198 フィルバート通りの階段(アメリカ合衆国)

198 フィルバート通りの階段

198 フィルバート通りの階段
198 フィルバート通りの階段
198 フィルバート通りの階段

198 フィルバート通りの階段
198 フィルバート通りの階段
198 フィルバート通りの階段

ストーリー:

 サンフランシスコのテレグラフ・ヒルにフィルバート・ステップスとよばれるフィルバート・ストリートの階段がある。この階段は最大斜度17.5°という急斜面に設置されている。その階段の頂上にはコイト・タワーというサンフランシスコを代表するランドマークの一つが立っている。フィルバート・ステップスは、そこからサンフランシスコ湾に向かってまっすぐに伸びており、そこからは絶景が楽しめる。
 フィルバート・ステップスをユニークにしているのは、その絶景だけではない。その途中に「グレース・マーチャント・ガーデン」と呼ばれる見事な庭があるが、これも、そこの住民だけなく市民にとって大切なものとなっている。グレース・マーチャント・ガーデンの名称は、1948年にこの階段沿いの家に引っ越してきたグレース・マーチャントの名前に由来している。彼女がここに引っ越してきた時、そこは不法ごみ捨て場になっていた。そこで、マーチャントはサンフランシスコ市役所に、このごみを焼却する許可を申請する。許可を得たマーチャントはごみを捨て、燃やし(3日間、燃やし続けたそうである)、その後にピンク・ローズ、紫のデルフィニウム(キンポウゲ)、紅葉、バナナなど色彩豊かな花々や植物を植えて、ごみ捨て場であった坂を美しい庭園へと変貌させ、それから30年間、この階段を美化することに力を注ぐのである。グレース・マーチャントは1982年に96歳で亡くなるが、その後、ゲーリー・クレイがその意思を引き継ぎ、この庭園を維持していた。ゲーリー・クレイが2012年に亡くなった後は、フレンズ・オブ・ザ・ガーデンというコミュニティ・グループがその管理・改善を担っている。
 ただし、グレース・マーチャントは庭園をつくる際に、土地の境界線をほとんど気にしなかった。マーチャントが小屋をつくった場所を所有していた地主が1989年に母屋を拡張したいのでその土地を取り戻そうとした時、沿道の住民達はフレンズ・オブ・ザ・ガーデンを設立し、市役所と公共土地保全団体(the Trust for Public Land)に小屋の保全を訴えた。公共土地保全団体は、その土地を購入して、庭園を守るという条件付きで売りに出すことを提案する。購入額に比して、条件付きの土地の販売額は高く売れないため損失が出てしまうが、その差額を補填するために、この庭園を愛する人達や地元企業などから寄付金を集めたり、それを募るイベントなどが開催されたりした。その結果、公共土地保全団体はこの土地を購入して、条件付きで再販売することができ、グレース・マーチャントの庭は保全されることになったのである。
 その後、2006年にもこの庭園の一部において開発が計画され、実行されそうになったが、この時も公共土地保全団体が地主との交渉を行い、土地を購入して地元のランド・トラストに寄付をすることで保全できた。
 坂の都市、サンフランシスコには魅力的な坂が多くあるが、この284の階段からなるフィルバート・ステップスはその最も有名なものの一つである。

キーワード:

階段, 菜園, パブリック・アート, 公共空間

フィルバート通りの階段の基本情報:

  • 国/地域:アメリカ合衆国
  • 州/県:カリフォルニア州
  • 市町村:サンフランシスコ市
  • 事業主体:The Trust for Public Land, Friends of the Garden
  • 事業主体の分類:市民団体 個人
  • デザイナー、プランナー:Grace Marchant
  • 開業年:1950年以降

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 多くの都市それぞれに、魅力溢れるネイバーフッド(地区)が存在する。サンフランシスコは丘陵地が多く、その地理的特性が多様であることもあり、個性あるネイバーフッドが多くあり、それらがサンフランシスコという都市の魅力をつくりあげている。
 また、サンフランシスコの目抜き通りであるマーケット・ストリートと北の海岸沿いのマリーナ・ディストリクトの間にはロシアン・ヒル、ノブ・ヒル、テレグラフ・ヒルといった急斜面の丘があるのだが、この地区を区画割りした時、現地を見ていなかったのであろうか。地理的条件をまったく無視して幾何学的に格子状で区画割りをしたのである。その結果、サンフランシスコは急斜面の道路がグリッドで敷かれ、その坂道を行き来するのにケーブルカーが設置されるようになる。さて、そのように無理矢理に区画割りをしたサンフランシスコだが、東北部にあたる地区では、あまりにも坂が急で道路がつくれなかった一画がある。それがコイト・タワーから東にあるテレグラフ・ヒルの坂であり、道路の敷地は確保されたのだが、そこには道路ではなくて階段がつくられたのである。そして、階段であるから通常の道路のような幅は必要としなくて、余った空間がつくられたのである。
 今、このフィルバート・ステップスを歩き、その余った空間につくられた美しい花々が咲き乱れる庭園の中を歩いていると、そこが以前、不法ごみ捨て場となっていたとは想像さえできない。というか、不法ごみ捨て場であったら、この階段を歩くことは住民以外ではなかったかと思われる。
 グレース・マーチャントという一人の人間の無償の奉仕によって、ごみ捨て場という人々が嫌忌するような場所が、人々が思慕するような庭園へと変貌することになった。そして、その意思を住民達が継承し、その存続が脅かされた時には、それを守り抜くことに成功した。
 素晴らしい公共的な空間は、住民の意思によって維持され、継承されるという優れた事例であると考えられる。

【参考ウェブサイト】
公共土地保全団体(the Trust for Public Land)のホームページ
https://www.tpl.org/our-work/grace-marchant-garden

【参考資料】
“A Guide to Great American Public Places,” Gianni Longo

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