364 サナーム・チャイ駅の空間デザイン(タイ王国)

博物館

バンコクの歴史発祥地ラタナコーシン島に立つ地下鉄サナームチャイ駅は、画一的で退屈になりがちな地下鉄空間を、土地の記憶が宿る「ハレ」の場へと一変させた。タイ伝統建築の研究者ピンヨー・スワンキリはチャクリー王朝の意匠を巧みに駅に施し、さらに工事中に出土した歴史的遺物をコンコースに展示した。駅は「タイで最も美しい地下鉄駅」と称えられ、場所のセンス・オブ・プレイスと人々の愛着を呼び覚ました。

サナーム・チャイ駅の空間デザインの基本情報

国/地域
タイ王国
州/県
バンコク郡
市町村
プラナコーン区
事業主体
バンコク・メトロ
事業主体の分類
その他 
デザイナー、プランナー
ピンヨー・スワンキリ(Pinyo Suwankiri)
開業年
2024年

ストーリー

 サナームチャイ駅はバンコクを走るバンコク・メトロ・ブルーラインの駅である。2019年9月に正式開業した。バンコクの歴史地区であるラタナコーシン島にある唯一の駅である。ラタナコーシン島は1782年、現チャクリー王朝のラーマ1世が首都を遷した「バンコク発祥の地」であり、その周辺部は歴史保全対象となっている。
 そのような特別な位置づけにあるサナームチャイ駅は、その空間デザインに工夫が為されている。そのデザイン・コンセプトはチャクリー王朝のものを反映させており、そのデザインはタイ伝統建築の研究家であるピンヨー・スワンキリ(Pinyo Suwankiri)が担当した。地下鉄駅の内部は様々な彫りが為された柱から構成されている。壁と床面は市壁を彷彿させる意匠が施されており、金箔も使われている。天井は玉座の間の雰囲気を演出できるように星形の模様が描かれている。また、天井は他の地下鉄駅に比べて高くなっているが、これは換気施設を通常では屋根に設置しているのを壁側に設置したからである。
 国立歴史博物館であるサヤーム博物館と直結する第一出入り口は特に入念にデザインが施されている。このデザインを手がけたのはタイでも二番目に大きいゼネコンであるカーンチャーン社である。この出入り口に通じるエスカレーターには屋根が架けられていないのだが、それはサヤーム博物館がしっかりとエスカレーターから見えることを意識したからである。
 駅建設をしている時に、モンクット王やチュラロンコン王の時代の歴史的遺物が発掘される。これら発掘された遺物をコンコース階に2020年11月から展示しており、ちょっとした無料博物館の様相を呈しており、実際「地下鉄博物館」と呼ばれている。博物館は3つのゾーンから構成されていて、一つはアユタヤ王朝以降のチャクリー王朝のタイの歴史を展示したもの。二つ目はタイの三大寺院である駅のそばに立地するワット・ポー寺院の忘れられていた住宅群の歴史。そして三つ目はアユタヤ王朝時代の古代王宮に関するものである。
 同駅は内外のメディアで「タイで最も美しい地下鉄駅」と形容される。例えば、シンガポールの新聞であるザ・ストレーツ・タイムズの記事は「訪れるべき(must visit)」ところであり、タイどころか「世界で最も美しい地下鉄駅」とまで述べている。

地図

都市の鍼治療としてのポイント

 地下鉄の駅はつまらない空間の場合が多い。東京だとメトロの駅は最近、お洒落になったりしているが都営地下鉄の駅はつまらない空間のところがほとんどだ。私が日々、利用している京都市営地下鉄の駅もつまらない。このつまらなさは、どこの駅も同じように設計されており、個性がないからだ。私はよく京都市営地下鉄で駅を降り間違えるのだが、それは駅のデザインがあまりにも同じだからである。
 さて、しかし、このつまらなさはちょっとした工夫で大きく変えることができる。都市の鍼治療で紹介させてもらった事例としては、スウェーデンのストックホルムの地下鉄(都市の鍼治療 No.154)などがあるが、駅ごとに違ったプラットフォームのデザインが為されていると、地下鉄でも乗っているとワクワクした気持ちになる。ストックホルムの地下鉄まで頑張らなくても、東京の東急田園都市線で駅ごとに駅カラーを指定して、その色彩のデザインにするだけでも何もしないよりはいい。少なくとも、降り間違いをする乗客は大きく減らすことができるであろう。
 地下鉄の駅における個性の無さや空間的な魅力が乏しいといった点は、ちょっとした努力で大きく克服することが可能である。さらには、その駅がある土地が極めてユニークであり、また人々にとって大切な場所であれば、駅を特別なすることによって、その土地のセンス・オブ・プレイス(地霊)が蘇るであろう。バンコクのサナームチャイ駅は、まさにそのような見事な試みである。タイの地下鉄の駅も画一的で魅力ある空間とはとてもいえない。しかし、だからこそサナームチャイ駅は他の駅から一線を画したユニーク性を有して、この駅が「ケ」の空間ではなく「ハレ」の空間であることを人々に確認させる。ちなみに、タイの地下鉄においてはサナームチャイ駅以外ではワット・ホンラッタナーラームとワット・ラーチャシッターラームという名刹が近くにあるイサラパープ駅、観光名所でもあるサムランラットのあるサムヨート駅、中華街のあるワット・マンコン駅が特別なデザインを施されている。
 地下鉄駅という場所性が分かりにくい空間において、そのセンス・オブ・プレイス(地霊)が発現されるデザインをすることで、場所へのレジビリティ(理解力)が増す。そして、レジビリティが増すことで、その場所への愛着、帰属意識も増す。バンコクは新しく地下鉄を整備するうえで、全駅ではおそらく予算の都合上はできなかったのだろうが、ここぞという場所においては、その場所性を発現させることにした。見事な都市の鍼治療である。他の都市は是非とも見習ってもらいたい。

【参考資料】
Straits Timesの記事
https://www.straitstimes.com/asia/se-asia/sanam-chai-bangkoks-most-stunning-subway-station

類似事例

ユニオン・ステーション、セントルイス(ミズーリ州、アメリカ合衆国)
プラハの地下鉄駅、プラハ(チェコ)
キングス・クロス駅、ロンドン(イギリス)
アンダーグランド・アトランタ、アトランタ(ジョージア州、アメリカ合衆国)
セント・パンクラス駅、ロンドン(イギリス)
延岡駅、延岡市(宮崎県)