のアプリを使っているので、運用コストがいらないのは大きなメリットであるそうだ。
 また、コロナ禍で大変な2020年5月からはプレミアム商品券を発行した。これは、額面に対し一定のポイントを付与させ、当初は付与ポイント総額2,000万円を予算として確保し、3ヶ月かけて発行する計画であったが、わずか10日間で4,700万円以上のポイントが付与されてしまい、早期に終了した。これを受けて高山市も2020年10月から、市の助成によりさるぼぼコインによる地元消費キャンペーンが実施されている。
 飛騨市の担当者は、さるぼぼコインと商品券とを比較すると、商品券は印刷代など経費もかかり、つくるのが面倒であり、分厚くて持ち運びにも不便であるという。さるぼぼコインは経費をかけずに最大限の効果が出て、事務作業も楽であるという。また、イベント等を実施しても、そこでさるぼぼコインで支払われると地域外にお金が出ない。この点も地域通貨のメリットであると指摘する。
 このように多くの成果が得られているさるぼぼコインであるが、今後の事業の方向性としては4点が挙げられるそうだ。
 一つ目は情報発信機能である。さるぼぼコインはGPS機能が実施されているので、既に行政から位置情報を活用したピンポイントの災害情報や害獣情報をプッシュ通知で発信する機能を提供している。これらの情報発信機能をさらに強化することを検討している。二つ目は事業者のマーケティングに寄与する可能性である。事業者のマーケティングに生かせる詳細な顧客属性の分析を提供することで、より精度の高いマーケティング戦略が展開できるであろう。三つ目は地域の外から入ってくるお金を地域通貨として地域の中に取り込むことである。そのために、さるぼぼコインでしか買えない「裏メニュー」を提供するなどの工夫をしている。四つ目は、QRコード決済ならではの非対面決済の可能性である。これらは野菜の無人販売や神社・お寺でのお賽銭、鯉の餌代など、既に様々なシーンで活用されているが、その可能性はまだまだ広がっていくことが期待される。
 このようにさるぼぼコインは、電子商取引の決済ツールとしての高いポテンシャルを有しており、単なるキャッシュレス決済とは一線を画す地域のデジタル・プラットフォームとして確立されつつあり、また、飛騨市・高山市・白川村の郷土愛を醸成する装置としても大きな役割を担いつつある。地域経済の可能性を大きく広げるツールとしての地域通貨のポテンシャルの凄さをまざまざと感じさせる事業であると考えられる。

キーワード:

地域通貨,シビック・プライド

さるぼぼコインの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:岐阜県
  • 市町村:高山市、飛騨市、白川村
  • 事業主体:飛騨信用組合
  • 事業主体の分類:民間
  • デザイナー、プランナー:株式会社フィノバレー
  • 開業年:2017

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 地域通貨が一時期、日本でブームになった時がある。1990年代の中頃で「エコ・マネー」という名前で普及した。エコ・マネーという英語はなく、なかなか言い得て妙な日本語だなと当時は感心したことがある。というのも、地域通貨は人に優しい、地域の自立を促す、といった側面はあってもエコロジーとはまったく関係がなかったからだ。それにも関わらず、当時流行の「エコロジー」という冠を設けたことで人々の関心を引くことに成功した。
 さて、しかし、この地域通貨、尻すぼみとなる。これは、地域通貨の役割は貯蓄をさせず、地域経済の流通を促すという目標であったにも関わらず、そのような役割をなかなか理解でなかったこと。また、地域通貨は物としての紙幣・通貨を発行することは本質的ではないにも関わらず(ここらへんは都市の鍼治療No.29 マレーニの地域通貨「レッツ」を参照のこと)、それにこだわる場合も多く、結果、多くのプロジェクトがこども銀行のような「お遊び」的なものから脱皮することができなかったのである。
 とはいえ、地域において地域通貨が与えるプラスの影響力は少なくない。まず、地域間の経済流通が促される。そして、これらの経済循環が地域に留まる。さらに、それはシビック・プライドを育み、コミュニティのアイデンティティを強化させることに繋がる。ただ、その流通の管理を日本の場合は上手く行うことができなかった。
 そのような状況を大きく変革させたのが、インターネットさらにはスマートフォンの普及である。これらによって、決済情報、残額管理などが容易に行えるようになり、さらに交換までも行えるようになった。この技術の発達によって、地域通貨の普及を妨げていた問題が大きく解決されることになったのである。
 とはいえ、さるぼぼコインもB to B の流通拡大がなかなか進まないという課題を抱えている。現時点でも、加盟店での経費の支払いや食材の仕入ではさるぼぼコインはあまり使われていない。これは流通の上流に位置する卸業者がコインの受け取りを渋っているためである。なぜなら、これらB to Bでの支払いをさるぼぼコインで行うと、同コインが卸業者にたまり、換金手数料の負担が集中してしまうからだ。事業者にたまったコインをユーザーに還元する水路が確保されれば(例えば給与のさるぼぼコインでの支払い)、この問題も解決できるのだが、まだまだ越えなくてはいけない壁は少なくない。
 通貨は共同幻想である。多くの人々がそれを通貨と認めることで初めて、通貨は通貨としての意味を持つ。地域通貨もまさにそうである。これまでの地域通貨が上手くいかなかったのは、ほとんどの人がそれを「通貨である」という共同幻想を抱くことができなかったからである。しかし、デジタル・デバイスの発展は、地域通貨がより「通貨」として機能している、と人々に信頼させるだけのシステムの構築を可能としている。さるぼぼコインは、まさにそのようなデジタル・デバイスの進化とともに、その可能性を拡張しており、衰退する地域を再生する鍵となるポテンシャルを秘めていると考えられる。

【取材協力】
飛騨信用組合専務理事 山腰和重氏
飛騨市役所企画部総合政策課 土田憲司氏

【参考資料】
山腰和重「電子地域通貨「さるぼぼコイン」運用3年の成果と課題」『金融財政事情』 2021.07.06

類似事例:

029 マレーニの地域通貨「レッツ」
・ イサカアワーズ、イサカ(ニューヨーク州、アメリカ合衆国)
・ LET System、ヴィクトリア市(カナダ)
・ Minaコイン、南島原市(長崎県)
・ 大分銀行デジタル商品券、大分市(大分県)
・ せたがやPay、世田谷区(東京都)
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