街への意識を共有するために 曽我部昌史氏インタビュー(2)

前回は「八潮街並みづくり100年運動」について、これまでの経緯や具体的な活動についてお話いただきました。今回は、住宅モデルの提案に込められた意図と住民の方の反応についてお伺いします。

― 2009年度は「家づくりからはじめる街並みづくり」として、家づくりスクールや住宅モデルの研究などすすめられています。行政主導のまちづくりとは違った視点で、住宅に着目した街づくりを行うことの意義とはどのようなものなのでしょうか。

◇ 街への意識を共有するために
 実際にこの運動に関わってみて、一般的な景観ルールのような規定でつくる街づくりではなく、この街をどんなふうにしたいかという意識をみんなでシェアすることしか、街づくり的な運動としてはあり得ないんじゃないかということがわかりました。最低基準はこうです、というのを定めたところで、決して良くはならない。ある価値の体系みたいなものがみんなで共有できるようになるのが一番いいんじゃないかと思います。それにはやり方が色々とありますが、この街の特徴に対して敏感になることがこの街にできる建築物のデザインをより深く精度の高いものにしていくことに繋がるようなことをしたいと思ったわけです。

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― その具体的な方法として住宅に着目されたのですね。

◇ 意識を重ね合わせること
 例えば一つに住宅を作るという行為そのものがあると思うんです。単にハウスメーカーや工務店が作った中から一番自分に向いていると思うものを購入するのではなくて。八潮は先ほどの特産品以外にも地域的な特徴もあるので、様々な特徴に対する処し方を知っている人たちが集まって意識を重ね合わせることで、独自の街並みが出来ていく。その独自の街並みを構成しているのは、言ってみれば街に対する洞察というか、愛着を含めた分析力の高さみたいな、そういうものが「住んでいて楽しい街」になっていくようなものではないかと思います。今年行っている住宅モデルの提案も、八潮の街に対する分析力をもって、ある意識の深さで、こう家を作っていくと、それは自分にとっていいだけではなくて、街にとってもいいと。家も街もみんながこう段階を追って楽しくなっていく、というようなことの体験をみんなが具体的に共有できればという理念がベースにあったのです。

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― 「八潮街並みづくり100年運動」ということで、100年先を見据えた取り組みをなされていると思います。こういった意識を重ね合わせることがどのように100年後のまちづくりへつながっていくのでしょうか。

◇ 住んでいる人も周りの人も楽しく
 今から80年くらい前は人口が半分でした。この80年の間に人口が倍増し、核家族化していったことによって、家の単位も増えていった。そして、明治の日本の民主化と連動して、身勝手なものも拡がっていった。それが今の街づくりにも影響しています。でも、80年後にはまた半分に戻ると言われています。ですから、これから人口が減っていく社会の構造に向けて考えるモデルを作るときに、いかに意識を共有していくかということが大切になると思うんです。人間の関係も綿密になっていくわけですよね。人間の関係が綿密になるということは、街に対する意識も連続的になるはずだから、当然自分の家だけ作ればいいという話ではなくなる。そんな風になっていくんではないかと思います。家というものは個人のものであると同時に街のものであるから、建物の外側にある細かい特徴に気がついて、それを上手く取り入れて設計することによって、住んでいる人も周りの人も含めて「ちょっと楽しい生活の夢を見る」という風になればいいと思いますし、その方が、楽しいですからね。

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― 市民との意見交換会や各種ワークショップ、シンポジウム、フォーラムなどをとして、住民の方々とのつながりも多いようです。このプロジェクトを住民の方々と一緒に行うことによって拡がる可能性とはどのようなものなのでしょうか。

◇ 小さな愛着のネットワーク
 住んでいる方たちは、鉄塔が大量に見えるとか、町工場がいっぱいあって騒々しい、今まで鉄道の駅がなかったので、街が殺風景だ、といったネガティブなイメージを持っているんです。でも見方によっては、緻密に色んなもので埋め尽くされてしまった東京の街と違って、対応しなければならない場所が大量に残っている。その取り扱いを色々と考えていくことで、みんなが楽しくなる、そういう仕組みにつながっていくと思うんです。特徴は良くも悪くも特徴だから、それに対する愛着みたいなものをデザインしていった方が楽しい。愛着の対象が街であるから、みんなが同じものに対して、形を違えながら愛着を持っている。そうなったら、身勝手さとは違う共有感にたどり着けるのではないかなと思うんです。その共有感が小さな愛着のネットワークとなって、それが連続していくような形になるといいと思うんですよね。そういう意味でも、全地域共通ルールみたいなものも、景観規制みたいなものともちょっと違うことをやらざるを得ないと思います。

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― 活動を通して得られた地域の方の反応はどのようなものでしょうか。今後の活動展開と併せて教えてください。

◇ 具体的な活動への第一歩
 前回のシンポジウムでは、興味を持っている人、地元で建築を勉強している学生も来ていたりして、直接この100年運動に関わりたい、意識を向けたいと思っている人が多かったんです。だから、次のステップとしては、具体的な活動だと思っているんですよ。それは単に住宅を設計すればいいということではなくて、今まで僕らは少し離れた立場にいて、この街の可能性についてリサーチしたものを開示してきましたが、次はもうちょっと地域を巻き込んで、具体的なステップを始めないといけないんですね。それは大きなものをバンバンっていうのではなくて、ちょっとずつ地域の人と進めるというのがいいと思っているんです。前回のシンポジウムは、そういう過程につながる会になったと思います。今はまさに、地域として始まったばかりです。今までの1、2年間は、この一歩を踏み出すための準備期間のようなもので、そういう意味ではこれからだと思います。

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神奈川大学曽我部昌史研究室による「八潮街並みづくり100年運動」の紹介
八潮景観調査プロジェクト08
八潮景観調査プロジェクト09

写真提供:神奈川大学曽我部昌史研究室