274 オモケンパーク(日本)

274 オモケンパーク

274 オモケンパーク
274 オモケンパーク
274 オモケンパーク

274 オモケンパーク
274 オモケンパーク
274 オモケンパーク

ストーリー:

 熊本市の中心街に位置する上通(かみどおり)のアーケードに、ちょっと風変わりな空間がある。他の建物より引っ込んでいて、建物とアーケードの間に隙間がつくられており、アーケードからは空を見ることができる。これが、2016年に起きた熊本地震で取り壊しとなったビル跡地につくられたオモケンパークというソーシャル・デザイン・パークである。
 ソーシャル・デザイン・パークとは、オモケンパークの造語であり、熊本らしいライフスタイルに加えて、持続可能な地域、そして日本の未来を一緒に考え、デザインしていく場所をつくりたい、という願いで考案された。熊本地震で強化された地域の人々の「つながり」をもとに、地域に「賑わい」や「価値」を新たに共創できる「場」として機能することを目的としており、それを促進させるためのイベントやプロジェクトなども企画、運営している。
 ここには、そもそも木造一部鉄骨の築100年を越えるオモキビルが建っていた。しかし、2016年に熊本地震が起きると、「大規模半壊」の認定を受けるほどの激しい損傷を被る。オモキビルの所有者であり地主であった面木氏は地震が起きる前から、そのビルのあり方を検討していたのだが、地震によってビルを解体して、そこの場所を再生させることを再考した時、もうテナントビル業は辞めようと決断する。
 それは、今後、人口が減少していく中、例え熊本市のような地方中核都市の中心市街地の一等地であっても、「空室」「高騰する建築コスト」「家賃の下落」といったリスクがのし掛かるのに加え、経営効率だけ考えると、テナントには不本意ながら家賃負担力のある大手チェーン店などを入れざるを得なくなる。そうすると、結果、自分がこの熊本市の中心市街地の個性を失わせ、魅力を削ぐことに加担することになってしまう。すなわち、テナントビル事業を継続することは、借金を抱えるだけでなく、それによって、自分が街の魅力を喪失するという、面木氏にとって極めて不本意な結果をもたらすことが想定されたからである。
 それでは、この土地をどのように活用すればいいのか。どうすれば、この土地が街の魅力に寄与することができるのか。面木氏はこの問いに対して、「人々が出会い、心を交わす場」こそが、街の魅力の本質であると考えた。それは、熊本地震直後に、この中心商店街に多くの人が溢れ、おたがいの無事を確認し、励まし合う姿をみて、その光景に、人々がお互い支え合って日々を暮らしていく「街」の根源的な存在理由を感じたからである
 そこで、面木氏はこの土地を活用して「つながりや出会いが生まれる場」、「精神的な豊かさが満たされる場」、「多様性と寛容性が生まれる場」、「新しいプレーヤーが活躍出来る場」をつくることとした。言いかえれば、市民にとっての縁側のような空間にしたいと面木氏は考えたのである。
 最初は建物もつくらず、熊本地震で解体された家屋の建材を使ってモバイルハウスをつくり、そこでトークイベントやフリー・マーケットをやったり、音楽イベントを行ったりしていた。建物がなくても場づくりはできることを実感しつつ、それでも建物があることのプラス面も認識した面木氏は、そこに小さな建築と広場をつくり、地域の「縁側」拠点となることを目指した。そのためのサブコンセプトは「ダウンサイジング」「新しい技術の導入」「熊本のシンボル地下水や自然を感じられる広場」「自主的な運営」「都市とローカルをつなぐ」とした。
 建物は熊本の若手建築家である矢橋徹氏に設計を依頼した。建材は県産材の小国杉を用いた。そして庭づくりにおいては、阿蘇の若手庭師に依頼し、阿蘇の森の樹木を移植し、阿蘇の溶岩石をも配置した。また、ビルを解体した時に出てきた古井戸を再活用し、地下水が湧き出る広場とした。
 建ぺい率や容積率に比して、はるかに小さなスケールの建物をつくることに対して、面木氏は「建物を小さく作ることで生まれる庭や屋上といった余白の部分を新たな価値と捉え、利用する人達がその価値を分かち合うように活用することが、これからの豊かさといえるのではないかと考えた」と雑誌の記事(『造景』2022)に書いている。
 建物では、居心地のよさを演出するためにカフェを運営することにした。この建物と広場が融合したユニークなサード・プレース的空間は2019年6月に開業する。開業以来、一ヶ月に二回ぐらいのペースでイベントなどを開催していたのだが、コロナ禍によって出鼻をくじかれた状況となってしまった。まだ、この原稿執筆時点(2022年9月)ではコロナの先行きの見通しは不透明ではあるが、企業的なアプローチではない、地元住民の地元に「豊かさをもたらしたい」というフィランソロフィー的な未来投資によって、熊本の中心市街地に新たな魅力がつくられつつある。

キーワード:

カフェ,公共空間,場づくり,シビック・プライド,ソーシャル・デザイン

オモケンパークの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:熊本県
  • 市町村:熊本市
  • 事業主体:面木 健
  • 事業主体の分類:個人
  • デザイナー、プランナー:矢橋徹建築設計事務所
  • 開業年:2019

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 熊本市の中心街である下通と上通。この上通のアーケードに、ちょっとセットバックをした空間がある。アーケードと建物の間に隙間があり、そこから差し込む陽光が歩道を照らす。幅6メートルと間口は決して広くはないが、そのアーケードに穿った空間は、人口縮小時代に悩まされ閉塞状況にある商店街に新鮮な空気を送りこんでいるかのように見える。
 人口減少する時代においては、市場が効率的に機能しなくなる。市場経済は、経済が成長するうえではベスト、もしくはそれに近い選択肢を効率的に選んでくれるので、それに委ねていくと概ね上手くいく。もちろん、環境問題などの外部不経済が生じたりもするし、将来をも展望するような時間軸での判断は苦手なので、万能では決してないが、それでも比較的信頼できるシステムではあるだろう。
 しかし、人口減少する時代においては、その機能効率は著しく悪化する。市場規模の減少は経済の減少につながり、それはさらなる市場規模の減少を促すといったマイナスのスパイラルが転回し始めるためである。そのような考えに拘泥すると、増田寛也やイーロン・マスクではないが「地方消滅」、「日本消滅」といった悲観的な結論を導いてしまう。
 それでは、そのような呪縛から解放され、人口減少の時代において地域の未来展望をどのように持てばいいのか。その一つの解が、オモケンパークなのではないか、と個人的に期待している。オモケンパークは指定建蔽率80%に対して35%、指定容積率600%に対して25%で建築された。不動産事業としてはあり得ない開発である。しかし、従来のように市場経済のルールに則って、土地の不動産価値を最大化しようと投資すると、高いテナント代を要求せざるをなくなって、結果、地元の個店などは入れず、全国的なチェーン店が入ることになってしまう。地域の商店街に個性をもたらすのは、個店である。その個店を追い出し、チェーン店だけの商店街になってしまえば、それは三浦展が指摘する「ファスト風土」となってしまい、無個性で平凡でつまらない商店街に堕す。そのような商店街が、郊外のショッピング・センターとの競争に勝てるわけはないであろう。そして、人口減少の時代に、無個性化することは、その都市の存在意義を希薄化し、より人口減少という変化に対して街を脆弱化させる。
 面木氏は、先祖から引き継いだ土地を、街の個性の喪失を加速化させる推進力にさせることに強い抵抗があった。もちろん、そのようなリスクある投資を避けたいという気持ちも多少はあっただろう。しかし、そのような後ろ向きな気持ちだけでは、オモケンパークのように熊本という地霊を呼び覚ますようなこのような空間は出来なかったと思われる。
 おそらく、街の魅力というのは伝統的に、面木氏のような個人の思いが街の時間層に沈殿していくことで輝きを放つのではないか。そして、それは市場経済とはまったく関係ないロジックで行われてきたということを、オモケンパークの試みは気づかせてくれる。市場経済という足枷から解き放たれると、人口減少を必ずしも悲観的に捉えなくてもいいことに気づく。オモケンパークは人口減少下で閉塞状況に置かれた市場経済にとらわれた商店街に穿った、見事な「都市の鍼治療」の事例であると思えてしかたない。

【取材協力】
面木 健氏

【参考資料】
「緑と水と人の交流空間- オモケンパーク」『造景』2022

ジャパン・デザインのホームページ
https://www.japandesign.ne.jp/space/omoken-park/

類似事例:

007 直島の和カフェ ぐぅ
021 大横川の桜並木
066 日本の家
103 魚らんラボラトリー(魚ラボ)
135 かやぶきゴンジロウ
138 ねこじゃらし公園
160 ザリネ34
196 ヨリドコ大正メイキン
218 松應寺横丁にぎわいプロジェクト
255 リノベーション・ミュージアム冷泉荘
257 三津浜まちづくり
262 Wine Houseやまつづら
・ おとがワ!ンダーランド、岡崎市(愛知県)
・ 空き家バンク、尾道市(広島県)
・ マイルポスト、名古屋市(愛知県)