005 パイク・プレース・マーケット(アメリカ合衆国)

005 パイク・プレース・マーケット

005 パイク・プレース・マーケット
005 パイク・プレース・マーケット
005 パイク・プレース・マーケット

005 パイク・プレース・マーケット
005 パイク・プレース・マーケット
005 パイク・プレース・マーケット

ストーリー:

 シアトルの公設市場であるパイク・プレース・マーケットは、シアトルのまさに心臓ともいうべき中心地に位置している。公設市場で現在も営業しているものとしては、アメリカでも最も古いものの一つであり、1907年に設置された。アンティーク・ショップ、工芸品店、コミック・ブックや切手・コインなどの収集家向けの店、マリファナ用品店(マリファナなではない)、そしてチェーンではない家族経営のレストラン、魚屋、八百屋などがテナントとして主に入っている。また、地元の農家、漁師が販売する空間も確保されている。これらは、一日賃貸料を払うことで利用できる。工芸家や農家、漁師など、その商品の「生産者が見える」というコンセプトをいち早く打ち出したことでも知られる。
 このマーケットは1973年以来、パイク・プレース・マーケット保全・開発公社という準公共体が管理しており、テナントなどもここが決めている。同公社はワシントン州によって、その役割等が定められている。そのため、利益重視というよりかは、このパイク・プレース・マーケットらしさを維持するための店舗に入ってもらうことを留意している。パイク・プレース・マーケットには、この保全・開発公社とは別に後援団体(constituency)もあり、歴史的マーケット委員会というものも存在する。この委員会は「シアトルの魂」としての、パイク・プレース・マーケットの空間的そして社会的特徴を維持することを目的としている。
 このようなセンス・オブ・プレイスを維持する努力がされていることもあり、パイク・プレース・マーケットはシアトルという都市のアイデンティティを体現するような場所となっている。これは観光客にとっては大いに魅力的な場所となっていると同時に、地元住民にとっては地産地消の機会を提供する市場としても機能している。公共空間としては、立地といい、その管理といい、一つのモデルとなるような場所であると思われる。シアトル発祥のチェーン店としては、スターバックスが有名であるが、このスターバックス第一号店は、このパイク・プレース・マーケットにある。スターバックスというプレイスレス(場所性のなさ)の象徴でもあるチェーン店も、シアトル市ではシアトルの象徴として捉えることができるのである。年間訪問客1000万人を数える観光地であると同時に、地元住民にも慕われるシアトルという都市の個性を構成する魅力溢れる公共空間である。

キーワード:

歴史保全,市場,アイデンティティ

パイク・プレース・マーケットの基本情報:

  • 国/地域:アメリカ合衆国
  • 州/県:ワシントン州
  • 市町村:シアトル市
  • 事業主体:パイク・プレース・マーケット保全・開発公社、歴史的委員会
  • 事業主体の分類:準公共団体 
  • デザイナー、プランナー:Frank Goodwin
  • 開業年:1907

ロケーション:

都市の鍼治療としてのポイント:

 レルネル氏も著書「都市の鍼治療」には、多くの市場が紹介されていた。バルセロナのボケリオ市場、東京の築地市場など、公設市場が都市の魅力を高める効用を評価していた。公設市場は、都市の鍼治療的に捉えると極めて重要な「ツボ」なのである。
 アメリカの多くのファーマーズ・マーケットは、1940年代の中頃から、冷蔵庫やセロハン紙の発明、そして、それらの効用を活かしたスーパーマーケットという新しい流通形態の出現によって、その多くが廃業に追い込まれてしまった。
 パイク・プレース・マーケットも、1960年代に「荒廃している市場」というレッテルを張られ、都市再開発事業の一環として、取り壊されることが決まった。しかし、建築家ヴィクター・シュタインブリュック(Victor Steinbrueck)氏が中心となり、シアトル市民は反対運動を展開するためのフレンズ・オブ・マーケット(Friends of Market)というグループを結成する。この市民グループは5万人の署名を集め、計画の中止を呼びかけ、これがきっかけとなり、その再開発事業の是非は市民投票に委ねられた。その結果、反対運動を展開していた市民グループが勝利し、マーケットの取り壊しは中止された。
 パイク・プレース・マーケットを、シアトルが象徴するような公共的な空間としているのは、立地、地域性のあるテナント・ミックスだけでなく、それを保全して守ろうとした市民の情熱があるからだろう。そこは、観光客と地元住民が共存できる希有な施設である。
 レルネル氏は『都市の鍼治療』で次のように述べている。
「我々は皆、ほとんど同じようなものばかり見させられることに嫌気がさしている。ショッピング・モールは我々を都心から遠ざけさせる。しかし、そのショッピング・モールはどこも同じようなもので、自分がどの都市にいるのかも分からない。
 ショッピング・モールとは違い、市場はいつでもその都市のランドマークであり象徴であった」。
 そして、パリがヴィクトル・バルタールのレ・アル市場を壊したことで、「多大なものを失い」、その損失を補うための試みは「すべて失敗した」と嘆く。シアトルはパリのような失敗を回避したのである。
 このパイク・プレース・マーケットがなければシアトルという都市はずっと凡庸になっているであろう。それを再開発事業から守り、その個性を保全し続けようとしている姿勢。まさに、素晴らしい都市の鍼治療であると考えられる。
 最後にまたレルネル氏の『鍼治療』から引用させてもらう。
「市場はその存在そのものが鍼治療である。それは、都市のアイデンティティに対する鍼治療なのである。それは、多くの都市がアイデンティティを失う危機に直面している時、極めて有効な鍼治療となるであろう」。パイク・プレース・マーケットはまさに、その好例である。

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