ロンドンのテームズ川南岸サウスワーク区のバンクサイド側に一際目立つ建物がある。巨大な工場を彷彿させるごっつい煉瓦造りの建物であるが、これはテート・モダンの美術館である。それは発電所の建物を再利用した美術館で、煙突の高さは99メートル、7階建て、延べ床面積は34,500平方メートルである。
バンクサイド地区は工場地帯として発展した地域である。バンクサイド発電所が1891年に同地区につくられ、ロンドン電気電灯会社によって所有、運営されていてロンドンに電気を供給していた。現在の建物のオリジナルは1952年にテームズ川の上流にあるバターシー発電所(都市の鍼治療 No.325「バターシー・パワーハウス・ステーション(イングランド)」)を設計したジャイルス・ギルバート・スコット卿によって設計された。見るものに強烈なインパクトを与える建物は高さ35メートル、幅は152メートルもあり、巨大な煙突がどんと真ん中に屹立している。この建物は、しかし、1981年には閉鎖し、80年代終わりにはサウスワーク区議会はその再開発計画を策定する。発電所の建物を保存すべきという市民も少なくなかったが、歴史的建築物リストには掲載されず、その保存の見通しは暗かった。
もう一方のプレイヤーである現代美術館のテート・モダンは1897年に設立された。以前は国立英国芸術ギャラリーとして知られていたが、設立者であるヘンリー・テート卿の名前を取り、1932年からはテート・ギャラリーと呼ばれるようになっている。2000年には組織の大幅な変革があり、テート・モダンとテート・ブリテンに分類され、さらにテート・リヴァプール、テート・セイント・アイヴェスが設立される。これらは国立美術館ネットワークを構成している。このテートは組織変革以前から展示用のスペース等の不足に困っており、そこでバンクサイド発電所に目を付けた。そして、1994年にこれを買取、修復・再利用して、英国最大の現代美術館として再生する計画を公表した。それは、テートの膨大なるコレクションのうち英国美術以外の20世紀美術作品を収蔵展示する美術館として位置づけられた。国際コンペで選ばれたのはスイス建築家ユニットのヘルツォーク&ド・ムーロンであった。彼らの提案は、その建物のオリジナル・キャラクターをできる限り保全するものであった。99メートルの煙突はそのままランドマークとして保全され、かつて発電タービンが置かれた建物中央部の3,300㎡という巨大なエントランス空間「タービン・ホール」は、様々な特別展や大空間を利用したインスタレーションの展示などに利用されている。発電所建物を再利用した本館は、ボイラー・ハウスと名付けられ、メインエントランス、ミュージアムショップは1階(現地では0階)、テームズ川側のエントランスやカフェなどは1階、2階〜4階が展示室、最上階はテームズ川を展望できるレストランが設置されている。この再生にはイングリッシュ・パートナーシップ再生局から1億2,000万ポンドの補助金が支給された。
テート・モダンはセント・ポール寺院のあるテームズ川対岸を結ぶ歩道橋ミレニアム・ブリッジを、開館と同時の2000年に架橋する。これによって、テート・モダンへのアクセスは格段によくなり、ロンドンの主要な観光スポットとして位置づけられるようになる。というかイギリス国内でもトップ3の観光集客力を誇る。2000年5月に開業して以来、来館者数は4,000万人を超える。コロナ禍では来館者数は減少したが、2023年には復活して年間で474万人もが同館を訪れた。そのロンドンへの年間経済効果は1億ポンドを越えると推計されている。
さらに2009年にはヘルツォーク&ド・ムーロンに依頼をして、発電所の石油タンクとして使われた場所を再生し、ギャラリー・スペースを拡張させた。
351 テート・モダン(Tate Modern)(イングランド)







ロンドンのテームズ川南岸に2000年に開館した「テート・モダン」。テートの膨大なるコレクションのうち英国美術以外の20世紀美術作品を収蔵展示する。開業以来、来館者数は4,000万人を超え、ロンドンへのその年間経済効果は1億ポンドを越えると推計されている。極めて創造的なブラウンフィールドの再開発事例である。
テート・モダン(Tate Modern)の基本情報
- 国/地域
- イングランド
- 州/県
- ロンドン
- 市町村
- サウスワーク区
- 事業主体
- Tate Modern
- 事業主体の分類
- 準公共団体
- デザイナー、プランナー
- ジャイルス・ギルバート・スコット(オリジナル)、ヘルツォーク&ド・ムーロン
- 開業年
- 2000年
ストーリー
地図
都市の鍼治療としてのポイント
ロンドンのテームズ川南岸にあるバンクサイド地区は、この50年間で大きく変貌した。筆者が初めてロンドンの同地区を訪れたのは1980年であった。まだバンクサイド発電所がぎりぎり操業していた頃だ。高架鉄道(おそらくブラック・フライヤー線)からみるバンクサイド地区は圧倒的に工業地区であり、その非生物的なオーラは高校生の筆者には恐怖心のようなものさえ覚えさせた。
そして筆者がロンドンを初めて訪れてから45年近く経ち、状況は大きく変わった。この周辺地区の再開発が進み、1997年にはテート・モダンの下流にシェイクスピア・グローブがつくられ、そして2000年にこのテート・モダンが開館し、対岸とを結ぶミレニアム・ブリッジがつくられた。人々の動線ネットワークがこのテート・モダンを拠点として広がっていくことになる。周辺には集合住宅が多くつくられ、そこは工業地区からミックス・ユースの住宅地区へと変貌している。テート・モダンはその文化的機能だけでなく、その周辺の空間イメージをも大きく規定し、変貌させることに成功した。しかし、そのスカイラインを維持したことで、その巨大な建物がつくりだす独特の空間の雰囲気は維持され、さらに歴史的にも連続性を確保することができた。非常に巧妙でいて、かつ創造的なブラウンフィールドの再開発事例であると考えられる。
そして、それを主導したのが、テートという公的組織であることも興味深い。テートは、国民が16世紀から現在までのイギリスの芸術を楽しみ、理解することを促進させることを目的としている。それは、博物館・ギャラリー法(1992年)のもとで、評議会によって運営されている公的組織だ。デジタル・文化・メディア・スポーツ省の予算によって運営されており、免税慈善団体である。館長は首相の承認のもと、理事会によって任命されている。
このような公的な機関は、民間の投資と違って、その施設を立地する際に、公共的な効用を最大限にする場所を選択することが可能だ。テート・モダンはまさに、ロンドンのバンクサイド地区という歴史的・環境的には工業地区というマイナスな側面を有していたが、地理的には極めて優れている場所であったところに、その歴史的連続性を維持し、そのスカイラインをも維持させつつ、その地区の性格を大きく変貌させるトリガーとなった博物館をここに立地させた。それはテート・モダンという施設の成功をもたらしただけでなく、ロンドンという世界都市の潜在的ポテンシャルを顕在化させ、ロンドンの未来のベクトルをも示すことに成功した。見事にロンドンの都市のツボを押したプロジェクトであるといえよう。
【参考文献】
テート・モダンの公式ホームページ
https://www.tate.org.uk/visit/tate-modern
そして筆者がロンドンを初めて訪れてから45年近く経ち、状況は大きく変わった。この周辺地区の再開発が進み、1997年にはテート・モダンの下流にシェイクスピア・グローブがつくられ、そして2000年にこのテート・モダンが開館し、対岸とを結ぶミレニアム・ブリッジがつくられた。人々の動線ネットワークがこのテート・モダンを拠点として広がっていくことになる。周辺には集合住宅が多くつくられ、そこは工業地区からミックス・ユースの住宅地区へと変貌している。テート・モダンはその文化的機能だけでなく、その周辺の空間イメージをも大きく規定し、変貌させることに成功した。しかし、そのスカイラインを維持したことで、その巨大な建物がつくりだす独特の空間の雰囲気は維持され、さらに歴史的にも連続性を確保することができた。非常に巧妙でいて、かつ創造的なブラウンフィールドの再開発事例であると考えられる。
そして、それを主導したのが、テートという公的組織であることも興味深い。テートは、国民が16世紀から現在までのイギリスの芸術を楽しみ、理解することを促進させることを目的としている。それは、博物館・ギャラリー法(1992年)のもとで、評議会によって運営されている公的組織だ。デジタル・文化・メディア・スポーツ省の予算によって運営されており、免税慈善団体である。館長は首相の承認のもと、理事会によって任命されている。
このような公的な機関は、民間の投資と違って、その施設を立地する際に、公共的な効用を最大限にする場所を選択することが可能だ。テート・モダンはまさに、ロンドンのバンクサイド地区という歴史的・環境的には工業地区というマイナスな側面を有していたが、地理的には極めて優れている場所であったところに、その歴史的連続性を維持し、そのスカイラインをも維持させつつ、その地区の性格を大きく変貌させるトリガーとなった博物館をここに立地させた。それはテート・モダンという施設の成功をもたらしただけでなく、ロンドンという世界都市の潜在的ポテンシャルを顕在化させ、ロンドンの未来のベクトルをも示すことに成功した。見事にロンドンの都市のツボを押したプロジェクトであるといえよう。
【参考文献】
テート・モダンの公式ホームページ
https://www.tate.org.uk/visit/tate-modern
類似事例
ハーバー・アイランド、ザーブルッケン(ドイツ)
ロイヤル・ミルズ、マンチェスター(イギリス)
ロイヤル・ミルズ、マンチェスター(イギリス)