サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)

サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)1

サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)2
サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)3
サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)4
サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)5
サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)6
サード・ストリート・プロムナード(Third Street Promenade)7


キーワード:

2015年度 ,アイデンティティ ,アメリカ合衆国 ,中心市街地再生 ,商店街 ,歩行者優先 ,街路 ,鍼レベル 中 ,集客施設

鍼レベル:

ストーリー:

 自動車社会のロスアンジェルス都市圏の中で、数少ないヒューマン・スケールの都市デザイン・プロジェクト。それがサード・ストリート・プロムナードである。ロスアンジェルスの西に位置し、太平洋に面する郊外都市、サンタモニカの都心にある自動車の通行を制限して、歩行者を優先したショッピング・ストリートだ。そのハイエンドな店舗群、お洒落な空間デザイン、そしてちょっと歩けば太平洋のビーチが広がるロケーションなどが相まって、サンタモニカだけでなく、広く買い物客をロスアンジェルス都市圏から集客している。観光客も少なくない。
 サード・ストリートが自動車を制限するようになったのは1965年まで遡る。当時、3ブロックほどの区間(Wilshire BoulevardからBroadway)、自動車の走行を制限し、歩行者専用道路にした。このような中心市街地の目抜き通りから自動車を排除して、歩行者専用空間とするプロジェクトは、当時、アメリカでは幾つかみられたが、このサード・ストリートもそのような事例の一つであった。このプロジェクトは、開業当初こそ、そこそこは成功していたのだが、徐々に陰りが見え始め、空き店舗やディスカウント店などが目立つようになる。さらに、1980年にサード・ストリートの南端にサンタモニカ・プレース・ショッピング・センターが開業すると、買い物客をそちらに奪われ、サード・ストリート・モールの衰退は決定的となった。
 サード・ストリートと同時期の1960年代〜70年代につくられた自動車を排除した歩行者専用空間の多くも類似した問題に直面して、その多くは再び自動車を通行させることにした。しかし、サンタモニカは当時の市長であるデニス・ゼーンのもと、1987年に、歩行者優先のコンセプトにさらに賭けることを判断する。1000万ドル(日本円だと10億円)の予算の2年間に及ぶ、サード・ストリート・モールのリデザイン事業は、同モールの弱みを克服させることに注力された。具体的にこれらの弱みとは、エンタテイメント性の欠如、外食機会の少なさ、歩行を促すというよりかは敬遠させるような空間デザイン、などである。特にアウトドア・レストランは当時のロスアンジェルスにはほとんどなかったので、集客のポイントになると考えられた。
 サンフランシスコを拠点とするROMAデザイン・グループが、これらのリデザイン事業を手がけた。リデザインでは、サード・ストリート・モールの自動車排除のコンセプトを曖昧なものとした。すなわち、7メートル弱という極めて狭い自動車用の屈曲している道路空間が中心に配置され、その両脇に10メートルの歩道空間がつくられた。自動車はオフ・ピーク時には走行することができるようにはなったが、結果、このリデザイン事業は成功する。多くの買い物客、レストランを訪れる客、映画などのエンタテイメント施設を訪れる客達で、この空間は溢れ、自動車は事実上、走行が極めて難しい状況になり、ほとんど走行しなくなったからである。現在では、サード・ストリートの入り口には通行できなくなるボラードが設置されている。名称もサード・ストリート・モールから、サード・ストリート・プロムナードと変更され、1989年9月にリ・オープンすることになる。リ・オープン後は一貫して、多くの人を集める貴重な都市広場として人々に親しまれている。
 現在のサード・ストリート・プロムナードは、小売店が60、レストラン(カフェを含む)が25立地している。そして平均すると一日4万人が訪れて、週末になるとその数は6万人にも及ぶ。
 サード・ストリート・プロムナードはサンタモニカのダウンタウン地区と一体となって、ダウンタウン・サンタモニカというNPOによって維持管理されている。このNPOはサンタモニカ市と協働して、サンタモニカのダウンタウン地区の経済的活動を促進させ、コミュニティ・ライフを充実させることを目的としている。

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 自動車社会のロスアンジェルス都市圏の中で、数少ないヒューマン・スケールの都市デザイン・プロジェクト。それがサンタモニカのサード・ストリート・プロムナードである。興味深いのは、道路から自動車を排除するということを強制的にしなくなって、走行可能という柔軟な対応をした後の方が、結果、人が多く道路空間に溢れるようになり、自動車が実質的に走行できなくなり、当初の目的を達したということである。
 これは、もちろんサード・ストリートの空間デザイン、そしてテナント・ミックスをしっかりとリデザインしたからこそ達成できたのであるが、他の衰退した歩行者専用モールが元のように自動車を通行させるようにしたのとは異なり、サンタモニカ市は、それをオーバーホールすることで問題を解決させるどころか、より大きな成功を得ることができた。
 それは、自動車が通行できなくなったから衰退したのではなく、自動車を通行できなくしても外部のライバルにマーケットを奪われた、また自動車を通行できなくしただけでは、人は歩くわけではなく、店舗等テナントが魅力的であることがさらに必要である、といった現況を客観的に分析して、その解決を都市デザインで的確に実施したからである。
 とはいえ、サード・ストリートが完璧かというと決してそうではない。例えば、テナントはナショナル・チェーンがほとんどであり、これは歩行者専用空間を擁した都心型商業空間の成功事例であるボルダーのパール・ストリートやバーリントンのチャーチストリート・マーケットプレイスなどとは大きく異なる。都市のアイデンティティを発露する空間としては、その役割をしっかりと担っていないという批判もある。
 とはいえ、金曜日の初夏の夜にここを訪れ、多くの人が週末のナイトライフを楽しんでいる様子をみると、自動車都市ロスアンジェルスにおいて、ヒューマン・スケールのアーバンな空間を創り出すことに成功した素晴らしい「都市の鍼治療」であると思うのである。

事業主体:

Downtown Santa Monica, Inc. (以前はBayside District Corporation)

事業主体の分類:

自治体, NGO

デザイナー、プランナー:

ROMA Design Group

開業年:

1989年

類似事例:

094 フランシスコ・マデロ通り、メキシコ・シティ(メキシコ)
074 ブロードウェイの歩行者天国事業、ニューヨーク(ニューヨーク州、アメリカ合衆国)
069 花通り、クリチバ(ブラジル)
・ ルア・ダス・フロレス、ブエノス・アイレス(アルゼンチン)
058 チャーチストリート・マーケットプレイス、バーリントン(ヴァーモント州、アメリカ合衆国)
091 平和通買物公園、旭川(北海道)
022 パール・ストリート、ボルダー(コロラド州、アメリカ合衆国)
・ ストロイエ、コペンハーゲン(デンマーク)
078 インナー・ハーバー(メリーランド州、アメリカ合衆国)
131 スティーフン・アヴェニュー(カナダ)

このページのトップに戻る


ハイライフ研究所のメールマガジン
公益財団法人ハイライフ研究所のウェブページにアクセスくださりありがとうございます。
ハイライフ研究所では新しい報告書や連載記事、無料セミナーのご案内を毎月2回メールマガジンにて配信しております。ぜひ購読をご検討ください。無料お申し込みはこちらから。

国:アメリカ合衆国
州・県:カリフォルニア州
市町村:サンタモニカ