365 パッシブタウン(富山県)

環境共生住宅 集合住宅 パッシブエネルギー

世界的な企業であるYKKの中核拠点がある富山県黒部市に生まれた「パッシブタウン」は、日本では採算が合わず絵に描いた餅になりがちなサステイナブルなまちづくりを、企業の意志で実現させた。YKKは施主・地主・推進主体を兼ね自社の技術を試す「テストベッド」として社宅街区を整えた。風・太陽・地下水を活かす5街区181戸が異なる建築家の手で12年かけて完成し、日本有数のサステイナブル・コミュニティとなった。

パッシブタウンの基本情報

都道府県
富山県
州/県
富山県
市町村
黒部市
事業主体
YKK不動産株式会社
事業主体の分類
民間 
デザイナー、プランナー
ヘルマン・カウフマン、田口知子、宮城俊作(ランドスケープ)、槇文彦、小玉祐一郎、森みわ
開業年
2025年

ストーリー

 ファスナーやアルミサッシで世界的な企業であるYKKの技術・生産の中核拠点である富山県黒部市。そこには黒部の自然エネルギーを最大限に活かし、快適でありながらエネルギー消費に過度に依存しない持続可能なまちづくりが試みられている。このまちは建築・都市計画のパッシブ・デザインの実践を目指すということでパッシブ・タウンと呼ばれている。
 このパッシブ・タウンの実現の指揮を執っているのはYKKグループ、特にYKK APが主導してきた。YKK APのAPはArchitectural Products、すなわち建築用工業製品という意味であり、設立当初は部材メーカーであったが、現在では建築全体を眺め、考えていくことがよい商品づくりにつながるという認識のもと、その商品をYKKグループの建築で体現させることをミッションとしている。
 YKKグループの「技術の総本山」と位置づけられる黒部では、これまでも多くの建築家との対話から生まれた、世界に誇れるレベルの高い建築がつくられていた。さらに、東日本大震災を契機に東京から本社機能の一部を移転したことで、黒部に社員が多く居住することになったので、社宅を新たにつくることにした。その際、徹底してサステイナブルなまちづくりをも推進することにし、建築が社会に果たせるべき役割を自らがテストベッドとなって、追求することにしたのである。
 環境や自然をありのままに受け入れ活用するという「パッシブ・デザイン」のコンセプトに基づき、風の流れや太陽、豊富な地下水といった自然のエネルギーを活用し、電力やガス、石油などの再生不能なエネルギー利用は極力、削減する。変化に富む自然の快適さを享受しながら、持続可能な社会に貢献するということを目的としたまちづくりである。
 加えて、このまちがそのユニークなコンセプト故に周辺から浮くことがないように、周辺環境とも調和することを意識し、この街区に入るうえでのゲートをなくし、中間スペースはまちに開かれるようにした。通りに面した区画の建物の一階にはカフェやレストラン、小売店などの商業施設がテナントとして入り、これらが出会いを生むきっかけや、地域全体をつなぐ社会的ハブとしての役割を担っている。
 全部で5つの街区から構成される。それぞれの街区は異なる建築家の設計による建物で構成されている。第1〜3街区、第5街区が賃貸住宅、第4街区が保育園となっている。総住戸数は181戸である。その規模は2.39ヘクタール。
 第1街区は自然と交歓する楽しみ、地域・社会につながる喜びをコンセプトに再生可能エネルギーの活用、暖冷房システムの効率化、日射と風の制御を特徴としている。樹高のある落葉高木群が豊かな緑陰空間を確保し、保水性舗装と地被植物による地表面被覆が夏の表面温度を低減させてくれている。その設計者は小玉祐一郎。面積は5,788㎡で2016年4月に竣工した。
 第2街区は6棟の住棟から構成されている。これらの住棟に囲まれた広場的な緑地がつくりだす開放的な広場が印象的だ。隣接する両街区との連続性を意識した動線計画と植栽計画が成されている。外断熱による建築性能を高め自然のポテンシャルを積極的に活用しており、外皮性能を高め、熱損失を最小に抑え、太陽熱の活用がポイントとなっている。その設計者は槇文彦。面積は5,521㎡で2016年12月に竣工した。
 第3街区は街路沿いの広場から駐車場につながる緩やかなスロープ上の住棟間の緑地が特徴である。既存ストックを活用(リノベーション)した小エネルギー集合住宅であり、既存RC躯体を活かした外皮強化、バルコニーのヒートブリッジ対策、食とエネルギーを「収穫(ハーベスト)」する屋上のハーベストガーデン、再生可能エネルギーの活用などを意識している。この街区は低層部の共用施設と一体化して、街路に開かれた街角の広場がある。その設計者は森みわ。面積は4,871㎡で2017年7月に竣工した。
 第4街区は住宅ではなく「たんぽぽ保育園」という保育園である。ここのコンセプトは『五感をはぐくむ子供たちの森をつくる』というものである。この設計を担当した田口知子氏は「子どもの育ちにとって外部環境から受ける多様な刺激は大切な要素。森の空間はそのような理想的な環境」という考えのもと、「刻々と変化する光や風が感じられる、森のような空間を目指して」設計した。中心から緩やかにのび広がる大屋根が特徴的な魅力溢れる空間が創造されている。
 そして、集大成ともなる第5街区は、富山県産材を約9割使用した北陸初の木造中高層集合住宅である。地元の森林資源を循環させると同時に、春から秋にかけての太陽光発電の電力を水素に変えて水素吸蔵合金に貯蔵し、発電量が少ない冬のエネルギーとして活用するシーズンシフトで年間を通じたエネルギー自立を目指している。この設計(建築)を手掛けたのは、オーストリアを拠点として続々とデザイン性が高い木造建築を実現している建築家、ヘルマン・カウフマン氏。日本側では竹中工務店が基本設計(構造・設備)、実施設計、施工を担当した。これが着工したのは2023年10月である。
 建物だけではなく、ランドスケープ・デザインもパッシブ・デザインのコンセプトをしっかりと反映させることが心がけられている。そのコンセプトは「住まいの内外を問わず、水、風、自然光、土、そしてそれらに育まれる緑など、黒部の自然環境が有するポテンシャルを最大限に活かすことができる状況をつくること」である。そして、このコンセプトを具体化させるために、風を取り込むように建築は配置され、保水性舗装を敷き、植栽計画は落葉樹を中心とし、植栽基盤は十分な深さを確保している。そして、センターコモンは地域に開かれるように設計された。そのデザイナーは宮城俊作である。
 2013年の構想発表から12年の歳月が経った2025年に全街区が完成した。各街区で異なったアプローチでパッシブデザインを具体化させようとしている点、違う建築家が取り組んだことで、この住宅地は郊外住宅の団地のような個性の無さはなく、多様でありつつ統一性がうかがえ、まちづくりといった観点からも相当、見事である。
 第17回屋上・壁面緑化技術コンクール環境大臣賞(2018)、日本造園学会賞(2020)、日本建設業連合会の第61回BCS賞(2020)、第17回キッズデザイン賞経済産業大臣賞(2023年)、木材利用推進コンクール農林水産大臣賞(2025年)(第五街区)などを受賞している。

地図

都市の鍼治療としてのポイント

 サステイナブルなまちづくり、というコンセプトが1980年代後半頃から注目を浴びる。それまでもヴィレッジ・ホームズ(都市の鍼治療 No.89)やエコロニア(都市の鍼治療 No.30)、ウッドランズといった単体のサステイナブル・コミュニティのプロジェクトは具体化されていたが、それが大きな社会的潮流となったのは、環境問題が注目を浴びるようになった1980年代後半からである。その流れは、アメリカ合衆国ではニューアーバニズム、ネオ・トラディショナル・デベロップメントといった社会的ムーブメントを引き起こし、シーサイド、ケントランド、ラグナ・ウェスト、マウンテン・ビュー、ステープルトン、セレブレーションといったプロジェクトがつくられていく。しかし、それらの多くは、志は高くしてもその理念はあまり実現されなかった。何よりの証拠に、それらのプロジェクトのほぼ全てを筆者は取材をしているが、都市の鍼治療として未だ紹介していない。いや、シーサイドは紹介に値するとは考えているし、ケントランドやマウンテン・ビューもそれなりの成果を出しているので、そのうち紹介するかもしれない。ただ、ラグナ・ウェスト、ステープルトンを紹介することはないであろう。それは、鍼治療としての効果が見られていないからだ。これは、それらのプロジェクトに問題があるというよりかは、サステイナブルなまちづくり、というのを徹底させることが非常に難しいからである。一方、1990年代以降、ヨーロッパではスウェーデンのサステイナブル・コミュニティ「セーゲパーク」(都市の鍼治療 No.360)、アウグステンボリ団地(都市の鍼治療 No.319)をはじめ、ドイツのファウバーン(フライブルク市)、クロンスベルク(ハノーファー市)、リンカーン団地(ドイツ)、フィンランドのランタ・カルタノ(ラハティ)、住宅団地ヴオレス、テンペレ(フィンランド)といった事例がみられる。
 サステイナブルなまちづくりというコンセプトはアメリカでは尻すぼみになってしまったが、ヨーロッパではむしろまちづくりの底流を流れている基本理念となっているような印象を受ける。
 さて、それでは日本はどうであろうか。ヨーロッパにおいて上記のサステイナブルな街づくりの推進力となったのは自治体である。日本はそもそも自治体がサステイナブルなまちづくりを推進させるだけの知識も技術も有していない。結果、アメリカ合衆国と同じように民間に依拠してしまうのだが、民間にサステイナブル・コミュニティをつくるだけのインセンティブは少ない。というのも、サステイナブル・コミュニティを実践するためには巨大な初期投資が必要であるが、その投資に見合う市場がないからである。したがって、パッシブハウスはつくれるが、パッシブタウンという面的な広がりを持つ開発はとてもではないができない。
 しかし、2017年からつくられ始めたこのパッシブ・タウンはその難しいハードルを飛び越えており、驚異的である。それが具体化されたのは、デベロッパーであるYKKがそのコンセプトを強力に推進しているからである。前述した1990年前後につくられたアメリカのサステイナブル・コミュニティは、建築家、都市デザイナーがその具体化のためにスポンサーを探すことから始まった(例外はシーサイドとセレブレーションである)。そのため、どうしてもサステイナブル・コミュニティは投資物件として捉えられてしまい、ショートスパンで成果を出すことが期待されてしまう。その結果、サステイナブルという長期的な目標よりも経済性といった短期的な指標が優先され、絵に描いた餅となってしまう。
 それらと比べると、パッシブ・タウンはデベロッパーが施主であり、地主であり、そのコンセプトを推進させる主体である。そして、そのコンセプトを具体化できる設計者に依頼する。建材のメーカーとして、建物でエネルギーを使わないことが重要という理解があり、そのためのテストベッドとしての意味合いもあった。第一街区〜第三街区ではしっかりと性能評価をし、その調査結果をベースに第四街区と第五街区がつくられている。一つの組織がこれだけの大規模なコミュニティ群を管理していることに、このパッシブ・タウンの強みはある。しかも、基本、パッシブタウンは社宅として位置づけられる厚生施設である。市場経済のロジックに翻弄されずに、しっかりと理念を追求できることが強みである。社員じゃなくても借りることはできるが、その場合の家賃は高くなってしまう。パッシブタウンは「自社の拠点(黒部)を100年持続させる」という、普通の不動産デベロッパーには真似できない強い企業意志があって初めて成立したのである。
 本プロジェクトは極めて大きなプロジェクトであるために鍼治療ではないのでは、という指摘もあるかもしれない。しかし、大きな流れの中で、日本においても世界的にみても極めて傑出したサステイナブル・コミュニティを実現できたということは、住宅地のサステイナビリティを大きく向上させる契機となるプロジェクトであると捉えられる。環境問題が悪化していくトレンドを反転させるポテンシャルの高さ、そして、その波及効果の大きさからこれを鍼治療として位置づけ、データベースに加えさせていただく。

【取材協力】
八木繁和(YKK AP株式会社 技術研究本部 技術アドバイザー)
【参考資料】
パッシブタウンのホームページ
https://www.passivetown.jp/

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