まちの価値を維持していくこと アーバンデザインの実践について

編集局作成

 金沢シーサイドタウンの開発における特徴には、金沢埋立地の構想が深くかかわっています。従来の埋立地は工業地帯として利用するのが一般的でした。しかし横浜市は、金沢の埋立地を工場用地だけではなく、住宅地や海の公園も併せて開発し、これらが一体となって一つのまちが形成できるように、都市整備の事業を進めていきました。そして、住宅地区の生成にあたっては、「ひとつのまちづくり」と捉え、アーバン・デザインの手法を用いて活気のある街をつくり出そうと考えました。これまでの埋立地にありがちな殺伐とした乾いたイメージを払拭するような、潤いのある楽しいまちづくりを目指したのです。

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写真:シーサイドタウン内の様子 緑豊かな住環境

◇アーバン・デザインとは
 このアーバン・デザインとは一体どういうものなのでしょうか。
 当時横浜市で都市デザインを担当していた西脇敏夫氏、北沢猛氏によると、アーバン・デザインは以下のように定義されています。

・おのおののまちの自然的背景、地域的背景、歴史的背景などを踏まえ、その街全体としての目標を明らかにし、街に参加してくるさまざまな主体の要求とそれらの相互関係を、この目標に従って調整していくこと。
・単に量的なものの解決ではなく、質の向上を目指したまちづくりを行うこと。
・個々のもつ価値の単なる集積ではなく、また個々の価値を犠牲にして全体的価値を押し付けるのでもない。集積されることの価値を生み出しながら、まちとしての特徴をつくりだしていくこと。

 その土地特有の文脈を読み取り、個々の調和から全体としての特徴を生かしていくこの試みは、高度成長時代の急激な都市化に伴ってなされた大量供給型開発へのアンチテーゼと言えるものであります。


◇アーバン・デザインの手法によるマスタープラン
 横浜市は、建築家の槇文彦氏率いる槇総合計画事務所とともに、5年の歳月をかけて住宅地全体のマスタープランを作成しました。住宅地の基本的な計画は次のようなものでした。

1.通過交通を避ける -歩者分離
住宅地内の通過交通をなるべく排除し、住宅地の居住環境の保護、居住性の安全性を確保する。
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写真:住宅地外周を走るループ道路

2.住宅地と工場地帯の分離 -緑の緩衝帯
土手と植樹によって、道路や工場地帯と住宅地とを遮断する。
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写真:首都高速湾岸線に沿って設けられた植栽空間

3.既存住宅地と接する部分(旧海岸線)にはなるべく水と緑を残すこと
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写真左:旧海岸線に残る断層、写真右:旧海岸線沿いの長浜公園野鳥観察池

4.旧漁港地区を水辺空間として積極的に活用すること
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写真:海の公園の様子-潮干狩りをする人々

 この基本計画のもと、住宅地内の通過交通を避けるために、住宅地の周囲にはループ道路がめぐらされました。また、湾岸道路、工場との緩衝帯として、植栽空間が設けられました。これらの植栽は埋め立てから30年近く経った今、野趣あふれる緑豊かな空間となっています。また、金沢八景という景勝地、旧漁港による入江を活用すべく海の公園や八景島などの計画が進められました。今では、休日に大渋滞を引き起こすほど人気のリゾート地となっています。

 このような条件の整備により、いったん住宅地に入ると、ここが埋立地で、近くに高速道路や工場地帯があることを忘れてしまうような雰囲気を持つ住宅地が形成されました。

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写真:シーサイドタウン内の様子


◇住宅地におけるアーバン・デザインの実践
 住宅地内部も、当時の集合住宅地としては新しいアイディアを盛り込んだ計画が提案されました。ここでは定住化を視野に入れ、「日本人が定住する住宅や住宅地はどういうものになり得るか」を計画の発想の原点として重要視しました。以下の点が基本的な構想です。

1.グリッドパターンによる街区構成
2.低層住宅による街並みの構成と環境への配慮
3.大通り・通り・小路という街路のヒエラルキー
4.個性的な公的建築デザインの導入
5.サイン計画、公園、植樹、ランドスケープも含めたトータルデザイン

 事業用地分譲後の姿を見据えて、敷地の分割・統合に対応可能な柔軟性を併せもつ格子状の街区にしたこと、低層住宅を主体として街路にヒエラルキーを設けることにより、京の町家に見られるような風土的にも日本に長く息づいている公共空間のシークエンスを意識したことなどが主な特徴です。

 やがて、1号地(並木1丁目)の大部分と2号地北ブロック(並木2丁目)は当時の日本住宅公団(現・都市再生機構、以下公団と表記)に売却することが決まります。そして、1号地の実施設計も槇総合計画事務所が行うこととなりました。実際には、オイルショックによる埋立地のコスト高が引き金となり、低層住宅のみでの街区構成案は、高層・中層・低層の住棟を組み合わせる計画へ変更されました。しかし、歩行者専用道路(以下、歩専道)を中心に低層住宅が数多く建設され、身近な生活のスケールをもつ住空間を生み出しています。

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写真左:1号地(並木1丁目)の高層住宅群、写真右:船溜まり越しに見る1号地


◇協同設計によるアーバン・デザインの取り組み
 複数の事業主体によって建設された1号地に対して、2号地北ブロックは公団のみに分譲されることになりました。いわゆる公団団地の住宅地が形成されるのを好ましいことではないと考えた横浜市は、公団に対し土地分譲に際して、4人の建築家に建築設計を依頼するよう申し入れました。神谷宏治氏、内井昭蔵氏、藤本昌也氏、宮脇檀氏の4者による協同設計です。このようにして、複数の異なる個性による団地型ではない変化のあるまちづくりを目指しました。

 設計にあたっては、1号地で導入された手法 -歩専道を住宅地の骨格とすること、低層接地型住宅を活動の主軸である歩専道沿いに配置すること、を踏襲し、ヒューマンスケールを主軸に歩専道の周辺に調和のとれたタウンスケープを展開させていく方針が固められました。その根底には、生活実感を得られるような街をつくりたいというテーマがありました。具体的には、歩専道からコモンスペース、路地というような公から私をつなぐ空間のデザインを重視し、歩専道から横道へそれた外の広がりにいたるまで、生活のアクティビティを含んだ雰囲気が伸びていくことを意図しました。

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写真:2号地北ブロック(並木2丁目)、歩専道から小路へ


◇アーバン・デザインの成果
 これらのアーバン・デザインによるまちづくりの試みにおいて、多くの議論を重ねた結果として実現しなかったことも少なからずありました。しかし、現在の金沢シーサイドタウンの様子を見ると、建物やその周辺環境に様々な工夫が施されたことが奏功し、季節ごとにその美しさを楽しめる樹木に囲まれ、建物や路地が様々な表情を持つ豊かな住空間が広がっています。アーバン・デザインという手法によって、金沢シーサイドタウンの緑豊かな趣のある住環境がひとつの価値として創出されていることは、個々の調和から全体としての特徴を生かしていこうとするこの手法のひとつの成果といえるのではないでしょうか。


参考・引用文献:
金沢シーサイドタウンのアーバン・デザイン構想、田村明、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会
街路型住宅へのアプローチ、長島孝一、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会
街づくりへの参加の可能性と問題、神谷宏治ら、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会
集合住宅地におけるアーバン・デザインの実践、西脇敏夫、北沢猛、都市住宅、1981年10月号、鹿島出版会