268 ゲトライデ通りの看板(オーストリア共和国)

ストリート・ファーニチャー 看板 歴史都市 世界遺産

ゲトライデ通りは歩行者専用通りであり、おそらくザルツブルクで最も有名な通りである。それはザルツブルクの最も著名人であるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生家があるためであるが、それだけではない。このゲトライデ通りでとりたてて目を引くのは、すべての店舗の看板が伝統的なスタイルでつくられていることである。それらの看板は、道を往く人々の頭上に華やかにリズムを刻むように設置されている。

ゲトライデ通りの看板の基本情報

国/地域
オーストリア共和国
州/県
ザルツブルク州
市町村
ザルツブルク市
事業主体
ザルツブルク市、店舗オーナー
事業主体の分類
自治体 民間 
デザイナー、プランナー
N/A
開業年
1967年(歴史都市保全法が制定された年)

ストーリー

 ザルツブルク市は、旧市街地の美しいバロック建築で世界的に知られ、多くの観光客を惹きつけている。その中でも、街の中心を流れるザルツァッハ川の西側を、川に並行するように整備されたゲトライデ通りは、観光客を含む多くの人々で常に賑わっている。ゲトライデ通りは歩行者専用通りであり、おそらくザルツブルクで最も有名な通りである。それはザルツブルクの最も著名人であるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生家があるためであるが、それだけではない。このゲトライデ通りでとりたてて目を引くのは、すべての店舗の看板が伝統的なスタイルでつくられていることである。それらは、ネオンを用いたり、電光掲示板を用いたりしてはいない。
 これはザルツブルク歴史的市街地保全法(Salzburg Historic Center Preservation Law)でそのように決められているからであり、マクドナルドでさえ、それには従わなくてはならない。そして、その看板は芸術作品のように凝っている。これらの看板が、欧州の旧市街地の歩行者通りの中でもゲトライデ通りを特に個性的にしているのである。
 保全法には次のように記されている。
 
「すべての広告、看板はそれを掲示するうえでは市の許可を必要とする。それは、それが建物に付随していようが、独立したものであろうが関係なく、許可は必要とされる。(中略)すべての申請書が提出された後、専門家による評価書の作成が市から依頼される。道路上の看板に関しては連邦警察理事会そして、道路維持管理会社からの意見も求められる。これら評価書、意見が肯定的であれば、看板の許可が通常4週間で発行される。申請書を提出する前に、市街地保全法に詳しい法律専門家に相談することを勧める。」

 それらを修繕するうえでは、その建物の歴史の文脈上にあることが求められ、昔のその建物や街並みの写真などが参照される。このように歴史がある建物だけでなく、看板や広告にまでその景観を規制している。それは、これらによって景観が阻害される場合があるからだが、看板がゲトライデ通りのアイデンティティを構成するうえで必要不可欠な景観要素であることを理解しているからでもあろう。
 ザルツブルク旧市街と歴史的建造物は、1996年にユネスコ世界遺産に登録された。

地図

都市の鍼治療としてのポイント

 穀物を意味する「ゲトライデ」を名前とするゲトライデ通りが栄えたきっかけは、14世紀にこの場所で商業を営むことができるようになり、その結果、中心通りであるゲトライデ通りに大きな貿易商が店を構え始めたからである。市長や大司教、裁判官などもこの通りに居住するようになり、ここはザルツブルクの超一等地となると同時に、家具・道具屋、ビール醸造屋やレストラン、病院、薬局などが立地し、商業の中心地として発展していくことになる。
 この通りには、つくられてから750年も経つ、飛び抜けて古い建物もあるが、多くは戦後にインテリアの改修工事がなされている。1960年代から1980年代にかけて700の建物が内部の修繕を施されているが、外観はこの道、そしてザルツブルクという都市の歴史的文脈を引き継いだものとなっている。そして、看板という建物の付属物的なものも、それを引き継ぐ空間メディアとしてザルツブルク市はその重要性を強く認識している。それらが表現するこの道、そして都市のアイデンティティを保全し、将来にも引き継ぐような施策を遂行しているのである。そのような姿勢は、歴史的旧市街地の世界遺産への指定に繋がり、そこを一大観光地にすることとなった。現在では、当地の観光価値を維持させるためにも、看板の景観対策がより重要な意味合いを持ちつつある。ただ、この観光化によって、ゲトライデ通りで買物をする地元の人は減少の一途を辿っている。これは、郊外に新たにつくられた大規模ショッピング・センターに流れているからだが、その持続的な価値の維持においては、地元の顧客を確保することが重要であることはバーリントンのチャーチ・ストリート・マーケットプレイスなどの事例(「都市の鍼治療No. 58」)からも推察することができる。
 看板はカルチュラル・ランドスケープの極めて重要な要素である。その形状と内容によって、それはその場所の様々な情報を発信している。看板は文化的現象であると同時に、その場所の特徴を表現するメディアでもある。
 しかし、それが建物と同様な景観要素の価値としてはなかなか捉えることは難しい。というのも、それはメッセージを、沿道を通るものに伝えるという役割を持ち、極めて宣伝的なものであるからだ。そして、それらの宣伝は公共性をほとんど有していない私的なものである。そのような私的なものをパブリックなる資産として価値を有すると判断するのは、相当の時空間を共有して初めて醸成される共同性であると考えられる。そして、それを条例で規制・管理するというのは歴史都市ザルツブルクには有効であった。

【参考資料】
ザルツブルク観光協会のホームページ
http://www.visit-salzburg.net/sights/getreidegasse.htm

ザルツブルク市の「看板のデザイン規制」に関する条例のホームページ
https://www.stadt-salzburg.at/formulare/werbeanlagen-mit-gleich-bleibender-werbung/

類似事例

スタニラス広場、ナンシー(フランス)
カンポ広場、シエナ(イタリア)
市場広場、クラカウ(ポートランド)
市場広場、マインツ(ドイツ)
レイマー広場、フランクフルト(ドイツ)
マジョール広場、マドリッド(スペイン)
エスパーニャ広場、セヴィリア(スペイン)
バーリントン・アーケード、ロンドン(イギリス)
ザ・パサージュ、ザンクト・ペテルスブルク(ロシア)
モスクワ広場、モスクワ(ロシア)
市民広場、プラハ(チェコ)
旧市街市場広場、ワルシャワ(ポーランド)