巣鴨の未来に世界遺産の夢は見られるか

■心のとげを抜く
 高齢化社会などと言われて久しいが、心の準備が出来ている街がどれほどあるのだろう。巣鴨に、おばあちゃんの原宿こと巣鴨地蔵通り商店街がある。本年元旦、さすがの東京各地もひっそりしている中を訪れてみると正月早々からかなりの賑わいであった。

 もともとこの商店街は旧中山道であり、江戸時代より日本橋から板橋宿に至る最初の休憩所として昔からにぎわっていたとのこと。巣鴨地蔵通りは通称とげぬき地蔵の参道となっており、商店街は巣鴨駅あたりから庚申塚まで約800mの長さを誇る。この商店街には200軒近い商店が並び、「4」のつく日に開かれる縁日には一日10万人、年間で800万人が訪れるという。正月の人出はそのほとんどがおばあちゃん…、というわけでもなく実際には老若男女バランス良くといったところか。むりやり特徴づけるとすると正月故におばあちゃんを中心とした一族総出で赤ちゃんから老人まで出かけていって心配が少ない初詣場所に出かけて来たといったところであろうか。まず、地下鉄駅から地上へのエスカレータに乗ると「?」と違和感を覚える。明らかに遅い。あとからこれは老人にやさしい速度設定になっていることを知った。到着からおばあちゃん仕様である。

 主目的地であるとげぬき地蔵は、痛みを抜いてくれる仏としてこれまたおばあちゃんにはもってこいのありがたい仏様なのである。ほか、それを巡る地蔵通り商店街のほとんどの部分で歩道に段差はなく、また歩道と店舗の間も段差がない。ポップの文字も大きいし、売っているものもおもしろい。「おばあちゃんの原宿」というからにファッション系のショップも多く、保温性の優れた機能的なものから最先端「赤パンツ」などのヒット商品が並ぶ。当然有名ブランドの入り込む余地はなく、グローバル展開しているチェーン系のものはほとんどないところも垣根の低さとコミュニケーションを生んでいる。店内トイレを開放している店舗も多い。

 さらに郵便局前や公園など要所要所に休憩広場が設けられていて、ベンチに腰掛けて和菓子屋の店先で仕入れた塩大福や団子などを頬張ったりしているグループも。縁日の日にはなんと銀行がホールを無料開放してお茶などを出してくれるそう。「体の痛みを抜くのはとげぬき地蔵、心の痛みを抜くのは地蔵通り商店街」というコピーを体現するホスピタリティである。基本的には「とげぬき」というおばあちゃん向けのご利益と周辺の商業がニーズにうまく応えている結果の自然な盛り上がりである。

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元旦から賑わう巣鴨地蔵通り商店街

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とげぬき地蔵脇の広場

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郵便局脇の広場

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おばあちゃん向けファッションの店

■おばあちゃんの原宿という景観
 巣鴨地蔵通り商店街は、歴史と文化を大事にした、ふれあいのある、人の優しい街として2006年には、中小企業庁制定にがんばる商店街77選に選ばれている。お詣りという定期的な行為と結びついた門前町としての相互的な関係を築いていると評価されてのことである。2008年4月には、本の街神保町などと並んで巣鴨地蔵通り商店街が、文化庁から「文化的景観」の主に生業に関わる商店街の景観の「重要地域」として指定された。世界遺産でもこのような人の営みに注目した「文化的景観」がトレンドとなっているからには、巣鴨も…?しかしながら、観光を味方につけて順風満帆のように見える中にもそれなりの悩みもあるようである。

 いわゆる高度成長を支えた団塊世代がこの循環の下支えとなっている「信仰」に興味が薄いということである。当たり前であるが文化的景観は、文化を失っては成立しない。駅前商店街では、廃止される例も多い中で傘をささずに買物できるということでこれまたおばあちゃん向けのアーケードを残しているだけでなく、アーケードにソーラーパネルを乗せるという改修まで行っている。徹底したバリアフリー化と平行したエコ化によって人にも地球にもやさしい商店街をめざしている。宗教という意味での「信仰」は薄れども、このような信条は文化を継続する上で信仰と同義である。やさしさ特化の文化が世界遺産となるまで成熟させ、原宿が若者の巣鴨と名乗ることでアイデンティティを表現するようになる何かを獲得できることを期待したい。

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バリアフリーと店先コミュニケーションによる門前町商店街の文化的景観

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初詣客で賑わうとげぬき地蔵

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駅前商店街アーケードとソーラーパネル

(川上 正倫)