295 象の鼻パーク(日本)

295 象の鼻パーク

295 象の鼻パーク
295 象の鼻パーク
295 象の鼻パーク

295 象の鼻パーク
295 象の鼻パーク
295 象の鼻パーク

ストーリー:

 象の鼻パークは、横浜みなとみらい21地区計画の3街区にあり、横浜港の発祥の地につくられた公園である。1859年、この場所に東波止場と西波止場という二本の突堤がつくられたことで日本は開国する。そして、世界のモノや人、そして文化がこの場所から日本にもたらされて各地へと広がっていった。ここは長く港湾関係の施設として使われ、一般の人は立ち入りできなかったのだが、横浜港開港150周年に合わせて2009年に港湾緑地として整備され、誰もが憩える公園として生まれ変わった。
 象の鼻というのは、ここに設置された二つの突堤の一つが弓なりに延長され、防波堤を空から眺めると「象の鼻」の形にみえることからつけられた通称である。ただ、この象の鼻の形状は、その後、改変されていたのだが、この公園をつくるうえで、明治中期の「象の鼻」の形に復元させたのである。このような試みを行ったのは、横浜市がその土地の歴史性や象徴性を重要視した都市デザインを展開してきたからである。
 公園の設計者は公開プロポーザルコンペ方式が採られ、小泉雅生氏(現在、東京都立大学教授)のチームが選ばれた。小泉氏は、その提案について「横浜の原点を示すように、復元された象の鼻防波堤を取り囲み、大きなサークル状にスクリーンパネルと呼ばれる壁柱を配しました」と述べている。
 象の鼻パークの周辺は「象の鼻地区」と呼ばれ、みなとみらい21地区から山下公園を結ぶ水際線と日本大通りや大桟橋との接点となっており、横浜のウォーターフロントの核のような位置づけとなっている。
 パーク内には、展示機能も有している多目的レストハウス「象の鼻テラス」、野外ステージを併設した開放的な「開港の丘」、日本大通りから港を見渡せる「開港波止場」、横浜港が目の前に広がる「象の鼻防波堤」がある。ここの工事をしている時に発見された、明治時代の貨物線のターンテーブルの遺構や、開港初期の石積み防波堤の跡もしっかりと保全され、観察することができる。
 象の鼻パーク全体でのデータはないが、象の鼻テラスだけで、多い時は一日9,000人程度が訪れるという。2011年には「日本大通り」とのセットで都市景観大賞を受賞している。

キーワード:

歩道,プロムナード

象の鼻パークの基本情報:

  • 国/地域:日本
  • 州/県:神奈川県
  • 市町村:横浜市
  • 事業主体:横浜市
  • 事業主体の分類:自治体 
  • デザイナー、プランナー:小泉雅生
  • 開業年:2009

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 横浜市は日本で2番目の人口を誇る都市であるが、その歴史は浅い。そのような歴史の浅い都市にとって、この象の鼻パークの歴史的重要性は極めて大きい。ここは横浜港発祥の地、すなわち、横浜の発祥の場所である。
 横浜という都市の何が最も重要なアイデンティティかと問われたら、港と答える人がほとんどであろう。横浜村という小さな漁村が、日本の歴史にとって重要な役割を担うようになった契機は、1853年にアメリカ東インド艦隊司令長官のペリーが率いる軍艦が浦賀沖に現れたことによる。ペリーが翌年、再び現れると、江戸幕府は横浜にて応接し、ここで日米和親条約が締結される。そして、1859年に横浜は開港し、この時に象の鼻となる二本の突堤と外国人居留地を周辺に建設して貿易を開始する。これをきっかけに横浜市はどんどんと大きくなり、今では人口面では大阪市を抜いて日本で二番目に大きな自治体にまで成長した。
 しかし、このような経緯を辿った横浜市の歴史は非常に浅い。京都市や大阪市、奈良市といった平安時代からある程度、都市が形成されていたところとはもちろんだが、金沢市、仙台市、熊本市、松山市、新潟市といった江戸時代に都市として発展した城下町とも比較できない歴史の浅さである。この歴史の浅さは、横浜市の大きな弱みであり、それをしっかりと自覚をしていた同市は、そのアイデンティティをつくるために都市デザインに力を入れる。1960年代後半の飛鳥田市長時代に始まり、1971年には都市デザイン室を設置するが、これは日本で最初の都市デザイン部署であった。
 さて、ただ、都市デザインの対象として最も重要であるウォーターフロントは、港湾施設が集積し、山下公園など一部を除き、一般の人は出入りが禁止されていた。状況が大きく変わったのは、三菱重工業横浜造船所や旧国鉄操車場をはじめとした広大な港湾・業務関連施設を他所に移転させ、そこを再開発する計画が飛鳥田市長時代に策定されたからである。事業は1983年から開始され、その流れから象の鼻パークも実現される。
 そして、象の鼻パークは、横浜市の都市デザイン戦略としては、緑の軸線とウォーターフロントの軸線の結節点に位置づけられ、これらの軸線は象の鼻パークが整備されたことで完成した。都市デザインにおいての、場所と場所の接点を繋ぐことの重要性を、この象の鼻パークと横浜公園を結ぶ事業を例に示して説明してくれたのは、本データベースの動画シリーズに登壇してくれた横浜市立大学の鈴木伸治氏である。同動画では、象の鼻パークと日本大通りとを景観的に遮断していた建物を壊して、景観軸をつくったことを鈴木氏は紹介していたが、まさにそのような事業が、都市の魅力を高めることに繋がるのだ、ということを改めて知らしめる。都市デザインの力を思い知らされる事例であると考えられる。

【取材協力】
鈴木伸治教授(横浜市立大学)
鈴木伸治教授インタビュー(http://www.hilife.or.jp/cities/data.php?case_id=9009

【参考文献】
『都市デザイン横浜カタログ』横浜都市デザイン50周年事業実行委員会、横浜市都市整備局、2022

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