ハンガリー民族学博物館は、そもそもはハンガリー民族博物館の民族部門として1872年に設立された。それが王宮そばの民族博物館本館とは別の場所に移ったのは1892年であった。ただ、この建物はいろいろと問題が多く、その後、引っ越すのだが、なかなか落ち着かず、移転を繰り返す。一時期は廃校となった中学校に移ったりもさせられる。1947年にはハンガリー民族博物館とは制度面からも別の博物館として独立する。ハンガリー民族学博物館は22万以上の民族工芸品を収集し、現代文化の研究拠点としても重要な役割を担っていた。そのような波乱な歴史を持つハンガリー民族学博物館がブダペストのシティ・パーク内に装いも新たに2022年に開館した。コンテンツは充実していたが、その展示空間や立地場所には多くの問題を抱えてきた同博物館だが、ブダペストの都市構造上も極めて重要な市民公園(Városliget)に立地したこと、さらにはあたかも地上からせり上がってきたようなシンボル性の極めて高い建築が、この博物館のランドマーク性を極めて高いものとしている。そして、それは欧州だけでなく世界でも最も先進的な博物館の一つとしての評価を得ている。それは、その学術的な重要性にもかかわらず、それに適した建物に恵まれなかったハンガリー民族学博物館がようやく、そのコンテンツに見合う容器に収まったということだ。
このプロジェクトは、ブダペストの市街地に100ヘクタールという広大なる面積を擁する歴史ある市民公園を再生するという大事業(リゲット・ブダペスト・プロジェクト)の一環である。それは、シティ・パークの自然と伝統をしっかりと保全しつつ、それをより現代的な文化地区へと変容させることを目的としている。そして、文化地区へ変容する方法論は、新たな文化施設を立地させ、公園の集客力をも向上させることが意図された。ブダペスト民族学博物館はその目玉施設であり、それ以外にもハンガリー音楽の家、ブダペスト国立西洋美術館などがつくられた。これら新しい建物と既存の建物、さらには周辺の緑地空間が調和した市民公園はその魅力を格段に向上させ、現在では年間で300万人以上を集客している。
ハンガリー民族学博物館の建物は、直径1キロメートルの円弧の一部という形状であり、その天井は屋上公園となっている。展示スペースは地下に設置されており、その床面積は7,000平方メートルにも及ぶ。展示は企画展と常設展とから構成されている。一階に相当するスペースには本屋、レストラン、図書館、事務室、ビジターセンター、イベント空間、子ども達のためのインタラクティブな展示がある。これらに加えて陶器博物館が無料で入館できる。陶器博物館は世界中から収集された4,000以上の陶器が展示されている。これらの無料空間は、ブダペスト市民の日常的な文化生活を豊かにすることに貢献している。
ハンガリー民族学博物館は民族学的な資料だけでなく、写真や映像、原稿、さらには民族音楽の音源なども収集している。正式な統計データはないが、同博物館は新館開館以来、年間50万人ぐらいの利用者がいるとの報道記事がある(ハンガリー民族学博物館のウェブページ)。これはハンガリー民族博物館の約22万人(2017年の統計)の2倍以上であり、集客面では大成功であるといえよう。
同博物館は2024年のマスタープライズ「文化分野」最優秀賞を始めとして、多くの建築関連の賞を受賞している。
362 ハンガリー民族学博物館(ハンガリー共和国)
ハンガリー民族学博物館は22万点以上の民族学的資料を収集・展示するほか、現代文化の研究拠点でもある。市民公園の緑の中に建つ、あたかも地上からせり上がってきたようなシンボル性の極めて高い建築。強烈なランドマーク性を有しながらも風景の一部として溶け込み、屋上空間は市民の憩いの場ともなっている。
ハンガリー民族学博物館の基本情報
- 国/地域
- ハンガリー共和国
- 州/県
- ブダペスト都
- 市町村
- ブダペスト市
- 事業主体
- ハンガリー国
- 事業主体の分類
- 国
- デザイナー、プランナー
- Napur Architect
- 開業年
- 2022年
ストーリー
地図
都市の鍼治療としてのポイント
ブダペストには民族博物館(Magyar Nemzeti Múzeum)と民族学博物館(Néprajzi Múzeum)がある。なぜ、このような似た名前の博物館を二つつくる必要があったのか。それは、ハンガリーという国の事情がある。民族博物館でいう民族とはハンガリー国民である。これは1846年に開館し、ハンガリー独立運動・国民形成の象徴的な施設としての役割を担った。したがって、その展示内容はハンガリー国会の歴史とか、言語・文化・歴史的遺産などで「ハンガリーという民族国家」を語る博物館なのである。
一方の民族学博物館は文字通り、民族学、すなわちエスノグラフィーの博物館であり、その展示内容はハンガリー国内に限らない。それは人類の多様なる生活様式を比較・研究する博物館である。それは、人類の多様な生活様式を比較・研究する学術装置としての博物館である。
ハンガリー王国は長く多民族・多言国家であったため、ハンガリー人とは何かをしっかりと示す必要があった。それと同時に、周辺民族や農村文化を客観的に記録する必要もあったのだ。ただ、これはブダペストに限ったことではなく、国家のアイデンティティをしっかりと形成することが必要であったヨーロッパ諸国の共通の博物館モデルと捉えることができよう。日本も国立民族学博物館と国立歴史民俗博物館と二つあるが、それを対比的に捉える視点は薄いと思われる。
ハンガリーはその点、違う。ハンガリー民族学博物館は市民公園という、王権ではなく「市民国家」を象徴する日常的な市民の憩いの場につくられた。それは、ハンガリー民族博物館と一線を引いて、「国家の語り」から距離を置きたいという意図がある。それは権力からは少し離れた市民公園の緑の中に建つ。それは、民族学は市民社会の知的資産であるということを主張している。さらに、建築は地下に半分埋設されているが、これは記念碑的な建築ではなく、風景の一部であるということを主張している。いや、この主張で逆に強烈なランドマーク性を有してはいるのだが、それは民族博物館の威容あるネオクラシック建築とは強烈な対比を示している。さらに、屋根が公園となっていることは、そこが公共空間であるということを強く主張している。それは、地下の展示品に興味がない人でも利用して憩える空間となっているのだ。
このように捉えると、ハンガリー民族博物館とハンガリー民族学博物館の大きな対比が計画的にされていることが分かる。つまり、それは「中心」対「周縁」、「記念性」対「日常性」、「国家」対「市民社会」であり、それが建築によって表現されているのだ。つまり、ハンガリー民族学博物館は「民族」という政治的に不安定なテーマを国家の記念建築ではなく市民の公園と地形の中に“溶かし込む”ための都市装置なのだ。このように捉えると、一つの建築物がブダペスト市、そしてハンガリーの語り部となっていることが分かる。素晴らしいブダペストの新たなるシンボルである。
【参考資料】
ブダペスト民族学博物館の公式ホームページ
https://www.neprajz.hu/en/
ブダペスト民族学博物館の公式ホームページの記事
https://www.neprajz.hu/en/hirek/2024/the-museum-of-ethnographys-largest-and-most-comprehensive-collection-exhibition-is-already-under-construction.html
Napur建築事務所のホームページ
https://napur.hu/en/iroda/
一方の民族学博物館は文字通り、民族学、すなわちエスノグラフィーの博物館であり、その展示内容はハンガリー国内に限らない。それは人類の多様なる生活様式を比較・研究する博物館である。それは、人類の多様な生活様式を比較・研究する学術装置としての博物館である。
ハンガリー王国は長く多民族・多言国家であったため、ハンガリー人とは何かをしっかりと示す必要があった。それと同時に、周辺民族や農村文化を客観的に記録する必要もあったのだ。ただ、これはブダペストに限ったことではなく、国家のアイデンティティをしっかりと形成することが必要であったヨーロッパ諸国の共通の博物館モデルと捉えることができよう。日本も国立民族学博物館と国立歴史民俗博物館と二つあるが、それを対比的に捉える視点は薄いと思われる。
ハンガリーはその点、違う。ハンガリー民族学博物館は市民公園という、王権ではなく「市民国家」を象徴する日常的な市民の憩いの場につくられた。それは、ハンガリー民族博物館と一線を引いて、「国家の語り」から距離を置きたいという意図がある。それは権力からは少し離れた市民公園の緑の中に建つ。それは、民族学は市民社会の知的資産であるということを主張している。さらに、建築は地下に半分埋設されているが、これは記念碑的な建築ではなく、風景の一部であるということを主張している。いや、この主張で逆に強烈なランドマーク性を有してはいるのだが、それは民族博物館の威容あるネオクラシック建築とは強烈な対比を示している。さらに、屋根が公園となっていることは、そこが公共空間であるということを強く主張している。それは、地下の展示品に興味がない人でも利用して憩える空間となっているのだ。
このように捉えると、ハンガリー民族博物館とハンガリー民族学博物館の大きな対比が計画的にされていることが分かる。つまり、それは「中心」対「周縁」、「記念性」対「日常性」、「国家」対「市民社会」であり、それが建築によって表現されているのだ。つまり、ハンガリー民族学博物館は「民族」という政治的に不安定なテーマを国家の記念建築ではなく市民の公園と地形の中に“溶かし込む”ための都市装置なのだ。このように捉えると、一つの建築物がブダペスト市、そしてハンガリーの語り部となっていることが分かる。素晴らしいブダペストの新たなるシンボルである。
【参考資料】
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