008 テンプル・バー(アイルランド)

008 テンプル・バー

008 テンプル・バー
008 テンプル・バー
008 テンプル・バー

008 テンプル・バー
008 テンプル・バー
008 テンプル・バー

ストーリー:

 アイルランドの首都ダブリンのリッフィー川南岸、都心部に位置するテンプル・バーはダブリン市内で唯一、中世の街の構造を保全していた地区であった。ここは、1980年代までは貧困層が住む、衰退地区としてみられていた。1970年代にテンプル・バーの地区にある建物は国の交通局によって買収され始めた。これは、この地区に近代的なバス・ターミナルを整備しようと考えていたからである。そして、その整備の過程で、中世の街並みや18世紀?19世紀に建設された建物を壊すことが意図された。しかしながら、この整備事業のための予算がなかなか獲得できなかった交通局は、買収した建物を賃貸に出し始めた。これらの建物を芸術家達が借りるようになり、この地区は突如、予期せずに「芸術的な地区」の様相を帯びることになる。交通局がバス・ターミナルを整備する方針を変える意図はなかったものの、この文化の香りが溢れるダブリンの「カルチェ・ラタン」を保全しようという要望は徐々に強くなっていった。
 それまで忘れ去られていたこの地区は、その地理的・歴史的特性からダブリン市にとって特別なものであることは明らかであった。政府は、アイルランド・ナショナル・トラストを含む多くの市民団体等から開発を阻止すべく圧力を強く受け、ダブリン市政府は、バス・ターミナルの構想を却下し、テンプル・バーは文化的なエンタテイメント・センターとして再生する方針を打ち出した。1991年にこの地区を再生するための都市デザイン的アイデアを求めた建築コンペが行われ、若い建築家集団である「グループ91」の案が採択された。彼らの案は、空間の構造は維持し、放置された建物に公共空間を創造するか、または新しい建物を挿入するというものであった。そして、テンプル・バー再生・再開発法が1991に制定された。加えて、この再開発をしっかりと具体化するために、準公共的な組織としてテンプル・バー不動産管理公社(Temple Bar Properties Ltd. (TBP))とテンプル・バー再生公社(Temple Bar Renewal Ltd)を設立した。また、加えてこの地区の商業者の組織も設立された。テンプル・バー不動産管理公社が実質的に、その開発を具体化することに資した。この年、ダブリン市はヨーロッパ首都に指定されたことも、状況を後押しすることになった。幸い、アイルランドは欧州連合から社会基盤プロジェクトの投資を受けることができたので、これでテンプル・バーの再開発資金を賄うことができた。
 2001年にテンプル・バーの再生事業は完成した。中世の街の構造は保全されることになり、また、地区内のアクセスを改善するための小道が新たに整備されただけでなく、周辺とのアクセスを向上するために、リッフィー川に架かる歩道橋も整備された。テンプル・バーには多くのバー、カフェ、レストラン、ナイトクラブが立地するようになり、多くの文化施設も集積するようになった。アイルランド写真センター、アーク子供文化センター、アイルランド映画協会、テンプル・バー音楽センター、アートハウス・マルチメディア・センター、プロジェクト・アート・センターなどである。
 テンプル・バーの再生事業の成果としては、それ以前に比べて、空間としての環境の質がはるかに改善したことが挙げられる。それまでは、不潔で放置されていたような空間が、見事に公共空間へと変貌した。特にハウス・スクエア、そしてテンプル・バー・スクエアの周辺は見事に変貌した。その結果、この地区に居住する人も250人から3000人と増加した。テンプル・バーのビジネスは、年間で6.8億ユーロ(2009年)ほどの売上げがあり、観光客の年間入れ込み客数は350万人という大観光地にもなっている。

キーワード:

文化戦略,歴史地区,アイデンティティ,都市デザイン

テンプル・バーの基本情報:

  • 国/地域:アイルランド
  • 州/県:ダブリン州
  • 市町村:ダブリン市
  • 事業主体:ダブリン市、Temple Bar Cultural Trust, Temple Bar Properties Limited
  • 事業主体の分類:自治体 準公共団体 NGO
  • デザイナー、プランナー:Group 91
  • 開業年:2001

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 テンプル・バーの再開発は、中世の街並みを壊すことなく、新しい建築物が建設できること、しかも、両者が調和することができることを示すことに成功した。そして、歴史地区においては、それを修景させるような再開発の手法が大規模開発よりもはるかに優れた方法論であることをダブリン市民に教えることになる。そして、その結果、ダブリンはヨーロッパ首都として、独自のアイデンティティを有する都市空間を見事、維持することに成功したのである。
 テンプル・バーの再生事業には、いくつかの批判がある。特に、再生事業によって家賃が高騰し、この地区に文化的な要素をもたらした芸術家達が追い出されることになったのは皮肉な結果であった。しかし、そのようなマイナス面も考慮しても、このテンプル・バーがダブリン市にもたらしたプラスの効果はとてつもなく大きい。空間環境の質の向上に加え、経済的成功、観光客の増加などがそうであるが、何より、ダブリンの人達の心の故郷を都心部に創出したことの意義は極めて大きいものがあると思う。テンプル・バーの酒屋で、ギネス・スタウトを飲みながら、アイルランドの至宝ともいえるヴァン・モリソンの佳曲「ブラウン・アイド・ガール」の弾き語りを聴いていたりすると、そういう気持ちになってくる。

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