083 明治学院大学の歴史建築物の保全

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キーワード:

2016年度 ,建築物保全 ,日本 ,景観形成 ,歴史建築 ,鍼レベル 小

鍼レベル:

ストーリー:

 ヘボン式で有名なジェームス・ヘボンによって、明治学院が築地の居留地にて創立したのは1877年。その10年後には、港区の白金台に移ってきた。そして、この当時の建築群の中で、新学部校舎兼図書館(現記念館)とインブリー館の2棟が現在でも残っている。さらに、1916年にはウィリアム・メレル・ヴォーリス設計のチャペルが完成し、これら3つの歴史建築物が現在でも明治学院大学の白金キャンパスに立地している。これら3つの建築は、集まった空間に立地していることもあり、キャンパスに重厚さとオーセンティックな空気を醸し出している。
 これらの建物は震災、さらには戦災をも逃れたが、時代の流れの中、記念館は使われなくなり「幽霊屋敷」のような外観になってしまう。そこで、それを撤去するということも検討されたが、卒業生などが保存運動を展開し、1962年に学院長に就任した武藤富男はこれを保存・活用する方針を打ち出す。その一年後に東京オリンピック開催に向けて、東京都都市計画委員会が、五反田から清正公前までの国道一号線の拡張計画を決定し、それに合わせて、明治学院の記念館およびインブリー館が建っている用地を買収することになり、曳き家することになる。この時、武藤学院長は「(前略)記念館が完成しますと、正門から入って左側はチャペル、右側は記念館ということになり、これが白金の聖地になります。同窓会館は、インブリー館で、これを記念館の横に移すことになっております。記念館のむきは正門のほうに入り口を向けることに決めました」と語っている。曳き家という外部圧力によって余儀なくされた変化の機会をうまく使って、歴史建築物を集積させることで大学の「聖地」を創造しようとする意図が伺える。
 1964年、曳家をするにあたって、宍戸實主催のユニコン設計によって、復元工事が行われる。鉄筋コンクリート壁で築造するなどして、外観は変えずとも、構造上の補強を行う。それは、歴史的建造物の保全の大家であった鈴木博之氏に「安全性の確保を考慮しつつ、優れた歴史的意匠を認識した移築・保存工事が行われた1つの試みであり、わが国の明治洋風建築遺産の保存と活用をめざした先駆的な事例」と言わしめた。
 武藤学院長の判断、そして宍戸氏の見事な復元工事によって、明治学院大学は貴重な歴史的建造物を壊さずに、それを現在にまで続く次代に継承させることに成功した。そして、それは大学だけに留まらず、明治時代の雰囲気を維持した景観を保全することにも繋がった。3つの歴史的建造物はすべて港区指定文化財になっており、インブリー館は国の重要文化財にも指定されている。

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 大学のキャンパスというのは、公共空間ではない。しかし、多くの人が公共空間のような意識で活用していたりもする興味深い空間である。明治学院大学の白金キャンパスは都会に位置していることもあり、大学関係者ではない人達もちょっと足を踏み入れ、歴史建築物をスケッチしたりしている。また、インブリー館、記念館はともに桜田通りに面しており、洗練された景観を形成することに貢献している。特に、桜田通りに架けられた横断歩道からは、芝生を前景とし、内井昭蔵設計による本館とヴォーリス設計によるチャペルを後景とした記念館を展望することができる。それは、ちょっと絵葉書のような格のある景観であり、洗練された高級住宅地という白金台のイメージにも合致していると思われる。景観を公共財として捉えれば、この歴史建築物を明治学院大学が保全したことによって、この周辺の街並みも良質な景観を確保することができた。内井昭蔵という高い精神性を有した建築家による質の高い空間への透徹した理解、そして、それをしっかりと具体化させた明治学院大学によって、五反田から白金高輪にかけての高層マンションが林立した単調で面白味に欠けた桜田通りの景観に一服の清涼剤のような効果を与えることに成功した。
 民間による事業ではあるが、それによって優れた格のある都市景観を形成することに成功した。民間側がどの程度、それを意識したかは不明ではあるが、結果として白金台周辺に良好な都市景観という公共財が創出されたことは望ましいことであったと思われる。

事業主体:

明治学院大学

事業主体の分類:

大学等教育機関

デザイナー、プランナー:

ウィリアム・メレル・ヴォーリス、宍戸實、武藤富男

開業年:

1890年、1916年

類似事例:

020 ニューラナークの再生、ラナーク(スコットランド)
・ 石見銀山、島根(日本)
032 迪化街の歴史保全、台北(台湾)
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063 チャールストンの歴史保全、サウスカロライナ州(アメリカ合衆国)
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