283 京都芸術センター(日本)

283 京都芸術センター

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283 京都芸術センター

ストーリー:

 京都芸術センターは、京都市における芸術の総合的な振興を目的として開設された。そこでは、多様な芸術に関する活動の支援、芸術に関する情報の広域な発信、芸術を通じた市民と芸術家等の交流の促進が活動の中核となっている。
 具体的な事業としては、展覧会や茶会、伝統芸能、音楽、演劇、ダンスなどの舞台公演、ワークショップを展開している。また、芸術家達の制作の場の提供、芸術家・芸術関係者の発掘と育成を目的とする事業、伝統芸能の継承・創造などを意図する事業などを行っている。さらには、制作や練習の場である「制作室」の提供、アーティスト・イン・レジデンス・プログラムでの国外の芸術家の招聘なども行っている。
 京都芸術センターがつくられる契機となったのは、大きく二つある。一つは、舩橋求己市長(市長在任期間1971-1981)が、1978年に「世界文化自由都市宣言」を行ったことである。これは、あらゆる政策の最上位の都市理念と位置づけられ、この理念のもとに京都市基本構想、京都市基本計画は策定され、文化を基軸とした都市経営を進めていくことになった。このような流れの中、京都国際交流会館(1989年設立)、国際日本文化研究センター(1987年設立)などがつくられていくのであるが、京都芸術センターもこの京都市の大きな都市政策理念の延長線上にある。
 もう一つは都心部での小学校の児童数の減少による閉校である。京都市では1958年度には約15万人の児童が小学校に在籍していたが、1985年代には約10万人にまで減少した。特に都心部の上京区、中京区、下京区では75%程度も減少し、効率性の課題が生じてきた。そこで、1988年から学校統合の可能性を検討してきた。その結果、2022年までに都心部三区に40校あった小学校のうち27校が閉校されることになる。このような過程で多くの小学校跡地が生じたのだが、京都市は、これら都心部の小学校跡地利用を検討することになる。そのような中、京都芸術センターは、1869年(明治2年)に開校した64校の番組小学校(注:番組小学校に関しては、下記の「都市の鍼治療としてのポイント」を参照)のひとつ明倫小学校が1996年に閉校するのだが、その跡地利用の候補となる。しかし、京都市の都心部の小学校は番組小学校という位置づけの歴史を有しており、明治政府に先行して京都市の地域コミュニティ単位である番組ごとに創設・運営をしてきた。そのために、その跡地利用に関しては地域コミュニティがその施設の新たな役割を受け入れることが最優先条件となる。そこで、まず社会実験のような試みをした。芸術祭の大きな展示会場として小学校を使用したり、教室を制作室として利用してみたりした。そして、そのためにここを使うアーティストには、しっかりと礼儀正しく振る舞うようにもアドバイスをしたりした。これらの「社会実験」を経て、地域コミュニティにも少しずつ受け入れられ、小学校跡地は芸術センターとして使われることになり、2000年に開設されることになった。それは、京都市における芸術振興の創造・発信拠点として位置づけられた。
 ここに京都芸術センターがつくられた、もう一つの背景として京都には多くの芸術系の学校があり、多くの若いアーティストが京都にて勉強をしているのだが、学校を卒業した後、制作をする機会を確保できないことが挙げられる。そこで、若い子がアート作品を制作し続けられる場所、機会を提供したいということは京都市も考えていた。そのため、この芸術センターでは若いアーティストを中心に作品を制作する場として無料で使えるようにしている。アーティストが拠点を自分で構えることのハードルは高く、世界各地を転々とするが、そのような中でもこの施設がハブ空港のような拠点的位置づけになれればと考えている。そして、運営方針としては、まだ価値が確立されていない実験的なことに取り組むことにした。これは、芸術といった新しい価値を生み出すことを支援する施設としての重要な条件として位置づけているからだ。
 明倫小学校は1931年に京都市営繕課の設計によって大改築が行われた。当時では最先端の鉄筋・鉄骨建築で、貫禄のある講堂、折上げ格天井の78畳の大広間、現在は茶室として活用している和室など、戦後の小学校建築しか知らないものには驚くような特徴的な部屋が設けられている。加えて、階段の手すりや丸窓など、至るところに建築としての見所に溢れている。
 京都芸術センターが開設される際の改修工事では、これらの建築的特徴を極力、保全するような形で実施された。それは、この明倫小学校の127年に及ぶ記憶を継承するだけでなく、この建物の意匠自体が、一つの芸術作品であるという理解もあると考えられる。そして、それを残すことで、この建物は新しく建物をつくることでは決して得られない環境・価値を生み出している。京都芸術センターになって教室は制作室として、講堂・大広間・和室はイベントスペースとして活用されている。しかし、明倫小学校において積み重ねられた時間の重みは、廊下を歩いているだけでも感じ取れることができる。それは千年の都である京都としては新しいかもしれないが、明治維新以降に京都のコミュニティが歩んできた現在にも通じる貴重な歴史である。同建築は2008年には国の有形文化財として登録された。
 明倫小学校という教育施設は、その地域コミュニティの拠点としての記憶をしっかりと継承しつつ、京都市民の芸術鑑賞の場、そして若い芸術家達を育成する場所として、その教育的機能は違う形ではあるが継承されているのだ。

キーワード:

文化施設,跡地利用,リノベーション

京都芸術センターの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:京都府
  • 市町村:京都市
  • 事業主体:京都市、公益財団法人京都市芸術文化協会
  • 事業主体の分類:自治体 財団
  • デザイナー、プランナー:京都市営繕課
  • 開業年:2000

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 京都市では児童数の減少に伴い、多くの小学校が閉校される。小学校はその地域コミュニティの中核的機能を担う重要な場所であるため、その損失は児童だけでなく、地域コミュニティにも大きなダメージを与える。そして、京都市は他の都市と比べても、小学校(元学区)の地域コミュニティにおける重みは大きいものがあり、それゆえに、それが閉校することのダメージは大きいものがあった。
 京都には「町組」という住民自治の組織が江戸時代につくられた。この組織は明治維新を経て、再編され「番組」と呼ばれるようになる。明治維新後の1869年には番組は合計66組あったが、これらの番組ごとに自治会所機能をも併せ持つ小学校が64校開校した。これは、明治政府の学制発布以前につくられた町衆による小学校であり、自治会所機能をも併せ持つ。明倫小学校も単なる教育機能だけでなく、大広間や和室が設置された。これらの小学校がつくられるうえでは、京都府から建設費が貸与されることもあったが、各番組の全戸別に対して軒金(竈金)が集められ、これらと合わせて運営費とした。つまり、番組が小学校を運営してきたのである。小学校の名称も○○番組小学校と名付けられ、明倫小学校も下京三番組小学校として1869年に創立される。
 このように、京都市では小学校はまさに地域コミュニティによって運営されてきた経緯があり、通常の都市と比べても地域コミュニティと小学校の関係性は強固なものがあった。
 そのため、その跡地利用は半端なものがつくれないのに加え、上記のコミュニティ機能をしっかりと維持していくことが求められたのである。その結果、現在の京都芸術センターでも地域コミュニティの明倫自治連合会の運動会やお花見などのお祭りなどが行われていたり、町会所に使われたりして活用されている。
 本事業は、このように閉校という地域コミュニティへの大きなダメージを緩和させると同時に「世界文化自由都市」という京都市の大きな政策指針を具体化させるための芸術文化の担い手であるアーティストの育成・キャリア形成に重要な役割を果たそうとしている。失われる価値のダメージを最小限にしつつ、新たなる価値を創造しようとする同センターのベクトルは、京都市の将来を切り開くようなポテンシャルを有しており、「都市の鍼治療」的には素晴らしい事例であると考えられる。

【取材協力】
草木マリ氏(公益財団法人 京都市芸術文化協会 / 京都芸術センター)

【参考資料】
『廃校再生ストーリーズ』伊藤総研編集主幹、株式会社美術出版社、2018年

『藝文京』138号(2019年秋号)

京都芸術センターのホームページ
https://www.kac.or.jp/meirin/

京都市教育委員会のホームページ
https://www.city.kyoto.lg.jp/kyoiku/page/0000260701.html

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