工事中を魅せること 韓亜由美氏インタビュー(3)

◇ 眠れる資源「工事現場」の可能性 
 私はこのとき初めて「都市の中の工事現場というのは眠れる資源だな、生かさない手はない!」と思ったんです。なぜどの立場の人も例外無くみんなが喜んだのだろうかと考えました。工事現場の持つネガティブさは枚挙にいとまがない一方、不特定多数の人がどうしても目にし、接する場所であり、まさにパブリックスペースを長いこと占有している。みんな工事現場があるのは知っているけれども目を背ける。そこに何の価値も見いだせていないし、以前と同じ空間で同じ時間なのにもかかわらず、存在しないかのごとく塗りつぶされた状態です。それが、思わぬ形で大きな価値となって目の前に現れるので、誰も文句を言うどころか賞賛の嵐です。ネガティブから価値へ、そのギャップが非常に大きいからこそ、このようなことが起こる、ということに気がついたわけです。

 東京を見てもわかるように、都市というのは工事現場が、例えば十数パーセントなり必ず含まれているものであって、完結形というのは存在しない。常に更新されつつ変貌しながら都市は生きていくわけですから、工事現場も都市の一部、景観の一部だということは厳然とした事実です。それをなぜ放置するのか?勿体ない!ということですよね。

 活かせた時の喜びや得るものが非常に大きい場所でもあります。大規模な工事であればあるほど、十年いや十数年かかる。つまり、工事現場が、その時代を生きている人々、ジェネレーションの生活の背景として記憶されるわけです。工事現場ですので、普通の建築物のように用途や機能は満たせないにしても、見方を変えて、ある意味で「パブリックスペース」としての大きな可能性をそこに見出すことができるのではないかなと考えました。


◇ 新宿サザンビート・過去~現在を可視化する
 日本橋から始まって、2004年末から展開した「新宿サザンビート」につながりました。JR新宿駅南口の国道20号線(甲州街道)跨線橋架け替え工事の現場、仮囲いを中心にしたデザインプロジェクトです。

 大規模な工事の場合には、予算の中に必ず「イメージアップ費用」というものが含まれているのですが、新宿の場合も、当初この費用の中で何かできないか、という相談を受けました。たまたま工事の見学会に参加したときに、現場の建設JVの人たちから「この工事は十数年かかるんです。お客さんには申し訳ないし、私たちもすごく気を遣って、食べるものはなるべく工事現場に近いコンビニで買ったりしています。上の方からも何かイメージアップ対策をやれって言われてるんだけど、思いつかないんですよね、デザイナーさんなら何か提案してもらえませんか」と言われたのが最初なんです。

 偶然、この新宿の工事も日本橋同様、国土交通省・東京国道事務所の管轄でした。草の根が発端でしたが、国道事務所長さんは私が日本橋で非常にいい結果を出したことをご存じでしたので、こちらの提案に耳を傾けてくださいました。

 私、実は生まれも育ちも新宿で、新宿が変貌してゆくのを見ながら育ちました。いま新宿南口に出入りしている人たちは、東急ハンズや高島屋に行く若い層が多くて、新宿がどんなところか、何も知らないんだろうなあ、と思ったんです。新宿というのは60年代くらいから常に若者の文化の発信地で、文化人が集まり議論する、サロン的な場がいっぱいありましたし、全国の若者が目指すあこがれのライブハウスもありました。そんな本来の新宿をもう一回可視化したい、そこを共通の話題にして、それを知らない若い人と知っている世代とが話をするきっかけになればいい。そこで新宿の成り立ち、過去から現在を振り返る。そういう企画にしようと考えました。

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JR新宿駅南口の跨線橋架け替え工事の現場(2007年) photo: momoko japan

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