2008年01月 アーカイブ

丸の内の価値をはかる(3)街の軸-1

街の骨格-あばら骨を背骨に変えた仲通り再整備
 丸ビル、新丸ビルといった超高層ビルの建設とともに、丸の内再開発計画の中核となっているのは、丸の内仲通りの整備である。いまや、すっかりブランドストリートとしての地位を確立しているこの通りはしかし、再開発される以前は、オフィスビルの間の通用路というイメージがしっくりくるような通りだったろうし、さらに歴史を遡ると通り自体が存在していないものであった。

丸の内地区の認知の変化(江戸城→東京駅→仲通り)
 そもそも、丸の内地区は江戸時代には、大名屋敷が立ち並んでいた場所である。江戸時代の地図を見ると、お城の門前として、御三家をはじめとする大大名の武家屋敷が建ち並んでいる場所であった。つまり、丸の内は、お城(江戸城)に従属して存在する場所だった訳である。
 明治時代には大名屋敷がなくなり、一時は野原となっていたのであるが、大正初期に東京駅が建設され、昭和に入って鉄道交通が盛んになるに連れ、建物が建てこみ、丸の内地区は東京駅前のオフィス街としての地位を確立していく。地区の形が完成し、仲通りの原型も見られるようになるのはこの頃である。つまり、江戸から昭和に時代が下るにつれ、従属するものが江戸城から東京駅へと変化していったのである。しかし、何かに従属した地区であるという意味では変わりはなかったと言える。
 今回の仲通りの再整備は、城(皇居)や駅への従属から脱却、独立し、自らアイデンティティとしての軸(背骨)を持つのだという決意の表れのように捉えられる。そして、そのことは、他では真似できないであろう、様々な大仕掛けによって実現されていくのである。


現在の丸の内地区の地図:仲通りの幅員が周辺の道路に比べて、かなり狭いことが見て取れる。また、皇居や東京駅ともつながっておらず、本来地区の軸とはなりにくい。縦の幹線をつなぐ文字通りあばら骨のような通りである。
(添田昌志)

研究中間報告Podcast~六本木編~

「都市の価値をはかる」研究中間報告Podcast~六本木編~

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都市のエントランス(1):国際空港

 海外旅行で訪れる都市の第一印象は、国際空港に到着した時の体験である。極端な話、飛行機のドアが開きそこの空気が機内に流れ込んできた瞬間に感じることもある。新しくなる前の北京国際空港では、到着して機外にでると中国の独特の(おそらく料理の)匂いがして、「我再来中国」と嗅覚が教えてくれる。これほど特徴的な体験はそうはないが、どこの国でもまず体験しなくてはならないのが通関の待ち行列である。

通関の出来
 国を訪れた人をどう迎えるのか、昨年相次いで訪れたモスクワとシンガポールは鮮明なコントラストを示していた。モスクワでは、渡航者全員を疑わしいとみなしているかの如く、強制収容所のような天井の低い薄暗い部屋に導かれる。そこで待たされる旅行者は、飛行機の長旅で疲れもあってどの顔も不機嫌そうである。官僚的で横柄な態度の係員は何をチェックしているのか、たっぷり時間をかける。うっかり横を向いていたりすると「真直ぐこちらを見ろ」と注意される。これでは、近代化・自由化を標榜するロシアのイメージは台無しである。一方、シンガポールの通関はこれとは対照的に、明るく開放的な空間で、係員もフレンドリーである。飛行機を降りるとすぐに免税店があるプロムナードに出るので出発する旅行者も居て活気がある。普通、通関のある場所では、セキュリティ上、写真撮影はできないが、ここは平気である。海外からの訪問者を潜在的な犯罪者と見るのか、大切な客人と見るかの違いである。
 
 わが成田空港の通関はどうであろうか。モスクワほどひどくはないが、シンガポールのような楽しい雰囲気はない。このほど始まった外国人に対する指紋検査は良い印象を与える訳がない。確かに通関の機能としての厳格さと雰囲気の良さは折り合えない部分はあるかもしれないが、空間のデザインやしつらえで改善が可能な部分は十分ある。今や観光は非常に大きな産業である。ある統計によると、2006年の観光産業の規模は、世界の国内総生産(GDP) の約10.3%に相当する4兆9638億ドルにもなるという。都市の、そしてその国の、エントランスである国際空港の出来が客の入りに影響しないわけがない。
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チャンギ国際空港の通関(シンガポール)
(大野隆造)