グラフトン通り地区公共空間計画

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キーワード:

アイデンティティ ,アイルランド ,オープン・スペース ,都市デザイン ,鍼レベル 大

ストーリー:

 グラフトン通りはダブリンの都心部、リフィー川の南端にあるテンプル・バーの終点からセント・スティーブンス・グリーンという公園までを結ぶ500メートルのダブリン一賑やかな通りであり、ブティック、バー、レストランなどの商店がひしめき合う。一時間当たりの歩行者数は14,000人から15,000人ほどである。ダブリンで最も象徴的なデパートが立地しており、マクドナルドやGAP、Levisなどの国際的な小売業者がまずアイルランドで第一店舗を出店する、日本でいえば銀座のような場所である。バスカーズとよばれる大道芸人もここに多く集まり、行く人を楽しませてくれる。さらに、歴史的建築を多く保全しており、まさにダブリンを代表する都市空間となっている。
 ただし、この数年間、都心部での商業活動は郊外のショッピングセンターやインターネット・ショッピングなどとの競合に晒され、以前に比べてビジネス的には難しくなってきており、グラフトン通り地区には競争力を強化するための投資をする必要性が高まった。そのような状況を踏まえて、同地区の公共空間計画が策定された。その内容はグラフトン通り地区の歩行者としての空間体験を改善させるために、舗装、街路樹、パブリック・アート、ストリート・ファーニチャーをどのようにデザインすべきかを検討したものである。そして、それはこの地区の真のアイデンティティを発露し、アクセシビリティを確保し、安全で魅力を発現させるようなものであることが目指された。その計画は、グラフトン通り地区の歴史的な意味、そして魅力的な街並みをしっかりと次代に継承することを意図しており、その計画の実践を通じて、グラフトン通りを核として、その周辺地区の都市環境を大きく向上させようと努めている。
 その大まかな戦略は、この地区から自動車を排除して、歩行者空間へと改造しようというものである。もともとこのような戦略を最初に試みたのはグラフトン通りであった。第二次世界大戦後、グラフトン通りは歩行者も多かったが自動車も通行でき、その通行量もなかなかの数に及んだ。そのような中、1970年にはこの通りから自動車を排除して、歩行者天国化する案が出てくる。そして、1971年には最初の社会実験が行われ、この道から自動車が一時的に排除された。
 社会実験の期間は4週間であったが8週間に延長された。この実験は歩行者天国化するうえでの肯定的な支持も得られたりしたが、強くそれに反対をしていた商業者の賛成を得るには至らなかった。当時の新聞は、歩行者天国化は「ヒッピーやストリート・パフォーマー、浮浪者」をここに引き寄せることが危惧されるとの記事を掲載したりしていたが、現在では、グラフトン通りに賑わいをもたらすのにストリート・パフォーマーが大きく貢献していることを考えると、興味深い。
 歩行者天国化に関しては、沿道の商業者は依然として反対をしていたが、1983年にはこの通りから公式に自動車は排除された。当時は、これは失敗するであろうと捉えられていたが、そのうち、周辺の道路からも自動車が排除されていった。それと同時に、道路の舗装も歩道の舗装に衣替えをしていき、1988年の6月にその工事は完成した。
 それから25年経った2013年頃には、多くの商業者がグラフトン通り以外の周辺の道から自動車を排除しようとしている(アイリッシュタイムスのJoe Humphreys氏の記事)ことを考えると、いかにグラフトン通りの歩行者天国化が成功したか、さらには沿道の商業者に先見の明がなかったかが理解できる。
 このようにして、歩行者を自動車より優先させた開発が志向されてきたが、それをグラフトン通りだけでなく、より広い地区にまで及ぼすようにしたのが「グラフトン通り地区公共空間計画」である。特に、グラフトン通りとそれに接する周縁部は、2013年に「特別都市計画管理地区」(Area of Special Planning Control)に指定され、詳細な計画が策定された。これにより、この地区においては、歴史建築物の保全や広告のデザイン規制、修繕の促進が強く意識されるようになっている。
その結果、同地区においては路上駐車は禁止され、新たな歩行空間、自転車道路がつくられた。また、都心部全体において自動車の走行速度を30キロメートル以下にする提案もなされている。現時点では、まだ未完の部分も少なくないが、ダブリンという都市の公共空間を歩行者主体のものへと大変貌させる小さなプロジェクトが、同公共空間計画のもとに多く積み重ねられている。

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

「よい道はよい都市をつくるための不可欠の要素である」。これがダブリン市がグラフトン通りを特別視し、そこに多くの知恵と予算を投資する理由である。そして、グラフトン通りだけではなく、その周辺地区を含めて、そこをダブリンのアイデンティティを発露させ、人々が集い、都市的な体験をする公共空間として整備するようにした。計画を策定するうえでは、ワークショップ、利用者の取材、テナントへのアンケート調査などを行い、幅広く市民の意見を聞き入れるようにした。さらには、アーティストを雇用し、パブリック・アートを用いたこの地区の活性化策を検討したのである。
 このプロジェクトの興味深いところは、グラフトン通りから自動車を排除することに、当初はほとんどの沿道商店主が反対していたのに、その25年後には、周辺の商店主までが自分達の道路からも自動車を排除しようと積極的に動き始めたということである。あるダブリンの映像監督は、自動車がまだ走っていた時代と現在とを比較して、次のように述べている。
「一般的には、歩行者道路化したところは、買い物客が増え、多くの人がレストランや道路空間を利用している」。
「グラフトン通り地区公共空間計画」では、都心部の魅力を次世代へと維持し、さらに改善するために、行政ができることは何かをしっかりと考えている。行政ができることはたかがしれているかもしれない。それは、街路の舗装、ストリート・ファーニチャー、電灯、街路樹や植栽、そしてパブリック・アートといった都市デザインといった政策である。直接的に人を呼んだり、消費を促進させたりすることではなく、あくまでも間接的なアプローチではあるが、グラフトン通りで成功した方程式を周辺部にまで広げ、グラフトン通りという一次元の魅力をグラフトン通り地区という二次元への魅力にまで拡張させた。また、単に自動車を排除するだけではなく、公共交通を充実させたり、周縁部に駐車場ビルを建てるなどの対応策も講じている。

【参照HP】
The pedestrianisation of Grafton Street began 45 years ago today ( https://www.independent.ie/archives/flashback-the-pedestrianisation-of-grafton-street-began-45-years-ago-today-35022278.html )

事業主体:

ダブリン市役所

事業主体の分類:

自治体

デザイナー、プランナー:

開業年:

1988年(グラフトン通り)、2007年、2013年(改定)

類似事例:

・ コベント・ガーデン(ロンドン、イギリス)
・ ブリック・レーン(ロンドン、イギリス)
・ ウィリアムスバーグ(ニューヨーク、アメリカ合衆国)
・ シックス・ストリート(フィラデルフィア、アメリカ合衆国)
・ ノーザン・クォーター(マンチェスター、イギリス)
・ クライド川回廊再生事業(グラスゴー、スコットランド)
・ 都心部再生事業(ビルバオ、スペイン)
・ 下北沢(東京、日本)

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国:アイルランド
州・県:ダブリン州
市町村:ダブリン市