西陣麦酒(にしじんばくしゅ)は、京都市上京区の西陣地域で2017年に創業されたクラフトビールブランドである。このプロジェクトは、NPO法人HEORESの取り組みとして始まり、現在は社会福祉法人菊鉾会(きくほこかい)が運営する福祉施設「ヒーローズ」に継承された。「ヒーローズ」は多機能型の福祉施設として、生活介護事業と就労継続支援B型事業を行っており、自閉症の方への支援を目的に、丁寧な温度管理、上質の味や香りの追究、ルーチンの反復作業など、自閉症の方の強みを活かしたクラフトビールづくりを進めている。ビールづくりは自閉症にフィットしており、美味しい麦酒をつくることに長けていることが事業を始めてから判明した。「Well Beer(至福の一杯)」と「Well Being(心身も社会的にも満たされた良好な状態)」を掛け合わせた「Well BEERING」という独自のコンセプトを掲げ、クラフトビールの製造販売を通じて心身の健康や社会的な幸福を追求しているのだ。
2023年にはそれまでの醸造所が手狭になったこともあり、現在営業している築140年のリノベーションした京町家へと移転し、そこではできたてのクラフトビールを試すタップルームも設けられた。この「西陣麦酒京町家醸造所」を拠点として、地域の人々や他のブルワリーズとも連携をしながら、クラフト文化の発展と地域活性化にも貢献したいと考えている。
西陣麦酒は2025年4月時点では定番7種類のビールに加え、季節限定のビールも提供している。タップルーム以外でも近隣の酒販店で購入することも可能であるし、幾つか目利きの居酒屋でも飲むことができる。全国で60軒ぐらいに卸している。キッチンカーも所有しており、京都市内で販売をしに行くこともある。ちなみに、キッチンカーをもっている醸造所は少ないそうだ。定番ビールから個性的なビールまで、そこで働く従業員と同様に、その多様性の価値を意識しながらのビールづくりに励んでいる。
西陣麦酒の質の高さは、2024年の全国地ビール品質審査会で「室町セゾン」が最終選考に残ったブルワリーに贈られる「優秀賞」を受賞したことや、「白夜にレモンエール」および「銀欄のオリゼ」が「入賞」を獲得したこと、さらには日本地ビール協会が主催し、全国のクラフトビールを対象に審査が行われる2025年のジャパン・グレートビア・アワーズでは「シルキー・ヴァイセン」および「霞華」がボトル缶部門で銀賞を受賞したことなどからも明らかであろう。
353 西陣ビール(京都府)







西陣麦酒(にしじんばくしゅ)は、京都市上京区で2017年に創業されたクラフトビールブランド。福祉施設「ヒーローズ」の取り組みとして始まった。自閉症の方への支援を目的に、丁寧な温度管理、上質の味や香りの追究、ルーチンの反復作業など、自閉症の方の強みを活かしたクラフトビールづくりを進めている。
西陣ビールの基本情報
- 都道府県
- 京都府
- 州/県
- 京都府
- 市町村
- 京都市
- 事業主体
- 社会福祉法人菊鉾会
- 事業主体の分類
- 市民団体 その他
- デザイナー、プランナー
- 門眞一郎、松尾浩久
- 開業年
- 2017年
ストーリー
地図
都市の鍼治療としてのポイント
京都市内には、近年クラフトビール文化が盛んになっており、複数の地ビール(クラフトビール)醸造所が存在する。2023年11月時点で、京都市全体には11軒のマイクロブルワリーがある。西陣麦酒はそのうちの一つである。筆者が西陣麦酒と出会ったのは、いきつけの西洋居酒屋に置いてあったからである。そして、その美味しさに虜となり、この店に行くと西陣麦酒ばかりを注文するようになる。その時は、自閉症の人達が麦酒づくりに取り組んでいることにはほとんど気づいていなかった。実はボトルにラベルがついており、そこにはそのような説明が書いているのだが、ろくに見ることもせずに瓶の中身を空けていた。
私の行きつけの店のご主人が西陣麦酒を仕入れるようになったのも、たまたまの偶然だった。知り合いが福祉の仕事をしていて、試しに飲んでみてよ、と言われて付き合いで飲んでみた。慈善事業でつくっている麦酒だろう、と味には期待していなかったのだが、その美味しさに驚き、仕入れてお店でも出すことにする。このお店は名だたる酒造の杜氏が贔屓にしていて、京都に来ると寄るようなお店であり、ご主人の舌は確かである。個人的に、この飛びきり美味しい麦酒をつくれているということが、福祉的な意味合いと同じぐらい西陣麦酒の素晴らしい価値であると捉えている。
そもそもの西陣麦酒の誕生については、京都市児童福祉センターで働いていた児童精神科医の門眞一郎氏が星和書店「こころのマガジン」のコラムに記している。それをここに引用させてもらう。
2014年に、自閉症支援に携わっている7人が、仕事の後の飲み会で、「自閉症の人の新しい働き場所を作りたいね、クラフトビールの醸造というのはどう?」という話になりました。そして中山清司さん(自閉症eサービス代表)が、隣席で飲んでいた松尾浩久さん(当時のNPO法人HEROES理事長、現在の社福菊鉾会理事)に、「松尾君、やったらどう?」と無茶振りをしたのです。ところが、驚いたことに松尾さんは「はい!やります!」と即答したのです。そこから「自閉症の人とともにビールを造ろう!」が始まりました。自閉症支援はもちろんのこと、ビールもこよなく愛するメンバーの行動、偶然と言うよりも必然であったかもしれません。
すぐにいろんなアイディアが浮かんできました。それは単なる思い付きではありませんでした。自閉症の人たちが働く場のモデルには、小規模ビール醸造所が適していると考えた理由は、小規模ビール醸造所では、醸造から販売までを一元的に担うことができ、それぞれの工程で仕事や雇用の創出が可能となるということです。例えば、品質が一定になるよう麦芽を粉砕する。誤差なく温度と時間の管理をする。一定量の泡でフタをするようにジョッキにそそぐ。清掃業務をおこなう。瓶詰めする。酒税の台帳に記帳する。注文を受け個別に発送する。販売促進グッズを制作する。商品を箱詰めする。などです。自閉症の人たちが必要としている労働環境を整え、ハリ(強み)を活かして分業し、他の利用者や職員と協働する事で最高品質のビールを醸造できると考えました。
ただ、このグループはビール醸造の知識、技術を知らないだけでなく、経営についてもズブの素人であった。そこで、7人のメンバーで京都麦酒作り研究会を起ち上げ、いろいろと勉強を重ねる。資金面に関しては、門塾と称した18回の連続講義を開催し、その受講料から必要経費を除いたものをクラフトビール醸造所作りに充てることにした。
この参加費を元手として2016年6月に西陣麦酒計画が立ち上がり、寄付金も集め始めた。寄付金は700万円ほど集まり、それを元手にクラフトビール醸造が始まった。「京都でも麦酒をつくって、自閉症スペクトラムの就労支援が出来たらいいね」。この想いが具体化へと進んだのである。2017年2月に麦酒工場の工事が完了し、8月には醸造免許を取得した。そして、つくられた第一陣は柚子を使ったIPAで門眞一郎氏が「柚子無碍」と命名した。10月1日にはオープン感謝祭を開き、販売も開始した。西陣麦酒は広く受け入れられ、醸造所が狭くなったために2023年には築140年の京町家に醸造所を拡張移転させ、立ち飲みスタイルのタップルームも開いた。
このように西陣麦酒は、自閉症支援の一環として始まり、自閉症の人達が働く場としても機能し、彼らや彼女らがそのハリ(強み)によって社会に貢献する機会を与えることに成功した。西陣麦酒は地域社会においては障害者福祉の一翼を担い、また、その成果として素晴らしく高品質な麦酒をも提供することに成功している。素晴らしい「都市の鍼治療」事例である。
【取材協力】
野村尊実(社会福祉法人菊鉾会ヒーローズ施設長)
【参考資料】
門眞一郎「こころのマガジン」星和書店
私の行きつけの店のご主人が西陣麦酒を仕入れるようになったのも、たまたまの偶然だった。知り合いが福祉の仕事をしていて、試しに飲んでみてよ、と言われて付き合いで飲んでみた。慈善事業でつくっている麦酒だろう、と味には期待していなかったのだが、その美味しさに驚き、仕入れてお店でも出すことにする。このお店は名だたる酒造の杜氏が贔屓にしていて、京都に来ると寄るようなお店であり、ご主人の舌は確かである。個人的に、この飛びきり美味しい麦酒をつくれているということが、福祉的な意味合いと同じぐらい西陣麦酒の素晴らしい価値であると捉えている。
そもそもの西陣麦酒の誕生については、京都市児童福祉センターで働いていた児童精神科医の門眞一郎氏が星和書店「こころのマガジン」のコラムに記している。それをここに引用させてもらう。
2014年に、自閉症支援に携わっている7人が、仕事の後の飲み会で、「自閉症の人の新しい働き場所を作りたいね、クラフトビールの醸造というのはどう?」という話になりました。そして中山清司さん(自閉症eサービス代表)が、隣席で飲んでいた松尾浩久さん(当時のNPO法人HEROES理事長、現在の社福菊鉾会理事)に、「松尾君、やったらどう?」と無茶振りをしたのです。ところが、驚いたことに松尾さんは「はい!やります!」と即答したのです。そこから「自閉症の人とともにビールを造ろう!」が始まりました。自閉症支援はもちろんのこと、ビールもこよなく愛するメンバーの行動、偶然と言うよりも必然であったかもしれません。
すぐにいろんなアイディアが浮かんできました。それは単なる思い付きではありませんでした。自閉症の人たちが働く場のモデルには、小規模ビール醸造所が適していると考えた理由は、小規模ビール醸造所では、醸造から販売までを一元的に担うことができ、それぞれの工程で仕事や雇用の創出が可能となるということです。例えば、品質が一定になるよう麦芽を粉砕する。誤差なく温度と時間の管理をする。一定量の泡でフタをするようにジョッキにそそぐ。清掃業務をおこなう。瓶詰めする。酒税の台帳に記帳する。注文を受け個別に発送する。販売促進グッズを制作する。商品を箱詰めする。などです。自閉症の人たちが必要としている労働環境を整え、ハリ(強み)を活かして分業し、他の利用者や職員と協働する事で最高品質のビールを醸造できると考えました。
ただ、このグループはビール醸造の知識、技術を知らないだけでなく、経営についてもズブの素人であった。そこで、7人のメンバーで京都麦酒作り研究会を起ち上げ、いろいろと勉強を重ねる。資金面に関しては、門塾と称した18回の連続講義を開催し、その受講料から必要経費を除いたものをクラフトビール醸造所作りに充てることにした。
この参加費を元手として2016年6月に西陣麦酒計画が立ち上がり、寄付金も集め始めた。寄付金は700万円ほど集まり、それを元手にクラフトビール醸造が始まった。「京都でも麦酒をつくって、自閉症スペクトラムの就労支援が出来たらいいね」。この想いが具体化へと進んだのである。2017年2月に麦酒工場の工事が完了し、8月には醸造免許を取得した。そして、つくられた第一陣は柚子を使ったIPAで門眞一郎氏が「柚子無碍」と命名した。10月1日にはオープン感謝祭を開き、販売も開始した。西陣麦酒は広く受け入れられ、醸造所が狭くなったために2023年には築140年の京町家に醸造所を拡張移転させ、立ち飲みスタイルのタップルームも開いた。
このように西陣麦酒は、自閉症支援の一環として始まり、自閉症の人達が働く場としても機能し、彼らや彼女らがそのハリ(強み)によって社会に貢献する機会を与えることに成功した。西陣麦酒は地域社会においては障害者福祉の一翼を担い、また、その成果として素晴らしく高品質な麦酒をも提供することに成功している。素晴らしい「都市の鍼治療」事例である。
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