工事中を魅せること 都市と工事現場

編集局 添田昌志

■典型的な工事現場の風景
都市には常に工事現場が存在する。ビルなどの建物自体は着工から2-3年で完成するものが多いため、工事現場というと「一時的なもの」というイメージが強いが、都市という視点で見ると、どこかに「常に」存在しているものなのである。
下図は東京・丸の内の工事中の場所を示したものである。丸の内は「丸ビル」の高層化を皮切りにこの十数年間、地域全体の再開発を進めていることもあって、街のどこかに少なからぬ工事現場が存在し続けていることがよく分かる。

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東京丸の内の工事現場の変遷(編集局作成)

このように常に都市に存在している工事現場ではあるが、その見た目というと、下の写真に示すように、鉄製の仮囲いで足元周り(歩道周辺)を囲い、灰色や緑のシートで建物本体を覆うというのが、日本では一般的である。基本的にそこに何か特別な思いがあるようには感じられず、あくまでも一時的なことなのでしばらく殺風景ですが、辛抱してください、という感じである。近年では、仮囲いにグラフィックを施すなどして、多少のデザインの要素が入ったものもしばしば見られるが、小奇麗にして、少し周辺の印象を良くする程度の消極的な姿勢と感じられる。

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銀座

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丸の内(三菱1号館)

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丸の内(東京中央郵便局)

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渋谷

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中目黒

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新宿
(いずれも撮影は編集局)

■都市に対する態度
しかし、海外に目を転じると日本は異なる風景が見えてくる。下はパリのヴィトンの本店の改装中の風景である。ヴィトンの代名詞であるラゲージバッグをモチーフに仮囲いのデザインがされている。インターネットで「パリ ヴィトン」と検索すると、商品(バッグ)の写真に混じって、この工事中の写真が多く出てくる。むしろ完成した後の店舗はあまり出てこず、こちらの写真の方が多い。このことは、工事中は「一時的な」出来事であるものの、その時のデザイン1つで、人々の記憶に深く残り、しかも世界的に話題になりえることを示しているのではないだろうか。残念ながら、上にあるような日本の仮囲いの写真を撮る外国人観光客はほとんどいないだろう。

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工事中のパリ・ヴィトン本店
出典:旅行のクチコミ投稿ポータル「CoRichトラベル!」
http://travel.corich.jp/travel_done_detail.php?member_id=10235&travel_id=4316

また、西欧における歴史的建造物の修復工事を見ると、仮囲いに従前のファサードをプリントするのが1つの手法として定着しているようである。歴史的建造物とは言うまでもなく「都市のランドマーク」である。長い年月、常に都市の中に存在し続けてきたものである。たとえ工事中の一時期であろうとも、それが存在していないことは許されず、変わらずそこになければならないという、強烈な意識がこのようなプリントから感じられる。

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ウィーンの環状道路(リンク)に面して建つ「国立オペラ座」
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ベルリンのベーベル広場に面して建つ「旧王立図書館」(フリードリヒ大王により建造)
(いずれも撮影は大野隆造)

そのような視点で再び日本を見てみよう。下の写真は現在、復原工事が進められている東京駅である。上の事例と比較して見ると、その都市に対する態度の違いは明確である。東京駅の赤レンガ駅舎と言えば日本を代表するランドマークである。おそらくベルリンやウィーンの人は理解に苦しむ風景ではないだろうか・・・。

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(撮影:編集局)

以上をまとめるならば、工事現場の風景からその建物を取り巻く人々の都市に対する意識が伺えるということだろう。仮囲いが表しているのは、建物が完成するまでの期間、都市に対してどう接するのか、という思想である。治療中ということで頭からシーツをかぶって周囲には知らん顔をするのか、せめて以前の姿の断片だけでも示そうと努めるのか、一時的であるが故にその間にできることを積極的に提案するのか、その考え方次第で都市に現れる風景が全く異なってくる。

さて、ここまで海外と比較して、日本の工事現場を卑下してきたが、実は日本でも工事現場を都市の公共空間として重要な意味があるものと捉え、デザインを通して積極的な取り組みを行ってきた事例が少ないながらある。
今回は、仮囲いのデザインを通して都市を刺激する「工事中景」を提唱された韓亜由美氏にインタビューを行い、そのコンセプトや都市の公共空間への思いについてお伺いする。

工事中を魅せること 韓亜由美氏インタビュー(1)を読む。

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