063 チャールストンの歴史保全(アメリカ合衆国)

歴史保全 アイデンティティ 都市観光

全米でも極めて魅力的な都市として知られるチャールストン。美しい景観の保全は、およそ80年前に、この都市が持つ宝に気づいた数人の市民達が立ち上がったことに始まる。

チャールストンの歴史保全の基本情報

国/地域
アメリカ合衆国
州/県
サウスカロライナ州
市町村
チャールストン市
事業主体
チャールストン市、チャールストン歴史保全協会
事業主体の分類
市民団体 
デザイナー、プランナー
スーザン・プリングル・フロスト
開業年
1931年

ストーリー

 アメリカはサウス・キャロライナ州にある歴史都市チャールストン。人口12万人のこの都市は、旧市街地の歴史保全計画が見事に具体化した都市、そして、ウォーターフロントを始めとした公共空間が見事に整備され、都心部における徹底した高さ規制の導入など、都市デザイン面で全米の模範となるような施策を展開した都市として広く知られている。
 特に、歴史保全に関しては、全米で最初の歴史建造物を保全するためのゾーニング条例を1931年に制定する。オハイオ州のユークリッド町のゾーニング制度が合法であるという裁判所の判断が下されたのが1926年であることを考えると、極めて先鋭的で斬新な条例の制定であった。この条例の制定によって、チャールストン市はその将来、進むべき方向性も決定づけることになる。貴重な歴史的建築物や街並みを保全し、それらと将来的にも共存するという道を将来歩んでいくことを、この条例の制定は内外に宣言することになったのである。
 この条例が制定されるにあたっては、問題意識のある住民達が協働することが不可欠であったが、そのリーダーがチャールストンの歴史的建造物そして街並み保全の母ともいえるスーザン・プリングル・フロストであった。フロスト女史は活動的な婦人参政権論者であり、またチャールストンで最初の女性不動産業者であった。同女史は、歴史的建築物が取り壊されてしまうことや、その歴史的インテリアが勝手に外部のものによってリニューアルされることに強い危機意識と憤りを覚えていた。そして、それに対抗するために少しずつ、それらの保全すべき歴史建築物を私費で購入し始めたのである。彼女の、この私財をなげうった、ある意味で計画性のあまりない行為により、チャーチ・ストリートやセント・マイカル・アリー、トラッド・ストリートを保全することに成功する。
 彼女は1920年につくられたチャールストンで最初の歴史建築物を保全する市民組織「歴史ある建物を保全する会」(現在はチャールストン保全協会)の初代会長でもあった。ちなみに、この会は、全米でも最も古い、市民による歴史保全関係の組織であった。フロスト女史は同会を設立後、チャールストン市議会に歴史建造物を保全するためのゾーニング条例を通すための運動を始め、見事、成功するのである。
 この条例は1931年に制定するに至り、約56ヘクタールの「歴史地区」を指定し、また後述する全米最初の建築審議委員会を設立することになった。その目的は次のように記されている。「本条例は、チャールストンの文化的伝統そして歴史を視覚的に想起させる歴史建築物もしくは建築的に価値のある建物、そして古風で趣きのある街並みを保全し、守ることを目的としている」。

地図

都市の鍼治療としてのポイント

 チャールストンは全米でも極めて魅力的な都市として知られている。アメリカの観光雑誌『トラベル・エンド・レジャース』では、2015年度の「世界の観光地トップ10」でチャールストンを京都に次ぐ堂々2位に選出している。これは、過大評価なのではないかと個人的には思うが、そのように人を魅了する観光地として今日、注目されているのは80年近く前に、その都市の持つ宝に気づいた数人の市民達が、それを守るために立ち上がったからである。
 そして、彼女らの功績を次代に残すために、その後の市民もこの宝を保全することに余念がなかった。1931年という早い時期に歴史建造物と歴史的街並みをゾーニングで保全するという先駆的な施策を展開してきたチャールストン市ではあったが、この条例を実際、運用する側面では強制力が少なく、規制させる「歯」の部分が弱いという問題があった。また、建物の高さ規制がないなど、多くの改善の余地を残していた。この問題を乗り越えたのは1960年代に入ってからである。1967年には当時のガイラード市長は、新しい公会堂を都心につくるために、そこにあった歴史的建造物を移すことを支持さえした。しかし、開発側に譲歩した一方で、ガイラード市長は歴史地区を3倍ほど面的に拡大させることに成功する。そして、1974年には保全計画を策定する。これは、条例の強制力の弱さや後述する建築審議委員会の力を強化することを提案し、従来の条例が有していた課題を解消することを念頭において作成された。特に重要な項目は次の通りである。
1) 歴史建築目録に登録されている建築に関しては、建築審議委員会によって審査され、その認可を得なくては、いかなる建増し、改造、取り壊し、移転もできないように条例を変更するべきである。
2)半島の南端地区に関しては、建物の高さの最高と最低を明記したゾーニング条例を新たに策定すべきである。
3)半島の南端地区では広告板や屋根に置かれた看板は法律で禁止する。
 この提案に応じる形で条例は改訂された。
 住民はこの厳しい条例に反対しているどころか、しっかりと施行してもらいたいと欲している。この条例があることによってチャールストンがよくなっていることを理解しているのだ。したがって、むしろ歴史地区以外の地区に住んでいる市民が、もう少しリノベーションなどに対する規制を強化するようにして欲しいと要望しているのが実状だそうだ。
 一人の高邁な理想を掲げた女性によって、その後の都市の方向性が大きく変わった。条例という規制が持つ力を見事に我々に知らしめる、素場らしい「都市の鍼治療」事例であると思われる。

参考文献:『衰退を克服したアメリカの中小都市のまちづくり』服部圭郎

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