新潟市中央区の信濃川河口近くに「沼垂(ぬったり)」という特徴的な名前の一画がある。ここは、古くから湊町として栄え、北前船で味噌や酒などをここから出荷していたそうだ。新潟に初めて通った鉄道の終着駅も沼垂に置かれ、新潟の玄関口として栄えていた。「沼垂市場」は、堀を埋め立ててつくられた。当時は「市(いち)」と言われる店舗が立ち並び、近くに大きな工場など勤務地が多かったこともあり、買い物をしたり飲食をしたりする人々で溢れていた。
しかし、港としての機能をその後、制限され、現在の新潟駅ができるとそこが玄関口として機能することになり、その重要性は低下していく。さらに、高齢化が進行し、郊外化も進み、沼垂市場の店舗数はどんどん減っていく。2010年には34店舗中4店舗しか営業していないような状況であった。
2010年、居酒屋を営む田村寛氏が東新潟市場協同組合より長屋を借り佐渡生乳ソフトクリームと手作りデリの店「Ruruck Kitchen(ルルックキッチン)」を出店した。それは長屋のレトロ感を活かしたお洒落なお店であり、それまでの寂れた雰囲気に肯定的なイメージをもたらした。その雰囲気に惹かれ、その翌年、家具とコーヒーの店「ISANA(イサナ)」、またその翌年に陶芸工房「青人窯(あおとがま)」が出店する。この二店舗も、長屋のレトロ感を活かした懐かしさの中に洗練さを持った雰囲気を演出した。そのお洒落感から「沼垂市場通り」に注目が集まり始め、若者を中心とした出店の問合せが相次ぎ始める。
周りがシャッターを下ろす中、どうにか営業を続けてきた八百屋・雑貨屋等既存店4店舗に、新たに開業した3店舗、さらに、この空間に魅力を感じた若者たちのお店が開業し始めて、2014年にはなんと28店舗にまで営業店舗が増える。そして、2014年春に「沼垂テラス商店街」として新しい商店街が誕生する。
シャッター商店街で消滅の危機にあった場所が、新しい商店街として不死鳥のように再生したのだ。さらに2015年春には旧沼垂市場のすべての長屋が店舗として開業して、空き店舗ゼロの状況になったのである。店舗のラインナップは飲食店、カフェ、居酒屋といった飲食系が目立つが、それ以外にもハンドメイドアクセサリーショップ、惣菜屋、八百屋、雑貨屋、陶芸工房やガラス工房、古着屋、古道具屋、観葉植物店などの小売店も充実している。ただ、近くにはイオンがあるので、イオンになかなか入っていないようなテナントが多く、うまく共存を図っている。
このような商店街再生の試みが高く評価され、2016年には「地域再生大賞」の準大賞、2017年には「グッドデザイン賞」、2022年には全国商店街DXアワード「審査員特別賞」、2023年にはふるさとづくり大賞「優秀賞(総務大臣表彰)」、2025年にはあしたのまち・くらしづくり活動賞「内閣総理大臣賞」を受賞している。
363 沼垂テラス商店街の活性(新潟県)
新潟市中央区の「沼垂(ぬったり)テラス商店街(旧:沼垂市場)」は、シャッター商店街として消滅の危機にあったが、不死鳥のように再生を遂げた。きっかけは、居酒屋を営む田村寛氏が市場の長屋を借り、ソフトクリームと手作りデリの店を出店したことである。長屋のレトロ感を活かしたお洒落な一軒が寂れた空気を一変させ、若い出店者を次々と引き寄せた。
沼垂テラス商店街の活性の基本情報
- 都道府県
- 新潟県
- 州/県
- 新潟県
- 市町村
- 新潟市
- 事業主体
- 株式会社 テラスオフィス
- 事業主体の分類
- 民間 個人
- デザイナー、プランナー
- 田村寛
- 開業年
- 2010年
ストーリー
地図
都市の鍼治療としてのポイント
沼垂市場は2010年には34店舗中4店舗しか営業していないような状況であった。市場協同組合の組合員の高齢化により店舗の廃業は続き、その衰退トレンドは止まりそうになかった。それを大きく転換させたきっかけは、同年、すぐそばで居酒屋を営んでいた田村氏が東新潟市場協同組合より長屋を借りてソフトクリームと惣菜の店を出店したことである。このお店はレトロな長屋の雰囲気をお洒落にリノベーションしたもので、それが空間の雰囲気を大きく変える。まさに鍼治療的なお店であった。そして、そのポテンシャルに気づいて、ここに出店したいと依頼したのが、オーダーメイド家具とコーヒー、さらに染め織り布のお店、陶芸工房のお店であった。これらの二店も、アンティーク家具を洗練させてお洒落にするようなリノベーションを長屋にすることで、沼垂市場の雰囲気は抜群によくなる。そして、さらに多くの出店希望者が現れる。
しかし、ここで問題が生じる。というのは、当時、長屋式商店街を所有していた協同組合の規約では非会員の出店枠を制限していたからだ。そこで、協同組合と交渉して、田村氏は長屋式の商店街をすべて買い取ることにした。そして、長屋式商店街を統一したコンセプトのもとでリノベーションをし、その運営管理のために2014年にテラスオフィスを設立する。この時、商店街の名称も「沼垂テラス商店街」と命名し直す。そのコンセプトは「歴史・文化・景観を活かして、ここでしか出会えないモノ・ヒト・空間を実現する『古くて、新しい沼垂』」とした。
発足当時は、初年度の入居率はよくて7割だろうと考えていたのだが、1年間ですべての入居者が決まった。店舗が入ったことで周辺にもポジティブな影響を及ぼしている。そのうちの一つは犯罪の減少で、2011年から2013年にかけて4件あった犯罪は、現在では0件が続いている。
いくつか成功のポイントはあるが、その一つはこの町で、もともと市場として使われていた長屋を改装し、昭和レトロな町並みを残したことであろう。ボロボロになっていた商店街にノスタルジックな魅力があると見抜いた田村氏の眼力によって、沼垂地区が有していた「センス・オブ・プレイス(地霊)」は復活することができたのである。この地霊こそが、現在、多くの人を惹き付ける大きな要因となっているであろう。「古い物に価値を見出して、古い物を活かす」。言うのは易しいが、実際は、その価値を見出すこと、さらに活かすことは難しい。それをしっかりとできたということは田村氏、そしてテラスオフィスの優れた洞察力があったからであろう。
二つ目は自らが不動産を所有したことで、不動産所有者と新規事業者との調整が不要になったことであろう。これは出店者側にとっては大きなメリットである。募集開始には60店舗の問い合わせがあったそうだが、そのようなエネルギーをうまく沼垂の活性化に繋げられたことが成功の大きな要因であろう。
三つ目は、新潟には人が集まる機能がなかったので、人が集まってきたということである。沼垂テラス商店街は、新潟では少ないインキュベーターとしての機能を有していた。それが多くの起業したい、という若者を惹き付けたのだ、とテラスオフィスは私の取材に答えてくれた。
四つ目は沼垂テラスで定期的にイベントを開催していることである。これらイベントでは、沼垂テラス以外の人でも出店ができる。これらの店舗が沼垂テラスに新規性をもたらしていることで、イベントの集客力を高めているのだ。
興味深いのは、このような再生ストーリーに新潟市役所はほとんど関心を示さなかったということである。しかし、それでも2017年4月には公衆トイレをつくるようにした。それまではお客さんに見放され、お店も見放され、行政にも見放されていた沼垂市場であったが、ある個人がお店を起業したことで大きく状況を変え、さらに新しく出現した課題には、お店全部を購入してしまう、という大英断によって、シャッター商店街は再生した。
沼垂テラス商店街は、月に一回、朝市、冬市といったイベントを開催している。私も2026年の5月に開催された朝市に訪れたが、その客の多さと活気に驚いた。そして、長屋の醸し出すレトロな雰囲気を絶妙にお洒落な空間へと演出しているお店のセンスの良さに感心した。
沼垂テラス商店街がつくられてから10年以上経ち、初期に出店したテナントもいくつかは転出し、また新たな店舗が入るというサイクルが回っている。古道具屋などが出て行き、古着屋とカフェなどに置き換わっている。沼垂テラス商店街の再生は、周辺の商店街にも波及しており、類似したコンセプトでの活性化が広域的に進展しているが、それは逆に沼垂テラス商店街の個性を薄めてしまっている。観光客も多く訪れるようになっている。それらの結果、「ぼろぼろがよかったのに、それを綺麗にした」ような状況になってしまい、初期に有していた圧倒的なオリジナリティ的なものは失われつつある。
成功したが故の問題が顕在化している沼垂テラス商店街ではあるが、商店街をここまで見事に再生させた、という点では希有な事例であり、そこから学ぶことは多い。
【取材協力】
株式会社 テラスオフィス 高岡はつえ氏
【参考ホームページ】
沼垂商店街公式ホームページ
https://nuttari.jp/
中心市街地活性化協議会支援センターのホームページ
https://machi.smrj.go.jp/machi/public/example/180620nuttari02.html
しかし、ここで問題が生じる。というのは、当時、長屋式商店街を所有していた協同組合の規約では非会員の出店枠を制限していたからだ。そこで、協同組合と交渉して、田村氏は長屋式の商店街をすべて買い取ることにした。そして、長屋式商店街を統一したコンセプトのもとでリノベーションをし、その運営管理のために2014年にテラスオフィスを設立する。この時、商店街の名称も「沼垂テラス商店街」と命名し直す。そのコンセプトは「歴史・文化・景観を活かして、ここでしか出会えないモノ・ヒト・空間を実現する『古くて、新しい沼垂』」とした。
発足当時は、初年度の入居率はよくて7割だろうと考えていたのだが、1年間ですべての入居者が決まった。店舗が入ったことで周辺にもポジティブな影響を及ぼしている。そのうちの一つは犯罪の減少で、2011年から2013年にかけて4件あった犯罪は、現在では0件が続いている。
いくつか成功のポイントはあるが、その一つはこの町で、もともと市場として使われていた長屋を改装し、昭和レトロな町並みを残したことであろう。ボロボロになっていた商店街にノスタルジックな魅力があると見抜いた田村氏の眼力によって、沼垂地区が有していた「センス・オブ・プレイス(地霊)」は復活することができたのである。この地霊こそが、現在、多くの人を惹き付ける大きな要因となっているであろう。「古い物に価値を見出して、古い物を活かす」。言うのは易しいが、実際は、その価値を見出すこと、さらに活かすことは難しい。それをしっかりとできたということは田村氏、そしてテラスオフィスの優れた洞察力があったからであろう。
二つ目は自らが不動産を所有したことで、不動産所有者と新規事業者との調整が不要になったことであろう。これは出店者側にとっては大きなメリットである。募集開始には60店舗の問い合わせがあったそうだが、そのようなエネルギーをうまく沼垂の活性化に繋げられたことが成功の大きな要因であろう。
三つ目は、新潟には人が集まる機能がなかったので、人が集まってきたということである。沼垂テラス商店街は、新潟では少ないインキュベーターとしての機能を有していた。それが多くの起業したい、という若者を惹き付けたのだ、とテラスオフィスは私の取材に答えてくれた。
四つ目は沼垂テラスで定期的にイベントを開催していることである。これらイベントでは、沼垂テラス以外の人でも出店ができる。これらの店舗が沼垂テラスに新規性をもたらしていることで、イベントの集客力を高めているのだ。
興味深いのは、このような再生ストーリーに新潟市役所はほとんど関心を示さなかったということである。しかし、それでも2017年4月には公衆トイレをつくるようにした。それまではお客さんに見放され、お店も見放され、行政にも見放されていた沼垂市場であったが、ある個人がお店を起業したことで大きく状況を変え、さらに新しく出現した課題には、お店全部を購入してしまう、という大英断によって、シャッター商店街は再生した。
沼垂テラス商店街は、月に一回、朝市、冬市といったイベントを開催している。私も2026年の5月に開催された朝市に訪れたが、その客の多さと活気に驚いた。そして、長屋の醸し出すレトロな雰囲気を絶妙にお洒落な空間へと演出しているお店のセンスの良さに感心した。
沼垂テラス商店街がつくられてから10年以上経ち、初期に出店したテナントもいくつかは転出し、また新たな店舗が入るというサイクルが回っている。古道具屋などが出て行き、古着屋とカフェなどに置き換わっている。沼垂テラス商店街の再生は、周辺の商店街にも波及しており、類似したコンセプトでの活性化が広域的に進展しているが、それは逆に沼垂テラス商店街の個性を薄めてしまっている。観光客も多く訪れるようになっている。それらの結果、「ぼろぼろがよかったのに、それを綺麗にした」ような状況になってしまい、初期に有していた圧倒的なオリジナリティ的なものは失われつつある。
成功したが故の問題が顕在化している沼垂テラス商店街ではあるが、商店街をここまで見事に再生させた、という点では希有な事例であり、そこから学ぶことは多い。
【取材協力】
株式会社 テラスオフィス 高岡はつえ氏
【参考ホームページ】
沼垂商店街公式ホームページ
https://nuttari.jp/
中心市街地活性化協議会支援センターのホームページ
https://machi.smrj.go.jp/machi/public/example/180620nuttari02.html
類似事例
昭和の町、豊後高田市(大分県)