クリチバの西部をバリグイ川というイグアス川の支流が流れている。このバリグイ川がしょっちゅう洪水を起こす。またクリチバ市が徐々に拡大していき、このバリグイ川周辺にも市街地の開発は近づきつつあった。都市利用の土地需要が高まると、ブラジルの都市では不法占拠が起きて、ファヴェラがつくられてしまう。市としても、不法占拠が起きる前に、この河川周辺をどうにかしたいと考えた。
そこで当時、市長であったジャイメ・レルネルは、河川沿いの土地を市役所が買い取って公園にしてしまおう、と考えた。しかし、当時のブラジルにはいわゆる公園という概念がなかった。公園の概念がない、ということは公園を整備するための予算もないということである。そこで、レルネルは洪水という災害を防止するための緑地整備ということで、連邦政府の防災予算を引き出し、それで土地を獲得して公園を整備し始めた。
そのようにしてつくられたのがバリグイ公園である。これは、現在では140ヘクタールの都市公園となっており、現在では一人当たりの公園面積が全北南米で最も多いクリチバ市においても、最も人々が訪れる公園となっている。筆者は2016年に横浜国立大学の中村文彦教授とクリチバ市民400人を対象としたアンケート調査を実施し、そこでバリグイ公園を含むクリチバの10のランドマークの利用頻度を尋ねたが、バリグイ公園がトップであった。治水というのが目的であったかもしれないが、結果的には、クリチバ市民に極めて支持される公園をつくることにクリチバ市は成功したのである。
110 バリグイ公園 (ブラジル連邦共和国)







計画当時、市長であったジャイメ・レルネルは、河川沿いの土地を市役所が買い取って公園にしてしまおう、と考えた。しかし、70年代初め頃のブラジルにはいわゆる公園という概念がなかった。公園の概念がない、ということは公園を整備するための予算もないということである。そこで、レルネルは洪水という災害を防止するための緑地整備ということで、連邦政府の防災予算を引き出し、それで土地を獲得して公園を整備し始めた。
バリグイ公園 の基本情報
- 国/地域
- ブラジル連邦共和国
- 州/県
- パラナ州
- 市町村
- クリチバ
- 事業主体
- パラナ州
- 事業主体の分類
- 自治体
- デザイナー、プランナー
- Lubomir Ficinski、クリチバ市役所(中村ひとし)
- 開業年
- 1974年
ストーリー
地図
都市の鍼治療としてのポイント
クリチバ市を一望できる都心の西の小高い丘にあるテレビ塔に上る。そこから回廊状に立つ高層ビル群とそのすぐ西側にある広大なバリグイ公園と貯水池の役割をも果たす湖が見える。都心からすぐそばに、これだけの広大な公園があることに強い感銘を覚える。
そして、バリグイ公園の周辺は高級住宅地となっている。しかし、この地区も公園が整備される以前は、バリグイ川がよく洪水を起こして、周辺部もスラム化して廃れた場所であった。しかも、スラムは拡張しており、早急に手を打たなければ、河川のすぐそばまで侵出し、沿岸の貴重な森も伐採される危機にあった。そこで、クリチバ市は1974年にバリグイ川周辺の湿地帯を買い上げ、約40ヘクタールの人工池をつくり公園にした。
バリグイ公園ができる以前は、前述したようにクリチバ市の公園といえば、都心部にある小さな動物園が一つ存在するだけであった。したがって、バリグイ公園がつくられても、市民はその利用の仕方が分からなく、ほとんど使われることがなかった。そこで、当時のレルネル市長はビアガーデンを湖畔につくり、午後遅くなると当時の公園部長であった中村ひとし等の部下を伴って、バリグイ公園のビアガーデンに行き、夕方の公園でビールを楽しんだ。そのうち、多くの市民が真似をし始め、このビアガーデンは平日でも夕方には繁盛するようになった。ビアガーデンだけではなく、ジョギング・コースやバーベキューのための設備なども整備した。バリグイ公園は単に公園を人々に提供しただけでなく、公園のある都市生活を提供したのである。素晴らしい「都市の鍼治療」である。
【参考図書】
服部圭郎『ブラジルの環境都市を創った日本人: 中村ひとし物語』
そして、バリグイ公園の周辺は高級住宅地となっている。しかし、この地区も公園が整備される以前は、バリグイ川がよく洪水を起こして、周辺部もスラム化して廃れた場所であった。しかも、スラムは拡張しており、早急に手を打たなければ、河川のすぐそばまで侵出し、沿岸の貴重な森も伐採される危機にあった。そこで、クリチバ市は1974年にバリグイ川周辺の湿地帯を買い上げ、約40ヘクタールの人工池をつくり公園にした。
バリグイ公園ができる以前は、前述したようにクリチバ市の公園といえば、都心部にある小さな動物園が一つ存在するだけであった。したがって、バリグイ公園がつくられても、市民はその利用の仕方が分からなく、ほとんど使われることがなかった。そこで、当時のレルネル市長はビアガーデンを湖畔につくり、午後遅くなると当時の公園部長であった中村ひとし等の部下を伴って、バリグイ公園のビアガーデンに行き、夕方の公園でビールを楽しんだ。そのうち、多くの市民が真似をし始め、このビアガーデンは平日でも夕方には繁盛するようになった。ビアガーデンだけではなく、ジョギング・コースやバーベキューのための設備なども整備した。バリグイ公園は単に公園を人々に提供しただけでなく、公園のある都市生活を提供したのである。素晴らしい「都市の鍼治療」である。
【参考図書】
服部圭郎『ブラジルの環境都市を創った日本人: 中村ひとし物語』
類似事例
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