共創する都市、エスポー

2022年12月9日/執筆:森一貴(フィンランド・エスポー市在住)

エスポー市ケラ地区にある旧物流倉庫(筆者撮影)

エスポー市はヘルシンキに隣接する、人口約30万人のフィンランド第二の都市だ。ノキアなどの大企業やアアルト大学、国立技術センターVTTなどが拠点を構え、スタートアップも集積するなど、欧州有数のイノベーション都市として知られる。一方、エスポー市は市になってからまだたった50年と、欧州では比較的若い都市のひとつだ。人口はここ10年で約25%増加し、2035年までに人口の3割が外国語話者になるとの予測もある。急激な成長と変化と向き合うこのまちでは、いまも都市のそこかしこで重機が忙しなく動く。

そんなエスポー市が強力に推進するのが、住民を中心に据えた「共創」だ。2011年にエスポー市長に就任したユッカ・マケラは、よくこう述べる。

「我々は、何においても成功できると信じています―人々が参加する限り。」(The City of Espoo, 2021)

彼がリーダーシップを持って進める共創の取り組みは、着実に実を結んでいる。事実、エスポーは「欧州で最も持続可能な都市(2016年・2017年ティルバーグ大学調査)」や「最もインテリジェントな都市(インテリジェント・コミュニティ・アワード2018)」などに選ばれている。

しかしながらエスポー市の取り組みの実態は、よく理解されていないのが現状だ。それもそのはず、彼らにとって共創とは市民や企業が中心となることを意味し、市はむしろ徹底して「黒子」の役割を演じてきたからだ。この記事では、その「共創」の実態に焦点をあて、彼らがどんなことに取り組んでいるのかを明らかにする。

City as a Service / サービスとしての都市

エスポー市が主催するタウンホールミーティング。Iso Omena(後述)を舞台に実施された(筆者撮影)

エスポー市の「共創」は、市民に向けたパフォーマンスではなく、市政運営の中心に据えられている。だからこそ目に見える断片を拾い集めても、全体像を捉えることは難しい。

端的に言えば、エスポー市が取り組んできたのは、市役所の「存在意義の転換」だ。彼らにとって行政は、適切にサービスを生み出し市民に届けるだけでなく、市民や企業が彼ら自身で求めるサービスを生み出す、そのための舞台や環境を整える役割を担っているのだ。

当然のことながらエスポー市も長らく、従来の行政の役割を全うしてきた。しかしエスポーが社会の変化のなかで直面したのが、それを実現するナレッジやリソースの圧倒的な不足だった。人口と移民の急増、少子化の進展。社会変動と相対するなかでエスポー市が悟ったのが、「自分たちだけでは、全てを理解することも、全てを提供することもできない」ということだった。

文化ディレクターのスザンナ・トンミラ(筆者撮影)

文化ディレクターのスザンナ・トンミラは、若者に触れてこう述べる。

「2030年のエスポーに住む未来の市民がどのようなサービスを望んでいるのか、私たちにはわからない。そのことを認識することが最も重要なことだと思うのです。だから、彼らと話をする必要があるのです。例え、彼らがどんなに若くても」。

しかしこの難題に向き合うとき、都市は一体何をすべきなのだろう?これに応えるのが、エスポー市が取り組んできた「City as a Service(サービスとしての都市)」というコンセプトだ。これはヴァルゴとラッシュのサービス・ドミナント・ロジックや、ガバナンス領域におけるNew Public Governanceへの変遷などいくつかの議論を踏まえるが、エスポー市の立場に翻訳すれば、ここでのポイントは二つある。

まずひとつは、市民を中心に置くということ。どんなに良さそうに見えるサービスでも、それが市民にとって喜ばれなければ意味がない。だからこそエスポー市は、プロセスに市民を巻き込むということが必要不可欠だと考えた。この市民中心の発想は市の組織構造にも影響を与える。縦割りの組織の先に市民がいるのではなく、市民のために行政がある。だから彼らは、市民にとって必要なら、市の組織自体を組み替えることも厭わないのだ。事実、エスポー市では近年、部署横断型のプログラムがいくつも編成されている。

二つ目のポイントは、必ずしもエスポー市自体がサービスを開発・提供する必要はないということ。むしろ市民の生活は、多様な公共機関や民間企業、あるいは住民団体など、多様な組織が提供するサービスが折り重なりあうようにして成立している。それを前提に考えれば、実はそのサービスを誰がつくるかは問題ではないのだ。これを踏まえてエスポー市が選択したのが、「都市のアクターが自分たち自身で、目指す未来を生み出していく」ことを後押しする、都市の「イネーブラ(enabler)」としての役割だった。

このコンセプトを実現するため、エスポー市は、彼らの持つ資源―空間やデータや関係性―を都市のアクターにひらき、共創のメソッドやツールを用いて、都市の多様なアクターによる共創を支援している。そうすれば、市民や企業、団体、大学などはそれらを活用して、より良い生活やサービスを自分たちで生み出していくことができるはずだ。それが彼らの言う「共創」の推進なのだ。

エスポー市は都市アクターとして図のようなアクターを定義し、五重螺旋モデルを唱える(パイヴィ・スティネン氏提供)

City as a Serviceのコンセプト開発を牽引してきたのは、市長室直下に設立された「サービス開発ユニット」だ。ディレクターのパイヴィ・スティネンは、私たちはサービスそのものは開発していないんですが、と笑う。

「私たちの役割は、サービスの共創を促進するために、都市の全てのステークホルダーにドアを開くことにあります。さらに彼らのあいだを橋渡しし、全てのステークホルダーがポジティブなインパクトを与えられるのだと、証明しようとしているのです」。

しかしながら問題は、これらが実際、どのように実装されているのか、ということだ。ここからは学習環境の共創、サービスセンターの共創、ケラ地区における共創の三つの事例を取り上げ、エスポー市の具体的な取り組みに目を向ける。

(前回の記事で取り上げたアアルト大学を中心とするイノベーションエコシステムも、エスポー市にとっては以下の取り組みを実質化していく上で極めて重要なものだ。あわせて読んでいただきたい。)

Case1: KYKY / 都市にひらかれた学校

「学校に、本当に建物は必要だろうか?」

市民に教育が届くこと、を中心に据えると、そんな問いが浮かび上がる。都市にある多様な空きスペースをシェアしながら、教育を提供できないか。

日本ではほとんど妄想のようにすら聞こえる、このコンセプトを実現した学校がエスポー市にある。アアルト大学の敷地内にある、ハウキラハティ高校だ。高校のメインビルディングはラウンジなど一部のコア機能だけを有する。高校生たちは体育は大学併設のジムを使い、物理や化学は大学の研究室で授業を受け、ランチは近くにある企業のランチスペースを活用するという。

ハウキラハティ高校(出典:School as a Service

このSchool as a Service(SaaS)プロジェクトの発端は2014年、エスポー市が立ち上げた「柔軟な学習環境(Joustavat Oppimisen Tilat – JOT)」という研究プロジェクトに遡る。

偶然このとき、建替の時期にあったとある中学校が、アアルト大学敷地内に仮設コンテナを建てて学校を運営していた。研究に参加していたアアルト大学建築学部のGroup Xはこれに目をつけ、この中学校を舞台に、未来の学校のあり方を模索するリサーチを実施。提案されたのが、コアスペースとオンデマンドで利用できる分散スペースからなるパイロットモデルだった。エスポー市はこれに合意。2016年、ついにハウキラハティ高校がアアルト大学のキャンパス内に移転した。

School as a Serviceのサービスコンセプト(出典:The School as a Service

当然この実験は、単に空間だけではうまくいかない。ばらばらに動く学生が時間割や場所を適切に把握するために、適切なオンラインプラットフォームの開発が不可欠だった。さらに高校と大学とが場所を共用するため、柔軟なスペース管理システムも開発された。これら、ハードからソフトまでを横断する統合的な開発がプロジェクトを成功に導き、実際の効果として年間の節約額は35%増加、高校の志願者は150%増加。このプロジェクトは現在、アアルト大学エリアに3つの高校と1つの小学校を擁する、大規模なプロジェクトへと発展しつつある。

この事例はまさに、市、大学、高校およびサービス提供事業者らが協働して都市の空間リソースを活用した、共創の好例だといえる。しかしこれだけに留まらず、エスポー市はさらに「学校というリソースをひらくこと」に取り組んだ。エスポー市はハウキラハティ高校の移転を契機に、学校と外部組織が共創するための方法論を開発。それが学校-企業協働加速プロジェクト「KYKY」だ。

教育に介入したいという企業や組織は数多いが、プライバシーの問題や、既存の学校・教育委員会の抵抗感から、新たな事業の実施は必ずしも簡単ではない。そこでエスポー市は、学校を市民(生徒や先生)と企業が共創するリビングラボとして捉え、新たなモデルを開発。より簡潔なプロセスと契約で、企業と学校が実験に取り組めるモデルを開発したのである。

KYKYのモデル。(出典:KYKY Co-creation By schools and Companies

2015年に取り組まれたMightifierというプロジェクトはその一例だ。Mightifierの目的は、子ども同士の相互フィードバックを促進するアプリを開発することだった。彼らは実際に学校を訪れ、生徒たちにアプリを使ってもらいフィードバックを獲得。それをもとに、カラフルな色を取り入れたり、新キャラクターを開発したりした。

現場で子どもたちと共創に取り組んだという事実は、特にスタートアップ期の教育系サービスにとって何より重要だ。実際Mightifierのメルヴィは、KYKYプロジェクトをきっかけに、次々に実証実験に取り組むパートナーを発見することに成功したという。

「この共創のおかげで、私たちの研究開発プランは次の10年間、いうなれば満杯になったのです。」(The City of Espoo, 2016)

Mightifierの実験風景(出典:KYKY Co-creation By schools and Companies

これはまた同時に、子どもたちにとっても有益だ。ロールモデルに出会う機会であり、また最先端のツールや機器にふれる機会でもある。

ここで何より重要なのは、生徒たちの声は単なる参考意見ではなく、変化を生み出す声だということだ。KYKYに持ち込まれる製品はほとんどの場合、主にパイロット段階にある。だからこそ生徒たちの声は、製品開発に反映されやすい―いまでもMightifierの商品開発計画には、最初期に生徒たちから耳にしたアイディアが反映されているという。

まさにこの、学校を企業にひらくこと、そのためのハードルを取り除き、アクター同士をつないでいくこと。これこそが「共創」を掲げるエスポーが、10年かけて取り組んできたことなのだ。

Case2: Iso Omena / 市民中心のサービスセンターとリビングラボ

ショピングモール内にあるIso Omenaサービスセンター(筆者撮影)

マティンキュラ駅直結の大規模ショッピングモール・Iso Omena(イソオメナ)。ここはスーパーマーケットや美容室、カフェ、マリメッコやH&Mなどのブランド店まで約200店舗ほどを擁する、周辺住民の日々を支える一大拠点だ。

2016年、このショッピングモールの3階に誕生したのが、Iso Omenaサービスセンターである。図書館、ユースセンター yESBOx、ヘルスセンター、産婦人科および子どもヘルスクリニック、市民サービス、精神疾患・薬物関連のカウンセリングサービス、社会保険サービス Kela、HUS研究所、HUSイメージング(超音波検査など)、文化・芸術集会所のコタモ……ここには全10の公共サービスが集積する。

それだけではない。例えば図書館スペースでは映画やゲームなども借りて遊べるほか、Pajaと呼ばれる3Dプリンターなどが用意されたワークショップスペースや、マイクやベースなどを完備した音楽スタジオ、ミーティングルーム、幼児が遊べるスペース、学習スペースなども揃う。ユースセンターの一部であるVOXと呼ばれるスペースは、13歳から29歳までの若者限定。ゲームなどで遊べることはもちろん、秘密厳守で生活問題のアドバイスやサポートも受けられる。

エントランスに立つと、次々に年齢も国籍も多様な人々が訪れる。幼児が遊んでいる横のミーティングルームでは、アジア系の高校生らしき学生がミーティングルームを借りて談笑している。青少年限定スペースをちらりとのぞけば、ソファなどが置かれ、スタッフと若者がリラックスした様子で声を交わす。ワークショップスペースではスタッフの手助けなしに子どもたちが3Dプリンタを利用しているのも見て取れ、盛んに利用されていることが伺えた。

サービスセンターには、3Dプリンターなども併設されている(筆者撮影)

このような、複数のサービスが統合された空間が生まれた背景には、公共サービスが分断され、市民がたらい回しにされている現状への課題意識がある。「日々のサービスを、ひとつの場所で(the City of Espoo, 2017)」。解決策のアプローチは、極めてシンプルだ。

しかし、公共サービス縦割り化の解消は「言うは易し、行うは難し」の典型例だと言ってもいい。そもそも駅直結の大規模商業施設に公共施設が入っているケース自体珍しいというのに、Iso Omenaサービスセンターではそれに加えて、図書館、ヘルスケア、雇用支援など、完全に所管の異なる公共サービスが、物理的な壁なしにシームレスなサービスを提供しているのだ。

エスポー市はこの実現のため、マネジメントのシステム構築から現場でのサービス提供ガイド作成に至るまで、ゼロからサービスを構築してきた。市民を中心に、と口で言うのは簡単だ。しかしIso Omenaサービスセンターは、官民セクター双方の垣根を大きく飛び超えながら市民中心を真の意味で実装した、世界にも類のない取り組みだといえるだろう。

エスポー市はさらに、この多様な人々が訪れるIso Omenaをリビングラボとして位置付け、市民や企業との共創を促進してきた。

例えばそのうちのひとつが、Future Dialog社とのアプリ開発のプロジェクトだ。これは2016年から2017年にかけて、Digiagendaと呼ばれる実験プログラムの一貫で実施されたもの。Iso Omenaのような複数のアクターがサービスを提供する環境下で、どのようにフィードバックやコミュニケーションを機能させられるかをテストする試みだったという。Future Dialog社は、エスポー市とサービスセンターアプリを協働開発。利用者にアンケートに答えてもらうほか、サービスの情報提供などを実施した。このプロジェクトではさらに、ラウレア応用科学大学の学生が協働でコンテンツ制作およびテストを実施。来場者のアプリダウンロードの支援や質問結果の分析にも取り組み、実験を通じて5,000以上の回答が寄せられた。実験の結果を踏まえ、実際のアプリ開発は行われなかったものの、実験結果はIso Omenaにおける顧客コミュニケーションおよびサービス開発に影響を与えたという。

Case3: 変貌するケラ地区

最後に、14,000人の人口を抱える先進地区を目指して急激な変貌を遂げるケラ地区(Kera district)の事例を取り上げよう。ケラ地区はヘルシンキから約20分、現在は物流倉庫が集積する工業エリアだ。駅を降りると、ここが本当に話題のエリアなのか?と目を疑う光景が広がる。駅周辺には落書きまみれの倉庫跡地が放置され、歩く人影もない。しかしこのエリアこそが、エスポー市がサーキュラーエコノミーや5Gプロジェクトを推進する、そのケラ地区なのだ。

北から見たケラ地区の開発予想図。画像中央には鉄道が走り、その上下にメインの開発区域が広がる。下部にあるビル群は、ノキアのヘッドクォーターだ(出典:Karapelto
現在のケラ地区(上が北)。下部にあるのがケラホール。(出典:Karapelto

ここは全230ヘクタールにわたる地域基本計画における中心地で、計画対象区域全体で現在約1,000人の居住者、9,300の雇用、240のオフィスを有する。このエリアには2035年までに1,000千平米を超える床面積が生み出され、そのうち700千平米が新たな住民のための床になる。約14,000人の居住者、約10,000の雇用を見込んでいるという。現在、ケラ地区は開発計画が承認され、開発がはじまろうとする真っ只中にある。

都市計画に並走する持続可能な都市を目指す「Smart and Clean Kera」プロジェクトのロードマップ。(出典:The future of Kera

Keraに課された使命は、循環型経済の国際的なモデル地域の開発だ。カーボンニュートラルなソリューションの実装、5G技術による新しいモビリティ・ソリューション開発などが進む。エリアには商業サービスに加えて、幼稚園や学校、スポーツ施設なども設置される予定だ。

ケラ地区のプログラムは2019年、エスポー市の部署横断による「持続可能なエスポー開発プログラム」に位置付けられてスタートした。

ケラで走るプロジェクト群はデジタリゼーションの推進、サーキュラー・エコノミー、持続可能な建設、バイオダイバーシティ、アートプロジェクトなど幅広いが、印象的なのは企業群との実証実験に絡んだプロジェクト群だ。そのうちのひとつが、ノキアが主導するLuxTurrim5Gエコシステムの開発である。5Gを実装したスマートポール(スマート電灯)のカメラやセンサーを通じてデータを収集し、セキュリティ監視や自動運転車のリモートコントロールなどに利用するための実験を進めているという。また、自動運転技術の新興企業・Sensible4は、MUJIの自動運転シャトルバス「GACHA」を用いて試験運用を行う。

ケラホールに設置されている、ノキアの実証実験のモックアップ。(筆者撮影)

加えてケラ地区では、市民との連携も重要なポイントだ。2020年には、ケラ地区にある旧物流倉庫・ケラホール(Keran Hallit)を地域の芸術団体・Kera-kollektiiviに開放。ホールの運営や、アーバンガーデニング、音楽イベントなどに取り組んだ。現在はその活動は終了したが、今も壁面には80人のアーティストの作品が残る。2022年夏には、ホールのエントランスが市民に開放され、封鎖しない限り「誰にも許可を求めることなく、ピクニックや誕生日パーティーを開くことができる(The City of Espoo, 2022)」という。

旧物流倉庫だったケラホール(筆者撮影)
2022年夏にはケラ・ホールのエントランスが市民に開放された(出典:Street of the future opened at Keran Hallit

現在、ケラホールはパドルやアイスホッケー、スケートボードなどのためのスポーツ施設として運営されるほか、ブルワリーも併設されて賑わいを見せる。スケートボードの施設には子どもたちが集い、スタッフと楽しそうに会話を交わす。

このような多様な関係性が育まれるキーは、市の都市計画部門に所属するプロジェクトディレクター、ペッカ・ヴィックラの存在だ。ケラ地区で走るプロジェクトは、行政の部署をまたがって並走する。ディレクターはこれらプロジェクトに対し予算も責任も持たないが、多様な企業や組織、市民とコミュニケートし続けるという役割を担うという。いわば彼らの仕事は、地域に関わるアクターの関係性を縫うことなのだ。

例えば上述した芸術プロジェクトは主に文化部の管轄下にあり、さらにその舞台となった旧物流倉庫は市所有のものですらないという。部署や官民の境界を超えた協働こそ、まさにディレクターが縦横無尽に緊密なコミュニケーションを取り続けてきた結果だといえる。ペッカ・ヴィックラは言う。

「ケラ地区において特別なことは、土地が市所有のものではないということです。それは自分たち自身で困難を課しているようなものだといえます。しかし喜ばしいことに、これによって企業や住民、労働者らとの広範な協力が可能になったのです。」(Keran alueen esittely (KIEPPI hanke)

信頼を通じて、都市を「ひらく」

ここまでの事例をまとめよう。エスポーは官と民、あるいは行政組織のあいだのサイロを乗り越えて実際に共創を旗振りし、分散型の学校開発や、10の機能が一箇所に集うサービスセンター開発など、先進的な事例を生み出してきた。これだけを見ても、行政施策として十分に興味深いアプローチを提示していることは明らかだ。

これに加えてさらにエスポー市は、それら学校や再開発地区などの都市のリソースを、都市アクターに積極的にひらいてきた。こうすることで市民や企業、研究機関などが、重なりあいながら多様なサービスを生み出していくことができる。そのための下地を整え、仕組みを作り、組織をいざない、実験に伴走すること。これこそがエスポー市が取り組んできたことなのだ。

とはいえ現実問題、都市のリソースをひらくことと、そこに実際にアクターがアクセスできること、巻き込まれることとのあいだには雲泥の差があるはずだ。エスポー市は、どのように彼らを巻き込んできたのだろうか? 前述のサービス開発ユニットのパイヴィに話を聞くと、「私は、共創のコアは信頼だと信じています」と語気を強める。

エスポー市サービス開発ユニットのパイヴィ・スティネン。彼女の肩書は「City as a Service開発ディレクター」だ(筆者撮影)

「信頼、透明性、公平性が重要なのです。だからこそ私たちは電話一本で連絡しあい悩みを相談できますし、またこの信頼があってこそ、エスポー市ならなにかできるかもしれない、と企業からも連絡が入るようになるのです。」

信頼、と彼らはシンプルに言うが、その取り組みを聞くと、その「信頼」を構築するための姿勢に驚かされる。

例えば彼らは、Digiagendaなどのプログラムを通じて、実際にテーマを設定し予算も携え、公募を通じて多様な企業を巻き込んできた。さらにスタートアップエコシステムやノキアなどの大企業、大学、研究機関のそれぞれと深い関係性を構築・維持しており、このチャネルを通じてさまざまな企業を巻き込むことができる。

加えて、彼らの共創への伴走体制は徹底したものだ。彼らはさまざまな部署のリーダーらとも相談しあえる体制を築いており、都市のアクターらの共創において市の調達や法、規制などがハードルになってしまうようなら、組織内のネットワークを生かして、その枠組みすら変えていってしまうというのである。このことは、KYKYプロジェクトで見た通りだ。

このような徹底した伴走体制は、共創が表面的なものではなく、市戦略の中心に位置付けられているからこそ可能になっている。エスポー市の市戦略「エスポーストーリー(Espoo Tarina)」には「エスポーは、住民および顧客志向です」と、極めて明確に記されている。だからこそパイヴィをはじめ市役所職員らは、「市民中心」を単なるバズワードとしてではなく、本当に現実のものに変えていくことができるのだ。

終わりに

最後に、エスポー市の共創をやや広い視点で振り返ろう。

本記事で取り上げた事例の多くは、主にEUや国が資金拠出した「6Aikaプロジェクト」で推進されてきたものだ。このプロジェクトはフィンランドの六大都市が連携してスマートシティなどの取り組みを推進することを目的としたもので、相当な予算をかけて実験やモデル開発が行われたほか、参加都市のあいだでも豊かに知見がシェアされた。例えば本記事で言及した「Digiagenda」は、ヘルシンキ市(Forum Virum Helsinki)が開発した、実環境かつ短期間での実験を通じてサービス開発を実施する「アジャイルパイロット」というメソッドをもとに実施されている。いわば彼らの取り組みもまた、市域を超えた共創に支えられてきたものなのだ。

しかし、この6Aikaも終わりを迎え、エスポー市は新たな打ち手を必要としている。そこで現在サービス開発ユニットは、エスポー市のリーダー層を対象とした「インパクトリーダーシップモデル」の開発に取り組んでいる。まだまだモデルは発展途上だというが、これまでの短期的KPIによる評価ではなく、市戦略に基づく長期的なビジョンを中心に置き、そこからバックキャスティングに評価指標を設定するモデルを検討しているという。彼らはこれを通じて、組織のリーダー全体の振る舞いを変えていこうとしているのだ。エスポー市における「共創」はいまや、一部のチームにおける実験としての位置付けを超えて、組織全体に実質化する段階に差し掛かりつつある。

共創。参加。信頼。

多くのエスポー市職員と会話をしたが、彼らの姿勢は、力強く明確だ。エスポー市も極めて多数の職員を抱える市役所であり、縦割りの問題や、共創や参加の認識の違いなど、問題が完全に解消されているとはいいがたい。しかしここまで見てきたとおり、市役所のなかには着実に、深い深い変化が形成されつつある。このまちで都市のアクターたちが共創していく未来は、きっと明るい。

参考文献

はじめに

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Case3: 変貌するケラ地区

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https://static.espoo.fi/cdn/ff/-lnqHbGIxLUCsqN8QJg9fRWgrgkEt3HgVka3pSMXjno/1638276098/public/2021-11/Digiagendan_loppuraportti_FI_saavutettava_0.pdf

終わりに

6Aika. (n.d.). Kaupunkien aika: Kuutoskaupunkien yhteinen kehittäminen 6Aika-strategiassa(都市の時間:6Aika戦略における6都市の共同開発).
https://drive.google.com/file/d/12FgPtV-cS3TpDCBCR_Ys8OEV3KE4vrX4/view

Spilling, K., Rinne, J., & Hämäläinen, M. (2019). Agile piloting for smarter cities: 3 cases of engaging ecosystems and communities in co-creation. In Proceedings of the OpenLivingLab Days Conference. Co-creating Innovation: Scaling-up from Local to Global. Brussels: European Network of Living Labs (pp. 28-40).
https://www.researchgate.net/profile/Matti-Haemaelaeinen-5/publication/335792186_Agile_piloting_for_smarter_cities_3_cases_of_engaging_ecosystems_and_communities_in_co-creation/links/5d7b906ba6fdcc2f0f6068df/Agile-piloting-for-smarter-cities-3-cases-of-engaging-ecosystems-and-communities-in-co-creation.pdf

Spilling, K. & Rinne, J. (2020). Pocket Book for Agile Piloting: Facilitating co-creative experimentation. Forum Virium Helsinki. 
https://forumvirium.fi/en/projects/the-pocket-book-for-agile-piloting/

Sutinen, P. (2021, December 9). Smart and Resilient Espoo 2021 12-09.
https://www.slideshare.net/PiviSutinen/smart-and-resilient-espoo-2021-1209

“森一貴

森一貴 Mori Kazuki
プロジェクトマネージャー 山形県出身。東京大学卒業後、アビームコンサルティングでの勤務および福井県鯖江市での活動を経て、現在フィンランド・アアルト大学Collaborative and Industrial Design修士プログラム在籍。Design for Social Innovation論に立脚しつつ、人々が関係しあいながら、まちに変容が生まれていくためのデザインを探究する。鯖江市にてシェアハウスを運営。職人に出会い、ものづくりを知る、福井のものづくりの祭典「RENEW」元事務局長。半年間家賃無料でゆるく住んでみる「ゆるい移住全国版」プロデューサー。

企画・構成:紫牟田伸子(Future Research Institute)