工事中を魅せること 韓亜由美氏インタビュー(2)

◇ 三越前・仮設歩道/覆工板をオリジナルで鋳造する 
 このあとの日本橋室町の仕事が事実上、「工事中景」を意識化する始まりになりました。三越前の地下道の拡幅整備工事があり、その間、地上部の仮設歩道となる覆工板という床板をオリジナルでデザインすることになりました。 

 場所は伝統ある商業地。景観に対する意識も高い老舗が軒を並べる日本橋室町。数年後の2004年秋に日本橋三越の新館と日本橋三井タワーの完成を控えているというタイミングでした。それなのに、もしもこの仮設歩道がいつも通り工事現場然として、雨が降ったら滑り止めゴムシートを長く敷き、コーンとトラロープで係員が誘導、というのではとても地元に受け入れてもらえないだろうと、管轄する国土交通省・東京国道事務所の所長さんが悩んでいらっしゃいました。デザイナーならどんなことが考えられるかと問われ、「それでは覆工板自体を室町オリジナルでデザインしませんか」と提案しました。

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オリジナルでデザインされた覆工板 photo: momoko japan

 この時は一から製品開発の仕事です、覆工板自体を新たにデザインしました。仮設の歩道としての機能を満たすように、ノンスリップかつ段差が3ミリ以下のバリアフリーにする必要があります。工事の時間帯は夜中が中心ですから、夜になったら資材を運び込んだりするために覆工板を開けたり閉めたりしなければいけない。そのためにフック用リングを隠してつけたり、重機が上を通るので構造上強度が十分なように素材を選び、パタンはリピートしながらも広がりを感じるデザインにしました。歩車道境界もオリジナルで作りました。材質はすべて鉄、鋳造です。ノンスリップにするために鋳鉄の表面のテクスチャも独自に開発しました。うちのスタッフが鉄工所に通い詰めてずいぶん試験を重ねました。


◇ デザインの力、デザインは強い
 提案した当初は、地元や事業の関係者の中にはこの提案自体に懐疑的だった方々もいました。無理もありません、覆工板のデザイン提案は前例が無いですから。覆工板の試作品ができたとき、そういう方も含めたみんなで川口の工場に見に行き、実際の設置と同様に箱桁構造の上にパネルを組んでもらって、その上を歩いてみましょうと提案しました。

 工場で実物を見た途端、堅かったみなさんの表情が180°変わったんです。すごく嬉しそうになって、パネルの上で跳んでみたりとか、水を撒いて自転車で乗ってみようとか、誰もがすごくウキウキしていました。私はそれを見て唖然としながらも、「これは、やっぱりデザインの力だね、こうなると強いね!」と担当スタッフと話し合った記憶があります。

 「これはいいものが出来たぞ」というみんなの高揚感があって、そこからずいぶん流れが変わりました。建設担当者は施工で職人技を発揮してくれ、特に角地のパネル割の設置は芸術品でした。この覆工板は鉄ですので、マンホール蓋と同じで時間とともに錆びてきて、雨が降るとその錆が浮いてきたりもします。百貨店の玄関前ですから、ちょっと錆が出ただけでもすごくクレームが来るんじゃないか、と管理者はドキドキしていたようです。ところが、三越の入口でお客様を出迎える係の人たちがこの覆工板を自慢にして大事に扱ってくれたおかげもあり、1件もクレームが来なかったんです。これは、特筆すべき事だそうです。周囲の方々からは、とにかく評価が高かったです。通行客の中にも「いいねえ、知ってるか?これは鋳造っていって本物だぞ。」などと論評して行く人も見受けられ、日本橋三井タワーのマンダリンオリエンタルホテルの人たちもこれが気に入っていて、「工事中の仮設らしいけど元に戻さない方がいいんじゃないか」というもっぱらの評判だったとか。

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日本橋三越前の様子 photo: momoko japan

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