人が集まる場としての駅空間  副都心線渋谷駅から考える

副都心線・渋谷駅
 この6月に開業した副都心線渋谷駅を見に行く。この駅には、建築家安藤忠雄氏が設計した吹き抜け空間がある。地下鉄駅に吹き抜け空間を設けるといった大胆な発想はこれまでなかった、と諸メディアでも報じられ話題となっているものである。氏曰く、この吹き抜け空間は「そこを行き交う電車や人々が眺められ、都市のダイナミズムを体感する場所」であり、そして「子供達がこんな場所があるなんてすごいなあ」と感動し、夢を馳せる場所であるとのことである。
 私はかなりの期待を抱いてその場を訪れたのだが、率直な感想を言えば、氏の思いは殆ど実現されていなかった。その原因は、この吹き抜けがホームの端のごく一部に設けられたものであり、そのスケールがあまりにも小さいことや、人々の主動線から外れていることなどが挙げられるだろう。地下鉄駅の吹き抜け空間としては、横浜のみなとみらい駅の方が、はるかに「感動的」である。しかし、ここではこの空間の欠点を挙げ連ねることは主旨ではない。きっと、様々な空間的制約、法的制約を乗り越えた精一杯の実現範囲がこれであったと前向きに捉えたい。
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副都心線渋谷駅の吹き抜け空間
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みなとみらい駅の吹き抜け空間
上階のショッピングモールからホームに入ってくる電車が眺められるスケールの大きな空間。


魅力的な駅空間とは
 そもそも駅とは、人々が集まり、行き交う、都市ならではの場所である。氏が言うように「都市のダイナミズムを体感できる場所」なのである。そして、そこには、出会いや感動、発見があり、空間もそれを演出するものであるべきだ。例えば、ニューヨークのグランドセントラル駅のように。
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グランドセントラル駅

 もちろん、グランドセントラルのような長距離旅客用の駅と圧倒的に乗降客数の多い日本の通勤駅とを比較してもらっては困るという指摘もあろう。しかし、通勤駅だからと言って、単純に多くの人を捌くという発想しか持たないのであれば、東京の全ての駅はただの通路になってしまうだろう。
 一方で、今、この日本ならではの通勤駅にエキナカ商業を展開するということがもてはやされている。商業が駅空間を単なる通過場所から魅力的な楽しい場所に変えるというのである。確かにそれも一理あろう。しかし、その実は、人通りが多いところに店を出せば必ず儲かるという安易な発想だったりしないだろうか?それ故、本来人を捌くべき通路に人を滞留させる店舗を配置するといった理に反した空間作りになっていたりはしないだろうか?
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多くの乗降客で混雑する通路に設けられたエキナカ商業施設

 私は、目先の商業主義を乗り越えて、駅ならではの人が集まる空間を創造して欲しいと思う。そろそろ、人をモノで集めるという発想から、場所の魅力で集めるという発想に切り替える時だと思うのである。駅とは、自ずと人が集まり行き交う場所である。安藤氏が言うような、そこにしかない空間を創ることのできるポテンシャルを持った場所なのである。そして、他にはない魅力的な駅空間の存在が、その街のアイデンティティを高め、ひいてはその都市の価値を高めることに繋がると信じている。
 そう思うと、この渋谷駅の吹き抜けの周りにカフェを設けてみたら、そして、そこから電車とともに外の空が眺められたらどんなに魅力的だっただろう、との妄想を禁じえないのである。
(添田昌志)