358 高森駅(熊本県)

広場

熊本県高森町にある高森駅は、改札をもたない構造を活かし、120m×16mの広大なプラットフォームと芝生広場が豊かな空間をつくり出している。阿蘇の絶景夕景への視座の確保、トロッコ列車の体験の強化、地域交流の促進に加え、熊本地震の教訓を活かした非常時への対応など、駅とは何なのかということをあらためて考えさせられる、見事な「鍼治療」の事例である。

高森駅の基本情報

都道府県
熊本県
州/県
熊本県
市町村
高森町
事業主体
高森町
事業主体の分類
自治体 
デザイナー、プランナー
太田浩史
開業年
2024年

ストーリー

 熊本県高森町にある高森駅。阿蘇山の南麓に位置し、周囲を広大なるカルデラの外輪山に囲まれた風光明媚な里の駅である。現在の駅舎は3代目であり2023年に完成、さらに2024年に隣接した交流施設が完成した。
 新しい駅舎は、それまでの日本の「駅」の概念を超越した新時代の駅の様相を纏っている。それは駅であるが広場のようなオープン・スペースである。町から駅のアクセス道路を行くと、通常、正面にドンと構える駅舎はなく、そこからはカルデラが展望される空隙が広がっている。そして、その空隙を抜けると横に尋常じゃなく長いプラットフォームが伸びている。コミック『ワンピース』のキャラクターであるフランキーの銅像がプラットフォームに隣接して設置されている。プラットフォームに隣接している芝生は最高なピクニック場である。そこからは阿蘇山のカルデラに沈む見事な夕陽を望むことができる。さらに、回廊沿いのベンチには配電装置が付設されている。駅舎に入ると時計盤の4時から7時の時間帯が赤字となっている。これは、夕陽が展望できる時間帯を指しているのである。さらに、手摺りがレールであったりする。回廊の天井を彩る複雑な木組み構造が幾何学の妙を演出している。これが駅なの?と訪れる人を驚かすような楽しい空間である。
 新しい駅舎は、2代目の駅舎が築35年以上も経過したこともあり、老朽化が進んでいたことに加え、2016年の熊本地震により被災したのを受けて、新駅舎に立て替えることにした。そして、くまもとアートポリスプロジェクトとして「駅舎だけではなく全体のグランドデザイン」のプロポーザルが2018年に募集される。これは交通結節点としての駅舎ではなく、地域の広場としての駅舎をつくるという意図が高森町側にあったということを示唆している。そして、広場の役割を十二分に発現させる「とにかく広いプラットフォーム」を提案した太田浩史率いるヌーブが最優秀賞を受賞する。そのプロポーザルでは、「高森駅でしかできない壮大な計画」として、120メートル×16メートルのプラットフォームを提示する(ただし、実際のプラットフォームはプラットフォーム部分が160×2メートル、芝生広場が75×12メートルへと修正された)。ここで、160mは8両編成のななつ星を意識した長さである。そして、なぜそれを提示したのかの理由を太田氏は4つにまとめて解説している。一つ目は「町と駅を近づけるため」。プラットフォームは普通、列車に乗客が乗るための場所であり、したがってプラットフォームは駅舎に隠れて町からは見えない。しかし、太田氏は「高森のシンボルへ駅舎ではなく、美しい沿線風景を見に来る人々で賑わい、個性豊かな車両が発着するプラットフォーム」であると考えた。周辺の阿蘇山のカルデラの美しいランドスケープこそが高森のシンボルであり、それを展望する視座としてのプラットフォームにこそ価値があると太田氏は理解したのである。そして、そのようなプラットフォームは改札口をもたない車内改札方式であるからこそ可能であった。加えて、ゆるやかな地形のためにプラットフォームと周辺市街地が地続きであるという地形的条件も大きく活用して、町と駅の接続性を高めるようにした。
 二つ目の理由は、一つ目の理由とほぼ同じであるが、ランドスケープを展望するために、特にそれが異様なほどの美しさを纏う夕焼け時に展望できるために広大なプラットフォームが必要であると述べている。太田氏は街からこの夕焼けを見るために、邪魔となる駅の回廊の庇を取り除いている。雨の時にはその部分だけ濡れてしまうので使い勝手は悪くなるが、そのような使い勝手の悪さより美しい夕焼けを観れることを優先した。これは素晴らしく文化度が高い決断である。市街地に汚く危険な電線が蜘蛛の巣状に広がっていても平気な国民と同じとは思えない判断かと思われる。
 そして、三つ目の理由は「トロッコ列車の体験を豊かにする」というものである。阿蘇五岳と列車のツーショットが撮影でき、列車全景・乗車風景を撮影する引きも十分に取れ、送迎イベントを降車直後から乗車直前まで楽しめる。これも、改札口をもたない車内改札だからこそ可能になったことだ。
 最後の四つ目の理由は「プラットフォームの旅のため」である。これは、トロッコ列車の旅の魅力は、見事な車窓風景に加えて駅舎のプラットフォームでの駅世話人との交流であるとの解釈から、起終点である高森駅はハイライト的な演出をするべきであるとの考えからである。
 新しい駅舎は南阿蘇鉄道高森線完全復旧の前の2023年4月28日に完成した。そして、先代の駅舎は解体され、その跡には地域交流の場としての交流施設が2024年7月13日に完成した。
 駅舎と交流施設の2つの建物、それらを結ぶ回廊と庇、さらにランドマーク的な塔。そして、それらに囲まれるようにつくられたプラットフォームが延長したかのようにつくられた芝生広場。この駅は、ここを訪れる人々が世界的にも希有な阿蘇の雄大なカルデラの風景を眺める素晴らしい視座を提供してくれる。それだけではない。ここは災害時において数々の支援の仕掛けが為されている。まず、熊本地震で注目された車中泊という避難方法を支援するために、交流施設をその支援拠点とした。具体的には駅の回廊に沿って駐車場を並べ、ベンチから配電できるようにしている。加えて、回廊は雨天時の給水および物資配給時の行列に、芝生広場は避難時のラジオ体操などに対応している。また、一般的に駅舎は町に対峙するようにつくられるが、高森駅は線路側を正面として、駅に着いた乗客を迎える側を正面とした。このような斬新な配置が可能となったのは、プロポーザルの内容が建物全体の配置計画だけでなく、ロータリーやバス乗降場などの交通計画を含んだ「グランドデザイン」を募るものであったためである。
 駅舎だけでなく、その周辺部も含めた全体計画でコンペを実施した熊本アートポリスの高度な戦略性、その条件を最大限に活かし、なおかつ「駅」という概念を拡張させるような空間づくりをした太田氏、ヌーブの創造性と挑戦的なスピリッツ、そして、その価値をしっかりと理解して、それを見事に自分達のものとして利用した住民の感受性。全てのステークホルダーが見事に、この駅を唯一無二のものとするために連携した。

地図

都市の鍼治療としてのポイント

 駅という公共施設は詩的である。そこは人々に出会いの機会を提供し、また別離を演出する場である。その地域を訪れる人にとって、駅はまさにその地域の玄関口として機能するし、そこに住む人にとってはそれは重要なランドマークとして機能する。高校生にとっては、それは学園生活の一場面を彩る重要な舞台装置でもある。それは代わり映えのない日々の中で、突然、ハレの空間にも変貌する空間である。いつもはただのカボチャのようなものであったのに、ある日、人生のドラマを見事に演出するような白馬の馬車に変身する。そのような特性によって駅は「セントラル・ステーション」(1998年)、「終着駅」(1953年)、「ブリーフ・エンカンター」(1945年)、「駅Station」(1981年)、「鉄道員」(1999年)など多くの映画の題材として取り上げられてきた。
 それはまちづくり、地域づくりの観点からすれば、日常使いとしての駅の役割をしっかりと果たしつつ、特別な時が訪れた時、そのドラマを演出するにふさわしいような舞台としての役割をも担うことが駅には求められるということだ。
 そして高森駅は、日常使いと特別な瞬間としての駅の機能をともに見事に有している。同駅は阿蘇山のカルデラ内に位置し、そこから望む西の外輪山に沈む夕陽は絶景の一言に尽きる。高森駅は一部、回廊が分断されていて庇がない空間がある。雨の時などは不便であろう。しかし、それは、この見事な夕陽の展望を遮らないために敢えてそうしているのである。そして、夕陽が沈む際、高森駅の建物部分が絵のフレームのように縁取りをしている。それは先代の駅舎では建物やホームの横に設けられた藤棚などが邪魔したために見ることができなかった素晴らしき景観である。夕陽が沈むその瞬間に高森駅はまさにハレのドラマの舞台に転じ、特別な空間となるのだ。駅舎に設置してある都計には夕陽の時間のところだけ数字が黒ではなく赤になっている。日々、夕陽の存在を再認識させる仕掛けであり、この駅から望む夕陽が素晴らしいことを、そこを訪れる人に伝える役割をも担っている。
 高森駅はまた広場としても見事に機能している。それは改札を通らずにプラットフォームにまで行くことができるから可能となった広場性である。プラットフォームが公園のように開かれているのだ。南阿蘇鉄道では車内改札システムを取っているからこそ、こういうことが可能であるが、同じように改札口がない鉄道システムをとっているドイツやスイス、デンマークでも、これほどまでにプラットフォームが見事に周囲のランドスケープと調和しつつ、そこが強烈なアクセントとしてシンボル性を有している駅を寡聞にして知らない。いや、駅舎が見事な建築である鉄道駅は世界中にごまんとある。ライプツィヒ中央駅、アムステルダム中央駅、ロンドンのセント・パンクラス駅、ニューヨークのグランド・セントラル駅等。日本でも東京駅、金沢駅、由布院駅などがすぐ浮かぶ。そういう意味では、先代の高森駅も阿蘇の牧歌的な風土にあった素敵な駅舎であった。しかし、これらの駅と新しい高森駅は根元的に違う。駅舎という点だけでみれば、新しい高森駅は上述した駅に比べると印象は薄いかもしれない。いや、むしろ前述した「広大なプラットフォーム」という目的を達成させるために、駅舎の意匠は控えめである。それは、周囲のランドスケープこそが主人公であり、駅舎はその風景というイベントを鑑賞し、楽しむための空間であるから黒子として徹底させているかのような印象さえ受ける。いわば駅という極めて公共性も象徴性も高い建築であるにも関わらず、それは「図」ではなく「地」としての役割を担っている。そのような特性からか、その空間はそこを訪れ、利用する人々が主人公であるような錯覚を覚えさせるような舞台的な機能をも有しているのだ。
 しかし、駅が人々が集う広場であると捉えた時、特に周辺とのランドスケープとの調和という観点からすると、高森駅は上述したどんな駅よりも優れている。その地霊(センス・オブ・プレイス)を呼び起こし、それを訪れたものに感じさせる媒体としての装置としての高森駅は驚きの建築である。
 この文章を大袈裟に感じた人は、夕暮れ時の高森駅を訪れるといいであろう。それは建築という既存の概念を超えた駅であり、駅とは何なのかということを考えさせられる。車内改札を見事に活かし、駅の公共性を強く持たせることに成功し、また、夕陽の展望場所とさせることで、地霊をも纏わせることに成功した。それは、まさに見事な「鍼治療」である。

【取材協力】
太田浩史(建築家)
石島健史(建築家)

【参考資料】
熊本県のホームページ
https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/115/173013.html
NHKクマロク(2025年6月17日)
熊本県民テレビ(2023年8月21日)

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