255 リノベーション・ミュージアム冷泉荘(日本)

255 リノベーション・ミュージアム冷泉荘

255 リノベーション・ミュージアム冷泉荘
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255 リノベーション・ミュージアム冷泉荘

255 リノベーション・ミュージアム冷泉荘
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255 リノベーション・ミュージアム冷泉荘

ストーリー:

 福岡市は博多区上川端商店街から一本離れたひなびた路地に1958年に建築されたレトロなビルが存在する。白色に塗られた鉄筋コンクリート造の5階地下一階建ての建物である。古っぽいビルではあるのだが、旗のような看板が多くの部屋から道側に出ていたり、テナント紹介の看板が驚くほどデザイン的に洗練されていて、道行く人の興味を惹く。これが、「リノベーションミュージアム冷泉荘」である。
 冷泉荘は事務局とレンタルスペースを含む25室からなる集合アトリエだ。入居しているのは、フォトスタジオ、ものづくり工房、建築設計事務所、語学教室、NPO法人、カフェなどである。1階には広いレンタルスペースがあり、様々なイベントが開催されている。レトロではあるが、古さは感じられないこのビルこそ、福岡発のリノベーション・ブームを牽引してきた吉原住宅が手がけた代表的なビルであり、ビル単体だけでなく、周辺にもプラスの効果をもたらした事例である。
 吉原住宅の代表である吉原勝己氏は企業で医薬品の臨床実験をしていたのだが、2000年に父親が経営していた吉原住宅に入社する。吉原住宅は家族経営の不動産会社であり、その頃、吉原住宅が抱える物件の多くは築年数も経ち、スラム状態にあるものが多かった。空室率も高い状況にあった。冷泉荘はまさにそのような物件の一つだったのである。当時、既に築40年近く経っており、上川端商店街の裏通りという「よくない路地」の「よくない建物」という評判がたっていた。国際的な犯罪組織の寮として使われていたりもしたそうだ。
 吉原氏は2003年に思い切って、それまで前例のない賃貸のリノベーションを別件で行うことにした。しかし、リノベーションという言葉も普及していなかった当時は、それを引き受けてくれる工務店や建築会社を探すのも難儀した。どうにか工事会社を見つけると、今度は不動産会社がリノベーションの付加価値を認めた家賃を認めてくれない。そこで、もう自分でやるしかないと、自らがプロデュースできるオーナーになる、と腹をくくった。そして、口コミで募集をすると、相場より高く貸すことができた。さらに、リノベーションによって、そのコンセプトに共感し、発信力のある人が入居し、ちょっとしたコミュニティができることが分かった。そして、このコミュニティが地域で活動することで、地域も活性化し始めたのである。それは、老朽ビルの再生が、単に資産価値の向上だけではなく、地域の再生にも結びついたということである。
 この事例の成功で勇気づけられた吉原氏は2003年から冷泉荘のリノベーションを手がけることになる。そして、意識的に不動産の価値は上げることができる、という考えのもとに、それまでの住民全員に退去してもらい、代わりにアーティストに入ってもらった。既にジェントリフィケーション(筆者注:ジェントリフィケーションとは主に都心部での富裕化現象のことで、裕福な階層の人が移住することで地価が上昇することをいう)の成功事例は知っていたので、アーティストに入ってもらうことを意識したのである。30㎡の面積で3万5千円という安い家賃設定としたが、それまでは家賃を滞納している人が多かったので、それでも状況は大きく改善された。建物はそれ自体が博物館であると位置づけたのである。次のフェーズとしては、文化人を中心に入ってもらい家賃は5万円にアップした。これは、古い建物に経済価値を加えていくことを意図したためである。そして、現在(2021年末)では6万円の家賃を設定している。
冷泉荘の特徴としては、次の4点が挙げられる。

1) セルフリノベーション可で原状回復義務なし
2) 「ひと」「まち」「文化」をキーワードとして多様な入居者が集まっている
3) さまざまな用途で使えるレンタルスペース
4) ユニークな常駐の管理人さんが入居者や利用者をサポート

 入居者を結果的に選ぶような、ユニークな「古い建物」をリノベーションすることで、老朽化し、劣化し、不動産ビジネス的には経営を圧迫させるような建物が、見事、経営面の問題をクリアさせただけでなく、街に賑わいをもたらすような地域拠点にもなった。冷泉荘は2011年には耐震補強工事を実施し、コンクリート強度という観点からは築80年までもつことになった。
 冷泉荘は2012年に福岡市の都市景観賞活動部門にて部門賞を受賞した。

キーワード:

リノベーション,リフォーム

リノベーション・ミュージアム冷泉荘の基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:福岡県
  • 市町村:福岡市
  • 事業主体:株式会社スペースRデザイン
  • 事業主体の分類:民間
  • デザイナー、プランナー:
  • 開業年:2006

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 2014年に福岡市で講演に呼ばれた。その会場が冷泉荘のレンタルスペースであった。そのレトロな建物のみが放つ独特の空間アイデンティティみたいなものを感じて、「都市の鍼治療」の匂いを当時、嗅ぎ取った。それから7年経ち、この冷泉荘を仕掛けた株式会社スペースRデザインの代表取締役である吉原勝己氏と会い、取材することができ、7年前の予感は的中したことを確信した。
 吉原氏の根幹にあるのは「古い建物を大切にしたい」という基本思想。この考えは、日本ではあまり重視されていない。最近でこそ伝統建築の保存の理解は広まりつつあるが、今でも第二次世界大戦を生き延びた建物でさえ、大した配慮もなく壊されてしまうという現状がある。貴重な同潤会アパートはことごとく壊されたし、前川國男という巨匠が手がけた阿佐ヶ谷住宅も壊されてしまった。
 そのようなトレンドに反旗を翻すのは、地域資源の喪失を憂いる地域住民だったりするのだが、多くの場合、経済性といった横暴な論理に負けてしまう。そのような中、冷泉荘を始めとした吉原氏の試みが興味深いのは、経済性という視点からは「敗者」のような位置づけにあった「古い建物」にリノベーションという試みで経済性を与えてしまっただけでなく、それを基点とした地域活性化といったプラスの外部経済を発生させることまで成功させてしまったことである。吉原氏はリノベーションのメリットを次のように筆者の取材に述べてくれた。

「幾つかの事業をしたことで、建て替えするとむしろロスが出るということが明らかになった。耐震補強をするとハードとして100年、築100 年はいけるのではないか、というのを実感している。場合によっては、薬院(筆者注:福岡市内の地区名)などだと新築よりリノベーションの方が高い家賃が取れるかもしれない。大体、工事費用は新築に比べてリノベーションは三分の一で済む。しかし、こういう情報をあまりオーナーは知らないのでリノベーションがそれほど進んでいない。」

吉原氏はまた、他の雑誌の取材で次のように回答している。

「地方に東京の手法を取り入れてもうまくいきません。ローカリゼーション(地方文化)の表現方法がリノベーションです。新築物件では歴史や地方文化を表現できません。(中略)リノベーションによって地域の特性を織り込み、地方が元気になるような“場の再生”を目指したいと思います」(公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会『空き家対策等地域守りに関する調査研究報告書』, 2020)。

 リノベーションによって、その地域アイデンティティが維持され、さらに強化するということが、この発言から読み取れる。筆者が2014年に冷泉荘を初めて訪れた時に感じた「独特の空間アイデンティティ」が何に由来しているのかも、この発言からは理解することができる。
 冷泉荘の名前に「リノベーションミュージアム」と名付けたのは、冷泉荘の建物そのものをあたかもリノベーションの博物館のように楽しんでもらいたいという吉原氏の思いからである。そして、冷泉荘では、改修やリノベーションをする際も、使えるものはできるだけ使い、工事の痕跡もあえて残している。これは、冷泉荘がこれまで刻み込んだ時間の流れをしっかりと表したいからであろう。
 吉原氏は現在、老朽化したビルをリノベーションすることで、それを「ビンテージビル」という付加価値をつけて再商品化し、資産価値の向上、さらには町の活性化を図る取り組みを展開している。今回、紹介した冷泉荘以外にも福岡を中心に様々な事業に取り組んでいる。
 古い建物をしっかりとリノベーションすることで、地域アイデンティティを保全するだけでなく、さらに強化し、またそれをハブとするコミュニティをつくることで、地域活性化にまで繋げている。これは、まさに「都市の鍼治療」的試みであろう。

【取材協力】吉原勝⼰氏(2021年12月)
【参考文献】
公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会『空き家対策等地域守りに関する調査研究報告書』, 2020
【参考ホームページ】
冷泉荘のホームページ(https://www.reizensou.com)
冷泉荘紹介のユーチューブ動画(https://www.space-r.net/rent-page/reizensou/story)

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