おかげ横丁

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キーワード:

イベント ,商業施設 ,日本 ,鍼レベル 中

ストーリー:

 おかげ横丁は伊勢神宮の内宮門前町「おはらい街」の中程にある約0.9ヘクタールの商業空間である。江戸時代にはお伊勢参りで年間200万人以上の参宮客が訪れていた伊勢神宮の内宮門前町であったが、1980年には約20万人以下にまで減少する。伊勢神宮自体は1950年頃に200万人以上の参拝客を数えて以降、ほぼ右肩上がりで伸びており、1980年は650万人を越えるほどであるのと極めて対照的である(2015年は1,000万人にまで増加している)。これは、モータリゼーションが進展したことで、自動車で直接伊勢神宮に行ってしまう参拝客が増えたことや、それまでの売り手優位の商いが人々を敬遠させたことなどが要因である。
 そこで、この状況を打開しようと立ち上がったのが、おはらい街のほぼ中央に本店を構える伊勢名物赤福餅で有名な和菓子屋赤福の10代目当主である濱田益嗣氏であった。濱田氏は1960年の赤福の年商を1965年には10倍に拡大させるなど、その優れた経営手腕で知られていた。しかし、自社はうまくいっていても廃れるばかりの街をみて、その再生プロジェクトを手がけることにしたのである。そして、本社の周辺の約1ヘクタールの土地を6年間かけて買収し、おかげ祭り(伊勢詣で)で賑わった江戸時代末期から明治時代初期の鳥居前町の街並みを再現したテーマパーク的な商業空間「おかげ横丁」をつくったのである。伊勢特有の街並みの妻入の建物、伊勢河崎の蔵、桑名の洋館などを移築もしくは忠実に再現した28の建物群から構成される。伊勢の妻入の建物は建築材料も伝統的なトガ(栂)材を使用するなどのこだわりをみせている。おもに伊勢志摩の名産を販売する食堂・小売店などを中心に2017年時点で28棟、58店がここで営業している。伊勢地方の魅力を凝縮させたような空間がつくられている。開発費用は約140億円である(これは当時の赤福の年商にほぼ匹敵したそうである)。
 おかげ横丁は1993年に開業し、2006年には年間365万人の観光客を集め、さらには2015年にはその数字は524万人にまで増えている。おかげ横丁の成功は、周辺のおはらい街の商店主達の意識の変革を促し、江戸時代的な街並みは「おかげ横丁」からおはらい街にまで広がり、今では内宮からおはらい街に入ると、タイムスリップをしたような錯覚さえ覚える。
 日本人による伊勢への観光客数は1,000万人前後で頭打ちになっているが、外国人観光客は2016年時点でもまだ増加傾向にある。外国人観光客を惹きつけているのは当然、伊勢神宮ではあるが、その周辺におかげ横丁といった日本的な商業空間があることもプラスになっているのは確かであろう。また、50代〜60代の人をターゲットにしたが、ふたを開けてみたら20代〜30代が多く来るようになったそうである。懐かしい日本の風景を再現させた場所を求めているのは、中高年だけではないことが考察される。
 おかげ横丁は株式会社赤福の子会社の株式会社伊勢福(1992年設立)によって管理・運営されている。

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 民間企業が公共的な広場空間をつくり、成功する事例はあまり多くない。これは、どうしても利益目的となってしまい、そこで消費をしない人を排除する傾向をみせてしまうからである。そのような中、このおかげ横丁はおかげ座という劇場こそ有料であるが、他は無料である。そして、おはらい町とおかげ横丁との境界が曖昧で、シームレスに連続しており、どこからがおかげ横丁かは意識しないと分からない。
 しかし、ここおかげ横丁は成功している。年間来訪者が20万人以下にまでなってしまったおはらい町を600万人以上が来る大観光地へと変貌させたのである。その成功の鍵を知りたくて、株式会社伊勢福におかげ横丁ができることになった経緯について取材をさせてもらった。
 赤福は伊勢のおはらい町で300年以上、商売をしていた。基本的には、伊勢神宮の参拝客に立ち寄ってもらうことが商いの基本であった。したがって、「伊勢神宮に来られるかたを気持ちよくお迎えするというのが元々のモットー」であったのだ。
 1960年代に赤福は西日本中心に販売圏を広げ、会社の売り上げも5年間で10倍ほどに増加するなど急成長を遂げたが、「赤福餅は伊勢のお土産」という意味を失っては問題であった。
 伊勢地域は伊勢神宮の遷宮を軸にして、ある程度、観光客が来る。遷宮は20年に1回あり、その時は爆発的に人が来る。そのため、受け入れ側は商売を甘くみてしまい、団体向けのビジネスをするようになってしまった。その結果、店は旅行エージェントにリベートを支払うので原価を削りはじめ、例えば、伊勢志摩に来ても、伊勢志摩の魚ではなく、他の地域の冷凍ものを出すような状況になってしまった。そして、伊勢はつまらない、美味しくないといったイメージがつくられてしまい、門前町も見向きもされぬようになってしまった。
 そのような状況に問題意識を募らせていた赤福の先代の社長である濱田益嗣氏は、ちょうど京都の大文字焼きを見るために旦那衆の集いに参加したそうである。それをみて、ある旦那が「大文字焼きのような馬鹿げた行事を考えて、実行するような奴は、もう現代では出てこないだろうな」とつぶやいたそうである。「それをやることに意味はある。しかし、それでも時代に逆行したような馬鹿なことをする奴は出てこないだろう」と。それを聞いた濱田氏は、無性に腹が立ったそうである。そして、「伊勢神宮を訪れる人を理屈抜きに楽しんでもらう。それが伊勢の人間の使命だ。俺が伊勢の町を変えてやる」と決意をして、おかげ横丁の発想が生まれたそうである。
 そのような経緯もあって、そのコンセプトは濱田社長の嗜好で決まったそうである。それまでの経験によって培われていた好みで、その30%はつくられたそうである。おかげ横丁は赤福の子会社である伊勢福が管理をしていて、現在委託と直営の割合は6対4。コンセプトの遵守、また新しい商品を売る事前に報告といったルールはあるが、あまり規制をすると、創造性が削がれて、新しいものをつくれなくなるのである程度は自由にしているそうだ。ただし、ある程度、パターンをつくっておかないとコンセプトが揺らぐので、その塩梅は難しい。また、修繕費用は随分とかかるので、これが課題ではあるそうだ。建物を直すのにも相談している。また、おはらい町の道路は、土日の10時から16時までは自動車は通れない。ただ、住民や商店は特例で通れるようにはなっているそうだ。このような空間を人間中心に活用できるようにしている工夫も、集客に成功している要因の一つであろう。
 おかげ横丁を訪れて感じるのは、ここの魅力は伊勢という地域の文化をコンセプトとして徹底させていることにあると感じる。伊勢にはちょっと先に行くとスペイン村というテーマパークがある。私は、これがつくられた当時、なぜ三重県にスペイン村をつくらなくてはいけないのか、皆目理解できなかった。同じことは長崎県のオランダ村にも言える。それは、どこか日本人の外国人コンプレックスが垣間見られて嫌だったのと同時に、スペイン村やオランダ村に行くぐらいならスペインやオランダに行けばいいじゃないか、と思ったりもした。そのような視座でおかげ横丁を捉えると、伊勢をコンセプトにしている限り、他の地域はまったく追随できない。伊勢でしかあり得ない、伊勢らしい街並みの中、伊勢の食材でつくった料理に舌鼓を打つ。伊勢うどんは、伊勢以外で食べたいとは思わないかもしれないが、伊勢では食べたい。そのような機会をしっかりと提供できてこそ、その地域を活かした街づくりが初めて可能になるのではないか。いろいろな可能性を感じさせてくれる民間企業による素晴らしい都市の鍼治療事例であると考えられる。

【取材協力】
株式会社伊勢福

事業主体:

株式会社伊勢福

事業主体の分類:

民間

デザイナー、プランナー:

濱田益嗣

開業年:

1993年

類似事例:

051 ホートンプラザ、サンディエゴ(カリフォルニア州、アメリカ合衆国)
027 ギラデリ・スクエア、サンフランシスコ(カリフォルニア州、アメリカ合衆国)
・ ファニュエルホール・マーケットプレイス、ボストン(マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)
・ クリチバ・ショッピング・エスタソン、クリチバ(パラナ州、ブラジル)
・ ユニオン・ステーション、セント・ルイス(ミズーリ州、アメリカ合衆国)
069 花通り、クリチバ(ブラジル)
058 チャーチストリート・マーケットプレイス、バーリントン(ヴァーモント州、アメリカ合衆国)
091 平和通買物公園、旭川(北海道)
022 パール・ストリート、ボルダー(コロラド州、アメリカ合衆国)
・ ストロイエ、コペンハーゲン(デンマーク)

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国:日本
州・県:三重県
市町村:伊勢市