変えるものと変えないことと 山口勝之氏インタビュー(2)

 前回のインタビューでは野毛商店街の街路整備事業の経緯についてお伺いしました。この事業の最終的な目標はハードな街路整備(道路上にあるものが対象で、床面、街路灯、アーチ、案内板・サイン類、それらに付随する放送設備などの整備)であり、現状の問題把握を行った1年目に続いて、2年目は実際のデザインを提案する実施計画を行いました。


― 具体的なデザインの計画はどのように進められたのでしょうか。

◇ 街全体のイメージを共有することから
 2年目は同じ四つの通りで、街全体を具体的にどのようにしていきたいのか、各通りの特徴や目標は何なのか等について話し合いました。実は、僕が参加し始めたのは、この年度の終わりぐらいからです。まず四つの通りだけでなく、街全体の目標を決めようとしました。四つの通りそれぞれの個性はあるけれども、全体の印象としてはどうなのか。これはソフトの話になりますが、女性が来やすい街にしたいとか、デザインとしては和風の街のイメージ、といったことを全部の通りで守っていく。その上で、各通りの個性を出していこうという議論をしました。だから、もし今後他の通りを整備することになっても、この街全体の枠組みをまず説明することになると思います。

― その枠組みを決めるプロセスは、どのような感じだったのでしょうか。

◇ 自由に意見を出せる雰囲気づくり
 街の人からどんどん意見が出ることを期待していたので、わりと初めのころはできるだけこちら側から出さない、特に1年目は絵を一切描かないようにしていました。こちらがあまり出し過ぎると、当然それに引っ張られてしまうこともあると思ったのです。2年目は具体的なデザインの話になるので、イメージ画を出しました。ただそれも、あまり収斂しないように、どんな意見でも大歓迎というスタンスで、できるだけ街の人から議論を出せるようにしたつもりです。各通りの計画も同じようなスタンスで進めていきました。最終的に、通りごとに言葉や写真を用いてコンセプトを決めました。


― コンセプト決定から実際のデザイン提案まではどのように進められたのでしょうか。

◇ 複数案から候補を絞る
 実際のデザインは、そのコンセプトをもとに検討しました。通りや商店街の構成要素の中で、店舗の外観を除くと、街行く人々に通りのイメージを視覚的に強く印象付けるのは、その通りの顔とも言える「アーチ」「路面」、付帯設備として「照明」であると考え、デザインに当たりいくつかの基本的な留意点を出しました。その上で、それぞれの通りで、要素ごとに複数のデザインを提案しました。最終的に実施計画案として4案程に絞り、実施デザインの選定は設計工程でより詳細に検討して決定しました。

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街路整備後の街の様子
左上:野毛中央通りのアーチ、右上:野毛仲通りの道路舗装
左下:野毛こうじのアーチ、右下:野毛中央通りの道路舗装


― このデザインプロセスは結果として上手くいったのでしょうか。

◇ 時間とともに理解が深まる
 最初の頃手がけた通りでは、なかなか僕らの意見と街の人の意見がかみ合わず、街の人の中でも意見の相違がありました。ですから、最初の通りの設計の時には、とても苦労しました。しかし、やはり時間というのは非常に助けになるところがあって、二通り目、三通り目と積重ねていくうちに、僕らも街の人の気持ちが分かってくるし、彼らも実際にできあがった通りを見ると、あぁそういうことだったのかとお互いに理解が深まってきたのです。ですから最後の通りは、非常にスムーズにいきました。相当色々な議論もして、僕らとしても最後の通りは一番よくできたと思います。

◇ 野毛の特色を生かして
 野毛の街は、個々のお店の面白さで成り立っているところだと思っています。ですから、今の手法で良いのかなと思います。野毛は多様な後背地を持つ立地から、多様な需要に合わせて複雑は繁華街になりました。一見、異種の業態が持ちつ持たれつ共存しているように見えますが、実際には商店街の連携は弱く、異業態がたまたま隣り合わせに営業しているに過ぎません。それでも、この街が魅力的に見えるのは、結果として様々な人々が行き交う賑わいが、誰にも疎外感を覚えさせないところにあるように思います。ですから、目印になるようなものや、人が集まる中心をつくるというのは、この街には似合わないでしょう。そういう意味では、野毛はこういうやり方で、それぞれ自分のお店の前をと自分のお店をきれいに良くしていく、面白くしていくという方向が積み重なればいいと思っています。


― 街路整備をきっかけに個々の商店が自分の店の前に働きかける仕組みのようなものがあったら、面白いような気がしますが。

◇ 当時はハードの話だけでした
 街路の整備に合わせて店舗も改装するというような話になればという期待はありましたが、実際にはなかなかそうはいきませんでした。最後の通りを整備していた頃には、東横線が来なくなり、客足がガクンと減ったんです。街の人たちもこれは本当にまずいと思い始めたのと、実際に空き店舗も出たこともあり、何とかしようという動きが実際に出ました。切羽詰まって、こういうことが出てきたということはありましたね。
実は今、原宿の竹下通りの開発相談を受けて、やはり同じようなことをやっています。お店の情報を、センサーや街路灯など道路上にあるものに仕込み、そこに来た人が携帯を使って受信できるような仕組みをつくろうとしています。それをハードの整備に合わせてやろうと話を進めているところです。これは原宿の人たちと話をしている中で出てきたことなのですが、野毛でもこういうことができれば良かったと思いますね。当時はまだハードウェアの話だけでしたので。


― 建築家がまちづくりとしてハードを整備することについて、どのようにお考えでしょうか。

◇ 格好良さよりも面白さを
 僕等は仕事柄、新しいことをやりたがる傾向にある。つまり、既存のものではない何か新しいことをやりたがるのが、僕らの習性ではないか思います。しかし、そういうことは抑えよう、やりすぎないようにと思っていました。格好良くなってはいけないなと。むしろ怪しげだとか、よく分からないとか、まったく反対のところが非常に面白くて。今までの野毛の魅力を更に補強できないかなというようなことを、いつも考えていました。そういう意味で、格好良いというよりも、面白いものをつくろうということを考えていたという感じでしょうか。本来、こういう街は誰かがデザインしたわけではなくて、自然発生的にできあがって、それが魅力になってきたところですからね。それを後からビシッと整備してしまったら、その魅力がなくなってしまいますよね。

◇ 建築家にふさわしい仕事
 建築家の仕事は、形をつくるというよりも、むしろコミュニケーションをどうまとめるかだと思います。クライアントに対して、別の意見を出したり、他の人の意見を聞いて調整をしたりするのが仕事だと思います。例えばビルを建てたいとクライアントが言えば、そのクライアントは基本的には自分のそのビルをいかにきれいにするか、いかにお金をもうけるかということを考えていますよね。それに対して建築家は、それに応えるだけではなくて、街に対してどうなのかということを当然考えなければならない。ハードを整備する仕事も同じ話だと思います。誰のものでもない隙間のような空間を、それが突出しないように他と調整していかなければならないので、自分の思い通りに出来るデザインの幅は狭い。けれども、やることは基本的には同じだと思います。建築家がやるのに一番ふさわしい仕事だと思います。

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