2007年08月 アーカイブ

楳図邸騒動から景観を考える(1)

 今、ワイドショーやニュースで話題になっている、楳図かずお氏の自邸の建設現場を見に行く。紅白のストライプの外観と「まことちゃん」を模した塔が周辺の景観を破壊するとして、周辺住民2名が工事差し止めの仮処分申請を申し立てたというものである。
 現場を見ると、その外観はまだ完成していない。訴えた住民はどうやら工事関係者から聞いた情報を基に、完成予想スケッチを自ら作成したようである。実際にどのような外観になるのか、今はまだ分からないというのが本当のところのようだ。
 マスコミは楳図氏の独特のファッションや創作物に絡めて、この一件を面白おかしく取り上げているように見える。報道を見ていて、奇妙に思ったのは、周辺の景観と合わないと言いながら、映像や写真では楳図邸だけ切り取って写したり、周辺の建物にはモザイクをかけていたりするということである。もちろん、周辺住民のプライバシーに配慮してという意図なのだろうが、これでは、その建物が周辺景観に対して本当にどうなのかという議論はできないだろう。つまり、単独の建物が一方的に攻撃されるのみで、「周辺の景観」については誰も論じていないのである。実際現地に行ってみると、問題の建物の数件先には真っ青な住宅が忽然と現われたりするのだが、こちらは問題になっていないようだ。そこに、この手の景観紛争の難しさを見る思いがする。
(添田昌志)

研究中間報告Podcast~豊洲編~

「都市の価値をはかる」研究中間報告Podcast~豊洲編~

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豊洲の概要

 今年度(2007年)の「都市の価値をはかる」では、東京の3つの街を取り上げて、フィールドサーベイを行う。第一弾は豊洲である。

■工業の街から、住・商・産の街へ
 豊洲は、東京湾南部に位置する埋立地として大正後期より埋め立てが進められた。関東大震災後、倒壊した建物の瓦礫などの物資流入のため更に埋立てが続き、戦時中は軍の施設として利用された。昭和10年代に石川島造船所工場および作業員の宿舎等が完成、昭和30年代に東京ガス豊洲工場や新東京火力発電所が操業を開始した。昭和の時代の湾岸工業地帯において重要な役割を担ってきたのである。
 しかし、時が移り昭和から平成になると、これらの工場が相次いで閉鎖される。これに伴い、豊洲地区の北側半分にあたる豊洲2、3丁目に広がるこれらの工場跡地に、オフィスビルや高層マンション、大規模商業施設を建設するという開発計画が、民間主導で策定される。そして、2006年度に、「ららぽーと」や「芝浦工業大学」などの主要な施設が竣工し、新たな街開きが行われた。また、地区の南半分についても、流通倉庫などが建てこんだ準工業地帯であったが、北側の開発計画に合わせるように、それらが閉鎖され、大規模なマンションに順次置き換わっていった。
 近年、東京の湾岸地区では、倉庫や工場の跡地に大規模な高層マンションが多数建設されているが、都心近郊でここまで大規模に用途転用、再開発が行われたものはなく、大変興味深い事例と言える。東京都が作成したまちづくり方針の中でも、「今後のウォーターフロント開発のモデル」となる地域であると謳われている。
 振り返ると、昭和40年代には当時まだ珍しいスポーツクラブが建設され、日本最初のコンビニができたのもこの地であった。そういう意味で、豊洲は新しいものを取り入れる気風を持った場所なのかもしれない。この地から見えてくる新しい「都市の価値」とは何なのだろうか?この研究を通して検証してみたい。
(添田昌志)
 
豊洲2・3丁目開発計画
「豊洲1~3丁目地区まちづくり方針」の策定について(東京都都市整備局)

オリンピックが変える都市の姿(1)

 先の東京都知事選で論点の一つとなった、2016年のオリンピック招致。無論その理由だけではないと思うが、それを推進する側を都民は支持した。たしかに、都市をドラスティックに改変しようとするとき、オリンピックという旗印は強力である。世界に向けた国民的行事という名目で推進される事業に異を唱えるのは難しい。いわば、オリンピック強権の発動である。たしかにある秩序を形成するために改造された過去の都市では、ある強権の発動が必要であった歴史がある。古くは中国の古都造営であり、近くはパリの都市計画である。「オリンピック」はかつての絶対君主が持っていた強権にかわって、「民主的」に選ばれた首長が強権を発動できる数少ないチャンスとも言える。

 この6月に北京に行く。40年あまり前の東京がそうであったように、高度成長期のひとつの到達点を示すイベントとしてのオリンピックが北京で来年夏に行われる。そのイベントは一過性のものではなく、それによって改造された都市の姿が良くも悪くもあとに長く残ることになる。東京の場合は、首都高速道路であり新幹線であるが、北京においても幾重にも環状自動車道が整備され、新幹線も敷設されつつある。圧倒的なスケールの首都高速道に覆われた日本橋の景観に象徴されるような事態は、北京でも見られる。その最も象徴的なものは、消えつつある胡同(フートン)、つまり細い路地の昔ながらの下町的雰囲気である。

 こういったオリンピックがもたらす街の変化を、昨年度の研究で抽出した街を読むキーワードを参照しつつ考えてみたい。
(大野隆造)


「都市の価値をはかる」平成18年度研究報告