269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業(ドイツ連邦共和国)

269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業

269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業
269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業
269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業

269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業
269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業
269 ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業

ストーリー:

 ザクセン・アンハルト州で最も人口が多い都市であるハレ市。しかし、東西ドイツが再統一した直後には30万人を上回った人口はその後、急激に減少し、2011年には23万人と、20年間で23%ほどの人口減少に見舞われる。そのハレ市の都心部の南の周縁部に位置するグラウハ地区。ここは、19世紀末の産業革命時に、ハレ市が急激に拡張している時、労働者の住宅地として開発が進んだ地区である。その結果、ここには、多くのグランダー・ツァイト(ドイツの産業革命時、多くの企業が創立された好景気の時代)につくられた中庭のある4階建ての集合住宅の細長い建物が多くつくられた。
 グラウハ地区も人口は減少し、1990年の5千人から2010年には4,200人に減った。空き家率も1990年には5%とハレ市全体の7%よりも低かったが、2010年には30%と市全体の13%よりもはるかに高くなってしまった。
 この高い空き家率の背景には、グラウハ地区の事情があった。旧東ドイツの都市に典型的にみられる19世紀末から20世紀初頭(グリュンダーツァイト)に建てられたヴィルヘルム形式の街区に共通したことだが、グラウハ地区は1990年代の都市再開発プログラムの恩恵をほとんど受けることはなかった。その結果、東西ドイツが統一されて以降、1990年代にはグラウハ地区の空き家率は上昇し、地区は急激に荒廃していったのである。衰退していく中、そこに投資をする意思は弱く、多くの住民はグラウハ地区から引っ越すことを検討していた。需要の低さと修復費用の高さは、市所有の住宅会社HWGにこの地区にあった三棟の住居ビルを撤去させることを決定させもした。
 このような状況に対処するために2007年からハレ市も動き始めた。その当時、50%の建物は修復が必要な状態にあり、25%の建物は空き家であった。中流階級の人達はほとんどこの地区からの脱出を果たし、その地区イメージはハレ市でも最悪のものであった。ハレ市は、グラウハの状況を好転させるために、人口減少→社会問題の増加→空き家の増加→文化的遺産の損失、といったマイナスのスパイラルに、いかに歯止めをかけるかを検討することになった。それはグラウハ地区の問題だけでなく、グラウハの抱える問題が、市の南部に影響を及ぼすことを回避するためでもあった。とはいえ、トップダウンの対策ではなく、地元に精通した人達によるボトムアップ的なアプローチが重要であることを市はよく理解していた。そして考えられたのが「地主調停者」という仕組みであった。この「地主調停者」こそが、グラウハ地区を大きく変える重要な役割を担ったのである。
 グラウハの建物は70%が民間所有であったために、空き家率を減少させるためには、その建物の所有者が積極的にその対策に取り組むことが重要であった。したがって、「地主調停者」の重要な役割は、その建物を所有している地主の情報を収集することであり、またその建物がどの程度、修復が必要で、どの程度地主が現状を改善しようとしているのか、また、市役所の都市計画を遂行するうえでどの程度、協力しようとする意思があるのかを調べることであった。そして、地主に対しては、個別の段階的な修復案を提示する。この修復案には建物に関する法律と補助金申請をするための条件などの資料も含まれる。空き家対策として様々な補助金があることを丁寧に説明することで、補助金が有効に活用できるようになった。この地主調停者が活躍したことで、グラウハ地区は、連邦政府のシュタットウンバウ・オストの「改修」プログラムに素早く対応することを可能としたのである。
 重要なことは、地主に対して参画する意思を持ってもらうようにすることと、それに対処するための知識を有してもらうようにすることであった。都市計画の戦略がどれだけ立派で合理性があっても、それを実践するためには、地主達が動き始めなくてはならないからだ。
 この「地主調停者」プロジェクトを開始してから3年間で、グラウハの衰退スパイラルは逆回転し始めた。その成果は「グラウハ効果」と呼ばれ、広く国内で注目されることになる。
 プログラムが開始された3年後の2011年時点で、シュタットウンバウ・オストのプログラムによって34の建物が補助金対象となった。補助金を受け取るには5年以内に、プログラムが規定するクライテリアを満たすことが条件となっていることもあって、ほぼ2,000万ユーロがこの地区に投資された。グラウハ地区は連邦政府によって「オーナー・ロケーション・コミュニティ」というプロジェクトのモデル・ケースとなった。グラウハ地区のコミュニティ・オーナーは30人ほどいて、彼ら・彼女らはグラウハの成功を他地区にも紹介して、似たような試みを伝道しようと活動している。

キーワード:

アウトリーチ, 空き家対策, 人口縮小, IBA, 地主調停

ハレ・グラウハ地区の「地主調停」事業の基本情報:

  • 国/地域:ドイツ連邦共和国
  • 州/県:ザクセン・アンハルト州
  • 市町村:ハレ市
  • 事業主体:Stadt Halle
  • 事業主体の分類:自治体 その他
  • デザイナー、プランナー:
  • 開業年:2008年

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 どんなに優れた計画が策定されても、それが実現されなければ「絵に描いた餅」となる。どんなに有効な政策がつくられても、活用されなければ、社会問題は解決できない。ハレ市のグラウハ地区の地主調停者の試みは、このボトルネックを見事に解消した試みであると考えられる。
 旧東ドイツの人口減少に対処するために、ドイツ連邦政府は2002年から「シュタットウンバウ・オスト(東の都市改造)」というプログラムを策定した。当初は、おもに空き家率が高い社会主義時代につくられたパネル工法の集合住宅(プラッテンバウ)を倒壊する費用を補助することに使われたが、2005年以降は、古い建物(1949年以前)の保全にその予算が使えるようになった。50%が連邦政府からの支出、50%が州からの支出で市の負担はないという、市レベルの自治体からすれば、極めて有り難い補助プログラムである。しかし、所有者(地主)が納得しないとその運用は無理である。これが、このプログラム運用のうえでのボトルネックとなったのである。
 それを解決するために、ハレ市が考えたのが「地主調停者」という制度であった。この地主調停者の報酬は、連邦政府の補助プログラムである「シュタットウンバウ・オスト」から支出されているので、これに関してもハレ市の財政的負担はゼロである。地主調停者は地主、住民、そして行政の仲介者としての役割を担う。そして、この地主調停者の仕事のおかげで、グラウハ地区を総合的に修復するプログラムをハレ市も策定することができる。
 また修復の際には、市民のアイデアを活かすことを心がけた。ハレはその都市規模の大きさ、さらには大学が立地していることなど、創造的な都市文化を擁している。縮小都市という経済的、社会的に行き詰まった状況下において、文化のエネルギーを用いることを実施し、「音楽祭」などのイベントを開催することで、大きくイメージを刷新させることに成功した。
 ハレ市にとって追い風となったのは、IBAザクセン・アンハルトという国際建設展が行われたことである。IBAザクセン・アンハルトはザクセン・アンハルト州全体を対象としており、ハレ市においては「双子都市のバランス取り」というテーマが提示された。包括的にグラウハ地区を含む都心を再生させるという「問い」は、人々の関心をグラウハ地区へ向けることになり、これも地主が積極的に現状を改善させることの後押しとなった。
 「人の考え」に都市修繕へのプラスの影響を与えるという「地主調停者」の仕組みは、まさにツボを押さえた優れた事例であると考えられる。

【参考資料】
ドイツ連邦政府(2014)『Chancen für den Altbau Gute Beispiele im Stadtumbau Ost』
Deutsche Welle (DW)のホームページ記事
Crumbling eastern German suburb gets a makeover
Halle-Glaucha „Eigentümermoderation“

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