318 カールスルーエのデュアル・システム(ドイツ連邦共和国)

318 カールスルーエのデュアル・システム

318 カールスルーエのデュアル・システム
318 カールスルーエのデュアル・システム
318 カールスルーエのデュアル・システム

318 カールスルーエのデュアル・システム
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318 カールスルーエのデュアル・システム

ストーリー:

 ドイツのバーデン・ビュルテンブルク州にあるカールスルーエ市は路面電車(トラム)と都市鉄道という二つの異なるシステムを初めて共同運行させた自治体として知られる。そして、その結果、公共交通の利便性を著しく高め、自動車から公共交通へとモーダル・シフトを促しただけでなく、都心部へ多くの人々が向かうようになった。このシステムは「カールスルーエ・モデル」と呼ばれ、広く内外から注目され、カッセル市、ケムニッツ市、ケルン市などのフォロワーも出てきている。
 カールスルーエ・モデル(以降、デュアル・システム)はトラム(路面電車)と都市鉄道(S-バーン)とを共同運行するシステムである。このように書くと、日本でも都市鉄道と地下鉄が共同運行しているので、それほど特筆することではないのでは、と思われるかもしれない。しかしドイツにおいて都市鉄道(Sバーン)とトラムはシステム上、大きな違いがあり、それを共同運行させるためには、この違いを克服することが必要であった。まず、Sバーンは交流電源で走るのに対し、トラムは直流電源で走るため、トラムを2つの電源システムで走れるように特別に開発しなくてはならなかった。また、関連法規が違うため、両方のシステムで運転するためには、運転手は両方の免許を取得することが必要であった。加えて、トラムとSバーンの軌道が異なった場合は、それを統一させなくてはならなかった。これらの大きな違いを克服して、1992年、トラムとSバーンの共同運行を初めて実施したのがカールスルーエ市なのである。そして、この年を境に、トラムの運営もそれまでのカールスルーエ市からカールスルーエ交通公社が担うことになった。
 共同運行を検討した背景には、カールスルーエにおいて住宅が不足していたことが挙げられる。カールスルーエはまだそれほど郊外開発が進んでいなかったが、そのうち郊外開発が進み、自動車での通勤交通が増加することが懸念された。公共交通に関しては、都市鉄道は整備されていたが、都市鉄道は都心部には乗り入れていなかった(都市鉄道が停まる中央駅は、都心部から2キロメートル以上離れていた)。一方で、都心部を含めた市内交通を担うトラム交通と都市鉄道は分断されていて、郊外と都心を結ぶネットワークの利便性は悪く、多くの人は公共交通ではなくて自動車を利用することが予測されたのである。
 そこで、郊外から都心部までスムーズに公共交通でアクセスできるようにすることで、自動車ではなく公共交通での通勤・通学を促すようなシステムを整備することが検討された。まず、公共交通のモードであるが、郊外から都心部へ自動車を使用して移動している人達にアンケート調査をしたところ、バス・ルートを整備することに賛成した人が5%以下であったのに対して、鉄道を整備することに賛成した人は40%以上いた。そして、一番のネックとなったのは都市鉄道からトラムへの乗り換えであることも明らかとなったので、この問題の解消を検討することにした。そして、考案されたのが都市鉄道とトラムの乗り入れを可能とするデュアル・システムであった。このシステムのポイントは、郊外部では都市鉄道のスピードという長所を活かし、都心部ではトラムの柔軟性という長所を活かすということである。また、このシステムのために新しく開発された車輌は、制動距離が短く、また短時間で加速することが可能なので、頻繁に停車しても、それほど走行時間がかからないという長所がある。
 このシステムを導入する前は、Sバーンの沿線の郊外住宅地や近隣の都市に住んでいた人が公共交通を使ってカールスルーエの都心部に行くためには、カールスルーエ中央駅でトラムへと乗り換えることが必要であった。しかし、この共同運行が実施されたことで、中央駅で乗り換えずに市街地にそのまま入ることができるようになり、利便性は著しく向上したのである。
 デュアル・システムは、最初にドイツ鉄道のクライヒガウ線のブレッテンまでの約21キロメートルにて運行した。カールスルーエのマークプラッツと、カールスルーエーブレッテン路線の途中にあるグレッツィンゲンまではトラムとして運行し、電流は直流。しかし、グレッツィンゲンから先のブレッテンまでは都市鉄道として運行し、電流は交流となる。法律的にも前半はトラムとして、後半は都市鉄道としてのものが適用される。車輌は新たに開発された交直両用化したものを投入した。乗換なしでブレッテンから都心部へ直行することが可能となり、時間は15分短縮され、乗客は大幅に増加した。その結果、ネットワークのさらなる充実が検討され、より多くの都市鉄道とトラムとの直通運転を実施することになった。そして、ドイツ鉄道中央駅とアルブタール中央駅とを結ぶ連絡線、カールスルーエ市と北西部にあるヴェルト市との路線を結ぶ連絡線を1997年に増設するなどして、乗り入れ区間を大幅に拡張する。ヴェルト市はライン川のカールスルーエの反対側にあって、属する州もプフォルツ州とカールスルーエとは異なっていた。それまで、ヴェルトの人たちはカールスルーエの都心部に行くためには都市鉄道でカールスルーエ中央駅まで行き、そこでトラムに乗り換えなくてはいけなかった。しかもヴェルトの郊外鉄道駅とヴェルト中心部とは距離が離れていて不便だったのだが、トラム・トレインの運行と同時に、ヴェルト中心部までトラム・トレインを延長したことによって、ヴェルトの人たちの公共交通利便性は格段に向上した。このような改良により、走行区間の総延長は400キロメートルにも達する。1999年にはカールスルーエの北東約70キロメートルで、独立した都市圏を形成する人口約10万人のハイルブロン内にまで延長し、同市内に2001年に新たにトラム路線を建設する。さらに2005年にはその25キロメートル先のエーリンゲンにまで同システムは延長した。現在、走行区間の総延長は720kmにも達している。
 これらの変革によって利用者は随分と増えている。例えば、1992年にカールスルーエから東方に20キロメートルほど離れているブレッテンとの間にデュアル・システムを導入したところ、それまでの鉄道利用者は一日当たり1,750人(1991年)から7,000人(1993年)にまで増え、現在では10倍の17,500人にまで増えている。これらの乗客の70%が乗換をせずに交通の発地から着地まで移動でき、また、そのうちの40%は、それまで自動車で移動していたのを鉄道へとモーダル・シフトしたとアンケートに回答している(出所:カールスルーエ交通技術コンサルタント:Transport Techonologie Consult Karlsruhe GmbH)。カールスルーエ運輸組合(KVV)全体でもその年間利用者は1995年の1億200万人から2013年の1億7,700万人と20年弱で73%も増加している。

キーワード:

デュアル・システム,公共交通,ライトレール,トラム

カールスルーエのデュアル・システムの基本情報:

  • 国/地域:ドイツ連邦共和国
  • 州/県:バーデン・ヴュルテンベルク州
  • 市町村:カールスルーエ市
  • 事業主体:カールスルーエ公共交通公社 Verkehrsbetriebe Karlsruhe (VBK)、Der Karlsruher Verkehrsverbund (KVV)、Albtal Verkehrsg
  • 事業主体の分類:準公共団体 
  • デザイナー、プランナー:カールスルーエ市
  • 開業年:1992

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 なぜ、カールスルーエ市は人口が31万人ちょっとと、それほど大きくもない都市であるにも関わらず、これだけ充実したトラム網のサービスを提供することが可能なのだろうか。人口30万人といえば日本の県庁所在都市の多くと同規模である。このような規模の都市だと、トラムといった公共交通サービスを提供するのはなかなか難しい。それにも関わらず、カールスルーエでは頻繁にトラムが来る。平日の昼過ぎでも3分間隔、複数の路線が走っているところでは1分間隔ぐらいでトラムがやってくる。乗車率は路線によって差があるように感じるが、この頻度、ネットワーク密度の高さがあれば、人々は自動車ではなくてトラムを利用するようになるのも納得だ。しかし、なぜ、そのようなことが可能なのか?
 日本との一番の違いは、ドイツだけでなくヨーロッパ諸国では、公共交通は赤字が前提で運営されているからだ。公共交通の運賃収支率は、日本では平均93%であるが、ドイツのそれは60%ぐらいである。ちなみに、ここ数年、多くの都市計画関係者が絶賛するポートランド市のライトレールの運賃収支率は22%ほどである。
 このように公共交通の採算性を考えないのが、充実した公共交通が提供できる大きな理由ではあるが、それでも自動車との競合に打ち勝つのは並大抵のことではない。採算性を度外視といっても運賃が無料である訳ではないからだ。そのような中、カールスルーエ市は、公共交通が占める交通分担率は17% (2012年)とドイツ国内平均の9%(2021年)より高率である。加えて、カールスルーエはトラムだけでなく、自転車利用を促進することにも熱心である。この10年間で自転車利用者は16%から25%にまで増加した。この数字は、それまでミュンスターとドイツの自転車首都を競っていたエアランゲンの23%を越え、ドイツで二番目の自転車利用率が高いことを示している。また、最近では州の自動運転のテスト・ベッド都市(スマート・モビリティ・イニシアティブ)にもなっている。このようにモビリティの先進都市というブランドがふさわしいカールスルーエであるが、その根幹にあるのは世界で最初に具体化したデュアル・システム(カールスルーエ・モデル)であることは間違いない。トラムを郊外鉄道と連結することによってその可能性を飛躍的に高め、市民に優れたアクセシビリティとモビリティを提供することに成功した。
 これらの異なるシステムを統合すれば効率がよくなることに気づくのは難しくない。しかし、技術面で異なることや、制度面での異なることなど、統合するためには克服しなくてはいけない課題があると、それを言い訳でしなくなる場合が多いと思われる。例えば、東日本と西日本とでは電圧が違い、これは統合した方がいいことは誰でも分かるが、なかなか出来ない口実を挙げて、手をつけられないのは、まさにそのような事例の典型であろう。そういう出来ない言い訳を挙げないで、何をすれば出来るか、ということを考えたのがカールスルーエだと考える。そして、このデュアル・システムを導入することに成功すると、そのメリットを最大限に活かすために都市計画との整合性を図るようにした。具体的には、デュアル・システムの駅周辺に住宅を新築したり、また新たな住宅開発地区に新駅を設置したりすることで、鉄道駅を中心としたまちづくりを促している。ブレッテン市ではデュアル・システムを導入する1992以前は2駅しかなかったが、現在では新たに9駅がつくられている。これによってブレッテン市全体の人口も1991年から2021年までで24,264人から29,927人まで増加した。その増加率は23%と、同時期のバーデン・ビュルテンブルク州の増加率13%を大きく上回っている。また、沿線の工業地区に停車駅を設け、駅を中心とした商業開発もしている。このように、公共交通の整備と土地利用との整合性を図ろうとしていることもカールスルーエのデュアル・システムの大きな特徴である。
 日本の地方都市では自動車が交通の中心的手段となっているが、自動車だけが主要交通手段になっている状況は決して好ましいものではない。カールスルーエにおいて、自動車での交通需要を公共交通へとシフトできたことは、日本の自動車中心の地方都市が、その利用率を下げることへの大きな希望となるだろう。そのポイントは出来ない言い訳を考えるのではなく、どうやったら出来るのかを考えるという姿勢にある。

【取材協力者】
メールでの取材:Mark Perez (Transport Technologie Consult Karlsruhe)

【参考資料】
阪井清志(2008) 『トラムトレイン導入のための計画・事業調整の仕組みとハードウェア開発に関する研究』 、土木計画学研究・論文集 Vol.25 no.2 2008年9月
松田雅央氏のホームページ
https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/0907/07/news014.html
Railway Technology のホームページ
https://www.railway-technology.com/projects/die-kombilosung-hybrid-tram-train-system-karlsruhe/
EU市長会のホームページ
https://www.themayor.eu/en/a/view/find-out-why-the-city-of-karlsruhe-is-a-role-model-for-other-cities-across-europe-to-follow-1892?trans=en-US
アーバン・レイルネットのカールスルーエ市のホームページ
https://www.urbanrail.net/eu/de/ka/karlsruhe.htm

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