京都市は2001年に京都市基本計画に「歩くまち・京都」を掲げた。その後、「脱・クルマ中心社会」を具体化すべく、議論を重ねてきた。四条通りの再整備は同市の「脱・クルマ中心社会」の実現に向けた象徴的な事業の一つである。
京都市の四条通りは、河原町と烏丸を結ぶまさに京都を象徴するメイン・ストリートである。平安京の四条大路にあたり、東は八坂神社、西は松尾大社が位置する。京都の格子状の街路群の中でも、その存在感は傑出しており、沿道には南座、高島屋、大丸、京都信用金庫本店、京都中央信用金庫本店などが立地し、その地下には阪急京都線が走っている。四条河原町交差点を中心とする商業地域は、京都最大の繁華街である。このような立地特性のために、市の内外から多くの人が訪れ、自動車、バス、歩行者ともに交通量は市内でも最も多い状況にあった。加えて、祇園祭の山鉾が巡行するなど、京都を代表するランドマークの一つでもある。
しかし、そのような歩行者、自動車ともに交通量の多さ故にバス待ちの人と歩行者との交錯、歩行者の多さ故の歩行環境の悪化、交通渋滞が問題点として指摘されていた。幅7メートルの歩道には一時間当たり約7,000人が通行し、幅15メートルの車道には一時間当たり約2,200人が通行していた。交通量の多さに注意が向くが、両者の交通量のアンバランスも問題であった。さらには繁華街であるがゆえの駐車車両や荷捌き車両による走行妨害が生じており、バスやタクシーなどの運行にも支障が生じていた。そのような中、2005年に地元商店街である四条繁栄会商店街振興組合が、歩道の拡幅事業の要望を出してきた。これは、京都市の「人と公共交通優先」の理念とも合致する要望である。そこで、四条通りに関しては歩道と車上の空間配分を見直し、高齢者から子連れ、障害者など誰もが安心して、安全に歩けるようにし、四条通りを中心にまちなか全体に賑わいを創り出すことを考えた。
そして、2007年に川端通りから烏丸通り間において自家用自動車の走行を禁止して公共交通機関だけが走れる「トランジット・モール」案を発表し、そのための社会実験を以後、数回にわたって行なった。社会実験をしたのは、多くの立場の人々から多くの意見をもらい、しっかりと合意形成をするプロセスを取ることが結果的に近道になると考えたからである。
社会実験の結果、荷捌きの車両が多く、路上駐車の多いことが分かった、また、タクシーが至るところで客待ちをしていた。荷捌きをする人は、車線を減らすことはしんどいとの意見を出した。また、四条通りの裏は住宅地が広がっているのだが、この人達との調整は時間を要することも明らかとなった。
これらの社会実験での結果を丁寧に検討し、トランジット・モールではなく、歩道を拡幅させ、車道を狭くする四条通り空間再編事業を遂行することにした。その事業区間は烏丸通りから川端通りまでで、延長距離は1,120メートル。2014年11月に整備工事に着手し、2015年10月に完成する。
その事業は下記の内容から構成される。
1) 歩道の拡幅と車道の削減:四条通りの幅員は22メートル。そのうち、歩道幅員は片側3.5メートル、車道幅員は15メートルであったものを、歩道幅員を6.5メートル、車道幅員を9メートルへと変更した。そして、中間部分にはゼブラゾーンを設け、両側の車線に車が走行していても大型の消防車等の緊急車両がそこを走れるだけの幅員を確保した。
2) バス停の集約、テラス型バス停の導入:それまであった16カ所のバス艇を四条河原町、四条高倉の4カ所に集約させ、さらに車道側に張り出す「テラス型バス停」を設置した(筆者注:テラス型バス停とは、バス停付近のマイカーの路上駐車などでバスの円滑な走行が妨げられることを防ぐため、バス停を車道上に張り出して整備したものである)
3) 沿道アクセススペース(車両の停車スペース)の整備:クルマを一時的に停車できるスペースを15カ所32台分ほど設置した。これらは、沿道車両の実態を踏まえて、原則として細街路間ごとに設置している。沿道アクセススペースではタクシーの乗降など人の乗降と5分以内での荷物の積み下ろしを可能とした。
4) タクシー乗り場:客待ちが可能なタクシー乗り場をタクシー需要が多い大丸前(3台)と高島屋前(4台)の二カ所に設置した。
この事業の整備後の効果だが、四条通の歩行者通行量は整備する1年前との比較では12月では12.5%ほど増加している。また、2019年時点のデータではあるが、拡幅工事によって通行車両の総数は4割ほどが減少し、周辺道路でも1〜2割減少している。
264 四条通りの歩道拡張(京都府)







京都市の四条通りは、河原町と烏丸を結ぶまさに京都を象徴するメイン・ストリート。「歩くまち・京都」を理念に掲げる京都市は、社会実験の結果を丁寧に検討しつつ、歩道を拡幅させ、車道を狭くする、四条通り空間再編事業を遂行した。
四条通りの歩道拡張の基本情報
- 都道府県
- 京都府
- 州/県
- 京都府
- 市町村
- 京都市
- 事業主体
- 京都市
- 事業主体の分類
- 自治体
- デザイナー、プランナー
- N/A
- 開業年
- 2015年
ストーリー
地図
都市の鍼治療としてのポイント
四条通りの歩道拡幅事業の背景には2001年に策定した京都市基本計画で「歩くまち・京都」を理念に掲げたことが挙げられる。これは「脱・クルマ中心社会」を目指すもので、そのような京都市にとって、四条通りの歩道拡幅事業は、まさにシンボル的なプロジェクトとなっている。
しかし、それは、また京都市が「脱・クルマ中心社会」を取り組むことへのハードルの高さを知らしめることにもなった。最初、京都市が四条通りで考えたのは「トランジット・モール」の計画であった。トランジット・モールとは、自家用自動車の通行を制限し、バス、路面電車、タクシーなどの公共交通機関だけが優先的に通行できる形態の歩車共存道路空間のことだ。四条通りはバスの運行本数が極めて多い。「歩きやすい」環境をつくることだけでなく、自家用自動車の通行を排除することで、公共交通の走行速度を上げるなど、トランジット・モールの高い整備効果が期待できるような道路であった。京都市が「トランジット・モール」を検討したことは極めて理に適っていたのである。
しかし、京都市はこの四条通りの空間を変えるうえでは、極めて丁寧なアプローチを取った。そして、一足飛びにトランジット・モールを整備せずに、歩道の拡張事業に着地点を見いだした。このような丁寧に議論を積み重ねるアプローチを取れる京都の懐の深さに、古都の貫禄と慎重さを感じるのは筆者だけではあるまい。
この四条通りの歩道拡幅事業は、京都市の「歩くまち・京都」の理念を実現させるための一つのパートに過ぎない。京都市は大きな施策方針としては「都心部に車を入れない」ということも掲げている。四条通りは局地戦としては重要ではあったが、そこで「理念」を押しつけず、大局を見つつ事業を進めることの重要性を京都市は理解していると感じる。
また、歩道を拡幅するうえで、一般的な考えとしては、道路自体を拡幅させるということがある。しかし、古都・京都の中心市街地でそれは選択肢には入らない。そこで、車道幅を狭めることで歩道のアメニティを高めることにしたのだが、これは日本の都市では珍しい事例であった(しかし、世界を見れば、この「都市の鍼治療」の事例でも多く紹介しているように、決して珍しくはない)。
京都市の基本計画で掲げた「歩くまち・京都」はまだ事業の途上ではあるが、大きく前進する一歩をこの事業で踏み出すことができたのではないかと思われる。そういう意味では、まさに「ツボ」というべき四条通りをしっかりと押さえた、素晴らしい「都市の鍼治療」事例であると考えられる。
【取材協力者】
京都市都市計画局歩くまち京都推進室
【参考資料】
京都市のホームページ
https://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/page/0000191438.html
https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000180989.html
しかし、それは、また京都市が「脱・クルマ中心社会」を取り組むことへのハードルの高さを知らしめることにもなった。最初、京都市が四条通りで考えたのは「トランジット・モール」の計画であった。トランジット・モールとは、自家用自動車の通行を制限し、バス、路面電車、タクシーなどの公共交通機関だけが優先的に通行できる形態の歩車共存道路空間のことだ。四条通りはバスの運行本数が極めて多い。「歩きやすい」環境をつくることだけでなく、自家用自動車の通行を排除することで、公共交通の走行速度を上げるなど、トランジット・モールの高い整備効果が期待できるような道路であった。京都市が「トランジット・モール」を検討したことは極めて理に適っていたのである。
しかし、京都市はこの四条通りの空間を変えるうえでは、極めて丁寧なアプローチを取った。そして、一足飛びにトランジット・モールを整備せずに、歩道の拡張事業に着地点を見いだした。このような丁寧に議論を積み重ねるアプローチを取れる京都の懐の深さに、古都の貫禄と慎重さを感じるのは筆者だけではあるまい。
この四条通りの歩道拡幅事業は、京都市の「歩くまち・京都」の理念を実現させるための一つのパートに過ぎない。京都市は大きな施策方針としては「都心部に車を入れない」ということも掲げている。四条通りは局地戦としては重要ではあったが、そこで「理念」を押しつけず、大局を見つつ事業を進めることの重要性を京都市は理解していると感じる。
また、歩道を拡幅するうえで、一般的な考えとしては、道路自体を拡幅させるということがある。しかし、古都・京都の中心市街地でそれは選択肢には入らない。そこで、車道幅を狭めることで歩道のアメニティを高めることにしたのだが、これは日本の都市では珍しい事例であった(しかし、世界を見れば、この「都市の鍼治療」の事例でも多く紹介しているように、決して珍しくはない)。
京都市の基本計画で掲げた「歩くまち・京都」はまだ事業の途上ではあるが、大きく前進する一歩をこの事業で踏み出すことができたのではないかと思われる。そういう意味では、まさに「ツボ」というべき四条通りをしっかりと押さえた、素晴らしい「都市の鍼治療」事例であると考えられる。
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