スマートシティ・ディジョン

人口26万人の広域自治体行政連合で統括的な都市マネジメント

2022年9月30日/執筆:ヴァンソン藤井由実(フランス在住)

写真1 : On Dijonコントロールセンター。左手が都市運営管理部門、右手が公共交通管理 ©VINCENT-FUJII Yumi

地方自治体が政策主体となるスマートシティの実現

フランスではスマートシティを、「コネクトされたインテリジェントな都市」(Ville intelligente connectée)と表現し、情報通信技術(ICT)を利用して、都市サービスの質を向上させ、そのコスト削減を試みるプロジェクトと捉えている。地方自治体がイニシアティヴを取り、地域の活性化や安全など都市における課題解決に向けて、防災、観光、交通、エネルギー、環境など都市マネジメントの観点からスマートシティ化を進めている[図1]。具体的には、交通、輸送システム、発電所、情報システム、学校・図書館・病院などの公共建造物や、水供給ネットワーク、廃棄物処理などの監視・管理を自治体が一元的に行い、都市の危機管理マネジメントとしても機能する。究極の目的は自治体と市民とのつながりの強化であり、そのために、地域の魅力の確保、新しいサービスの開発、持続可能なアプローチの実施を試みている[図2]。フランスの地方都市ディジョンにおける、スマートシティ構想実現の様子を紹介する。

図1 : フランスのスマートシティのステークホルダー(Ministère de l’économie, des Finances et de la Relance 2021年発表のレポートを元に筆者が再編集)
図2 :フランスのスマートシティ構想の対象プロジェクト(Ministère de l’économie, des Finances et de la Relance 2021年発表のレポートを元に筆者が再編集)

フランス初の総合型スマートシティを実現したのは、人口約26万人のディジョンメトロポール

日本では水害危機対策を中心として高松市や、都市レジリエンスを目的として富山市など、幾つかの都市がスマートシティの社会実験を行っている。フランスでは約40の地方自治体で、行政業務のデジタル処理を中心とするスマートシティプロジェクトが稼働している。パリ市では水道管理、モンペリエ市では土壌に湿度センサーを設置して、必要性に応じて公園や道路の植栽物への給水量を調整するなどテーマを絞っている。その中でも、大都市圏統合型スマートシティ構想を具体化したのは、人口26万人の広域自治体行政連合、ディジョンメトロポール(Dijon Métropole。徴税権があり独自の財源、議会と行政機能を持つ)[図3]である。その中核都市の人口15万人のディジョン市はフレンチマスタードで有名だが、周辺の23のコミューン(フランスの最小行政単位。市町村の区別はない。本稿では市と表現する)と人口約25万4千人のメトロポールを構成して、都市、交通計画など主な都市運営を共有している。コートドール県(Département Côte d’Or:黄金の渓谷という意味)に位置し、その名が示すようにフランスを代表する高級ワインの産地でもある。人口25~26万人は、下関市、函館市、徳島市と同程度で、東京渋谷区の人口が24万人強である。

フランスでは地方都市の首長の兼職が可能なので、市長が上院(日本の参議院にあたる)に議席を持つ、あるいは中央政府で閣僚として活躍することは珍しくない。2001年から4期目のラブサメン(François Rebsamen)ディジョン市長もその例外ではなく、2014年から2015年まで労働大臣であった。ラブサメン氏は同じく4期にわたりディジョンメトロポールの議長でもあり、2008年にLRT導入を議会で提案し、2012年には2系統約20Kmを開通させた。そして2015年に、ディジョン・スマートシティプログラムOn Dijonを発表した。

図3 : ブルゴーニュ・フランシュコンテ州、コートドール県庁所在地のディジョン市。パリから310Km南、リヨンから190Km北に位置する。

On Dijonスマートシティ構想のビジネスモデル

On Dijonスマートシティプロジェクトを担当するディジョン市の副市長及びメトロポール議会議員であるアモー氏(Denis Hameau)[写真2]は、2010年代に議長に構想を提案した当事者である。発想の原点は、いたってシンプルである。当時メトロポールのエリアにおける照明に年間600万ユーロ(約8億4千万円。以下1ユーロ140円とする。)の出費があり、システム代替えなど特別な措置を実施せずとも、10年間で照明だけでも6,000万ユーロ予算が必要になる。そこで6,000万ユーロの予算で自治体で何が出来るか調査を始め、たとえば当時の照明分野での世界基準のバルセロナに問い合わせた。また都市管理の各部署間での相互連絡や情報共有が不十分であったことを反省して、都市防犯対策なども含めた全体的な都市管理を見直し、シカゴなどにもコンタクトした。

写真2 :On Dijonプロジェクト起草者のアモー議員 ©VINCENT-FUJII Yumi

その上で、2015年にメトロポールが政策主体となり、都市データを活用しコネクトされた都市運営が可能となるスマートシティプロジェクトについて、一般企業に入札をかけた。応募する企業群には、まずは自治体警察、防犯、災害、交通、雪対策をまとめるシステムとその総合制御センター(以下、コントロールセンターと記す)の樹立と、市民への行政サービスの対応の一括化を課題として与えた。2年後に応札したのは、大手通信・建築・不動産企業ブイグを代表とする4社から成るコンソーシアムであった。フランス電力会社EDFの子会社シテラムは照明システムを、水と廃棄物処理事業でフランスを代表する企業スエズは市民サービスへの統合化のコンセプトとその実現、欧州最大のコンサルティング企業であるキャップジェミニは、センシング機能を添えたコントロールセンターのプラットフォーム構築と、都市運営に関わるそれぞれの企業がそのノウハウを供給しシステムを構築した[図4]。

EUが第7次研究枠組計画におけるICTプロジェクトとして、3億ユーロの予算の下、2011年から5年計画で次世代インターネット官民連携プログラム(FI-PPP)を実施したことも後押しとなった。そのプログラムの一つであるFI-COREプロジェクトで開発された、オープンソースソフトウエアがFIWAREである。スマートシティに適したデータ管理・共有機能や、IoTデバイス管理、セキュリティなどの機能を提供する複数のソフトウエアモジュールで構成されており、スマートシティの情報基盤として「都市OS」となる。IoT技術などを活用して収集したさまざまな分野・領域のデータ(防災、観光、交通、エネルギー、環境など)をクラウド上で蓄積し、共有・分析・加工して、行政や市民に必要な情報を提供するサービスであり、ディジョンを含めて欧州を中心とした多数の都市や企業でスマートシティを実現するシステムに活用されている。

2018年2月にはブイグをリーダーとするコンソーシアムと自治体は、システムの実現、操業、メンテナンスを含む1億500万ユーロ(約147億円)のグローバル・パフォーマンス12年契約(Contrat de réalisation et d’exploitation et de  maintenance )を締結した。そのうち5,300万ユーロはディジョンメトロポール、ディジョン市、ブルゴーニュ・フランシュ・コンテ州、欧州地域開発基金などの公的機関が出資した。またここで興味深いのは、一貫してコンソーシアムに対応した行政の窓口である事業部は、「公共空間及び市民の生活環境部」の「防犯、交通コーディーネーション課」のスタッフであったことだ。デジタル事業部でもなく、スマートシティ事業部を新しく立ち上げたわけでもない。スマートシティが、あくまでも市民生活の利便性を高める目的での構想である姿勢がみえる。

自治体とコンソーシアムとの契約モデルを利用したスマートシティ構想実現は、他の自治体にも適用可能として、ディジョンメトロポールは情報をオープンな態度で開示している。2019年以降250の自治体の視察があり、海外からも50の訪問団をすでに受けている。ディジョンメトロポールではセキュリティ・交通・照明に焦点を絞った構想からスタートしたが、後を追うアンジェ・ロワール・メトロポールでは、水と衛生をさらに層として重ねている。ディジョン同様、アンジェのプロジェクトもグローバル・パフォーマンス契約を締結し、12年間で1億2,100万ユーロ(約169億円)が投資される。契約に定められたパフォーマンス目標は、プロジェクトの償却期間25年間で累積1億100万ユーロの節約につながるはずだが、公表パフォーマンスが達成されない場合は、契約先のエンジ―社にペナルティが課せられる条項が新聞を賑わせた。

図4 : OnDijon 実現のビジネスモデル、コンソーシアム(筆者作成)

On Dijonコントロールセンター

契約発表後18カ月という驚くべきスピードで、2019年4月にOn Dijonコントロールセンター建屋をオープンさせた。システム構築の後、半年以上のテストを経て2021年10月から、約10の都市機能(公共照明、映像保護、建物の安全・セキュリティ、移動・乗客情報、信号交差点の操作、インテリジェント駐車、電子情報、車両群監視)を1カ所にまとめて監督するために、コントロールセンターのフル稼働が始まった。

1,200m2のコントロールセンターには、自治体の各部署の職員とコンソーシアムの民間企業の社員約20名、計50名が相互補完的・横断的に活動している。センターでまず紹介されたのは、市民ポータル(Portail Citoyen)の責任者アブラハム(Yan Abraham)氏 [写真4]であった。市民ポータルは、市政に関するあらゆる問い合わせ、行政手続きなどに関する700件の電話を1日に受ける(対象人口は約26万人)部署である [写真5]。コールの80%に対して対応が可能だが、2021年10月30日に発足したばかりなので、現時点では市民の満足度に関するレポートはまだ存在しない。

写真3(左) :市民ポータル対応室、危機管理室、会議場があるOn Dijon 1階の入り口 ©VINCENT-FUJII Yumi
写真4 :市民ポータルチームの責任者アブラハム氏 © VINCENT-FUJII Yumi

On Dijonの建物の入り口一階には、ポータルコーナーと危機管理室として利用される会議室があり、その階下がコントロールセンターで、公共スペースの警備を担当する自治体警察署(フランスの自治体警察の首長は市長である。警察署は見学不可)と、情報を運用し監視するビデオオペレーターがいる2つのエリアに区分される [写真1]。ビデオルームの左手の都市運営管理部の大型スクリーンの前には、公共空間への介入を調整・管理し、建物の遠隔監視や接続された都市設備の監視を保証するチームがおり、そのスタッフは主にコンソーシアムの社員である。右手の大型スクリーンの前には、メトロポール域内で公共交通を運営するケオリス・ディジョンのDIVIAチームがいる。事故が万が一発生した場合でも、交通運行事業者ケオリス、交通政策の責任者であるメトロポール、自治体警察が同じフロアで情報をリアルタイムで共有し、迅速な連携対応が可能になっている。

左手の管理画面にはメトロポールエリア全体が地図化され、建造物、公共照明、ボラード、監視カメラ、交差点などが色分けで表示され、アイテムごとにリアルタイムで、エリア内で行われているすべての公共工事が提示される[写真5]。エリア内での工事は事前にメトロポールに通知義務があり、通知がなければ工事許可は与えない仕組みである。またディジョンがまず最初にデジタル管理に着手した照明に関しては、一つ一つの照明施設の内容と状態が地図表示され[写真6]、あらかじめ決まったシナリオに沿って照明度を管轄できる。たとえば花火大会時間帯の照明有無のゾーン化や[写真7]、季節により変化する空の明るさに応じた照明の調整が可能で、細かい設定で節約を図る。

写真5 : エリア内で進行中の工事一覧表を地図表示と共に確認できる。スクリーン左手はビデオコントローラーでコンソーシアムの社員。右はアモー議員 ©VINCENT-FUJII Yumi
写真6 :照明施設のオンライン情報が表示される ©VINCENT-FUJII Yumi
写真7 :照明などのインフラの制御(エリア設定の上、照明時間帯や照明度を調整する)は、対象エリアを図面上でメッシュ化することで可能 ©VINCENT-FUJII Yumi

450あるソリューションシート 

これらのスクリーンパネルは危機管理ツールとしても機能しており、事故などが発生した場合は色別(リスクが色別でランク化されている)のアラートが表示される。LRT事故発生をモデルとしたデモストレーションでは、緊急アラートが鳴り、SMS及び電話による直接確認も含み、全関係各者への連絡先及び連絡内容がスクリーン上に表示される。また連絡を受けた担当者からの返答や対応施策などの情報もスクリーンに表示され、連絡内容のやり取りのすべてが自動的に記録に残る。450あるアラートのうち、最も緊急なマターは50と設定されている。

この450存在するアラートに対応するソリューション・プロセス及びシート作成には、行政のそれぞれの部署のスタッフとコンソーシアムのプログラマーたちが、その準備に2年をかけた。アモー議員によると、2019年3月以降、コンソーシアムの職員と行政職員は100回以上の技術委員会やワークショップを開催した。デジタル業者に丸投げではなく、実際にシステムを使いこなしてゆかねばならない行政の職員を、ソリューションシート作成過程でプロジェクトに積極的に参加させたことは重要だ。つまり、変革の定義とモニタリングにメトロポールの行政職員を参加させ、変革をサポートする高性能ツールを装備して、近代的な職場環境を提供した。そして各ソリューションシートでは、責任の所在地が明確に見える化されている。アモー議員は「大切なのはインシデントがあった時のテクニカルな対応ではない。それは誰にでもできる。肝心なのは、誰が責任者なのかを定義することだ。」と述べた。

スマートシティプロジェクトは市民に何を供給するのか?

 ディジョンメトロポールとディジョン市は、「スマートシティプロジェクトへの投資分は、新たな投資ではなく、都市設備(特に公共照明、カメラ、ビルのセキュリティなど)への投資・更新プログラムの一環として、すでに計画していたものが大部分を占めている」と市民に説明している。決して税金で目新しいシステムに着手するわけではなく、すでに予算化されている都市設備の必要な更新を利用して、新しい技術を統合し「スマートシティト化」することを市民に説明した。その上この契約は、中、長期的な視野でみれば、100%LED照明を導入し公共照明をより効果的に制御して、12年間で65%の省エネを実現するなど、節約・貯蓄が可能であることを自治体は強調している[図5]。また、市民とのコンタクトを何よりも大切にするディジョンメトロポールは、行政と利用者の関係を円滑にするために、公共サービスを近代化する手段も導入し、行政手続きの方法や期限を簡略化して、申請書類の非書類化を進め、電子行政の進展を図っている。

図5 : ディジョンメトロポールが、市民向けに分かりやすく発表しているスマートシティのチャート(ディジョンメトロポールのパネルを元に筆者が再構成)

On Dijonプロジェクトに見る市民と自治体のつながり

富山市でも試みているが、ディジョンメトロポールはジオロカリゼーションを伴った市民投稿サービスをすでに実施、導入している。市民はスマートフォンから、道路上の問題(照明の故障、粗大ごみ放棄、道路の穴)や目撃事故を報告できる。2021年10月30日に発足したこの双方向性アプリ[図6]は、2022年6月で5,000回ダウンロードされている。この投稿システムのプログラムでは、受けた投稿内容に行政側で素早く対応して、その処理結果を投稿者に伝える双方向性が必要とされる。またその対応の迅速性のチェックが肝要で、実際に投稿システムの順調な機能を軌道に乗せるまでには時間がかかったようだ。

市民投稿や市民ポータルの立ち上げを、On Dijonプロジェクトと同時に行い組み込んでいることに、自治体が市民を中心に据えていることが分かる。ディジョンメトロポールは、次世代の市民のためには、気候変動に対応し生物学的なダイヴァーシティも尊重するエコロジカルな都市の創造を目的とした、政策の樹立が最も大切であるとみなしている。On Dijonプロジェクトは、そのためのよりインテリジェントな都市マネジメントのツールであり、都市の発展プロジェクトの一つ[写真8]である。つまり、スマートシティは利用可能な技術に基づいて企画するのではなく、市民のニーズに基づいて構築されてきた。まず、自治体が市民に対してどのようなサービスを提供したいのか、またコスト削減の目標達成を考え、適切な技術的解決策を見出す。このステップを踏み、自治体はスマートシティ戦略を定義し、その実現のためのソリューションを1つ1つ構築してきた。そして都市マネジメントに具体的なソリューションを見つけるプロセスにおいて、都市空間や公共交通の管轄を一元化させる必要性から総合制御センターを創設した。

図6 :スマホ上の行政への投稿用アプリ頁。左上から、廃棄物不当放棄、公共照明、アーバンファーニチャー(停留所やベンチ等)、モビリティ不当駐車、道路、右上から、水道・下水、グリーンスペース、衛生一般、タグや不当看板。これらのテーマで地理情報を伴う投稿を、市民から自治体に伝えることができる。
写真8 :2022年に新しくオープンした「ガストロノミーとワインのシテ」の地元ワインのテイスティングコーナー。ディジョンメトロポールでは、地域の発展プロジェクトの一つとして、48か国が参加するインターポール・世界ワイン機構(Organisation International du Vin)を2024年に発足させる予定である ©VINCENT-FUJII Yumi

デジタル行政における個人データ取り扱いと保護

社会にとって有用な公共的・一般的な情報に、誰でもアクセスできることを目的とした取り組みには、オープンデータは欠かせない。電子データ収集センサーで、都市資源を効果的に管理するために収集する情報の中には、市民から収集された移動手段利用[写真9]などのデータも含む。これらのデータ保存の安全性の確保は、地方自治体の公共サービスの中核を成す。フランスで初めて自治体全体規模でスマートシティ構想を実現したディジョンメトロポールにとっても、オープンデータの保護やガバナンスには十分な配慮がなされた。

個人データの保管・保存は、2018年5月の「EU一般データ保護規則」に準拠し、この分野の規則やグッドプラクティスに準ずる。国内では、フランス情報システムセキュリティ庁の勧告に従っている。またディジョンメトロポール議会では、データの取り扱いに関する一般的な規則を決定した。 デジタルデータ保護に関する議決文書(Délibération du 19 Déc 2019 du Dijon Métropole)には、個人データの保護は公共事業としての使命であり、自治体の任務であると明記されている。従ってシステムを構築するためにコンソーシアムにデータの使用は許可したが、その所有権は与えていない。ディジョンメトロポールが、一貫して収集及び作成されたデータの唯一の所有者である。住民の個人情報や映像などを保護する細かい配慮も施しており、たとえば都市空間に置かれた公共監視カメラが、私有建造物の窓側に向かって撮った映像は必ずブロックされている。さらに市民の個人情報の機密性と法律の尊重のため、官学民の人材で構成する倫理委員会を設立した。情報通信と自由に関する国家委員会との直接のカウンターパートである担当官も、On Dijonチーム内で任命している。

ディジョンメトロポールが、個人データの保護のために実施しているデータガバナンスの具体的な姿勢、施策は以下である。

・データセキュリティは、設計段階から統合された恒久的なマターである(「セキュリティ・バイ・デザイン」)。

・都市設備(信号機、公共照明、路面標識、ビデオ監視カメラ)や公共サービス事業者(モビリティ、エネルギー、水など)から取得するデータは匿名化されている。これらのデータは、大量の利用状況を把握するためにのみ利用でき、市民の個々の行動を把握には利用できない(個人の行動は分析不可)。また個人情報を販売することはない。

・データには直接アクセスできず、情報をフィルタリングして保護するプログラミング・インターフェース(API)を通じてアクセスできる。

・オープンデータは、常にコピーで提供され、最初のデータとは完全に独立している。

・セキュリティ監査は、情報システムセキュリティマネージャー(ISSM)とデータ保護責任者の権限のもと、定期的に実施する。

施設やシステムの安全性(ハッキングやエラーへの対処)も考慮されているが、システム乗っ取りのリスクは決してゼロではない。リスクに備えて、通信分野の最高の専門家を集め、さらに、公共の道路設備(信号機、公共照明など)には自律性が保たれており、大規模な遠隔制御は不可能な仕組みである。例えば、信号機はコンピュータが故障しても、すべて青信号に出来ないようにプログラミングされている。そこでこういったシステムの構築やオペレーション能力を備えた人材の、地域における育成が必要である。

写真9 :メトロポールが政策・事業主体となる公共交通のLRTや路線バスは、鮮やかなピンク色で統一されている。運行業者のケオリスは、On Dijonの建屋に公共交通の運行総合制御センターを整備しており、斬新な公共交通利用促進政策を取っている ©VINCENT-FUJII Yumi

官学産で進むOn Dijonスマートシティ構想

On Dijonプロジェクトのさらなる改善には、都市マネジメントとデジタルの双方のスキルを持つエンジニアの養成が必要である。ディジョンメトロポールや州ではデジタル時代に対応できる次世代の育成を重要とみなし、その教育に力を入れている。2019年3月、ブルゴーニュ大学に「スマートシティとデータガバナンス」を専門とする、フランスで唯一の大学講座が創設された。「スマートシティ」に関する知識の共有を促進し、地域のステークホルダー(公共団体、企業、高等教育や研究機関など)との共同作業により、問題点の理解を深め、革新的なスマートシティモデルの開発をサポートする。また地元の産業高専では同じく2019年に、IT・デジタル工学の専門コースが開設された。2020年9月からは、コンピュータサイエンスとエレクトロニクスエンジニアリングの専門学校で、「スマートシティ」「サイバーセキュリティ」「コネクテッドオブジェクト」「人工知能」を含むさまざまな分野におけるデータとデジタルトランスフォーメーション、その構成要素、アプリケーション、利用を中心として習得するコースオプションを提供している。つまりディジョンメトロポールでは、人材の地域における確保を念頭に入れて、中・長期的な視野にたつ官学民協働の都市戦略を考えている。

フランスのスマートシティの特徴

最後に、民間企業による商業戦略の一環としてではなく、圧倒的な主導権を持つ自治体が積極的にスマートシティ構想を推進しているフランスの特徴を幾つかあげる。

―フランスのスマートシティは行政に大きな変革をもたらすと考えられる。On Dijonプロジェクトの実施は、市民には見えないが、自治体内の組織の意思決定や業務調整、協働のプロセスを「内部から」変革するだろう。職員たちは市中での工事、行事、事故、災害などすべてについてリアルタイムで情報を入手して共有するので、これまで制限されていた各部署間の横断的な情報収集や事態への介入時間の最適化を期している。またすべての司令塔を同じ場所に集めることで、さまざまなチーム間の連携がより確実になり、業務が簡素化され時間の節約が可能になり、市民がまずその恩恵を受けることを目指している。

―産官学の提携をめざしている。On Dijonの例でみたように、コントロールセンターのレイアウトと都市設備の両方の定義だけでなく、このデジタルツールによる大都市サービスの連携手法の変革を、官と民が協働して行ってきたのは画期的である。水道業務や公共交通運行などの公共サービスの民間への委託を、長年行ってきたフランスの強い伝統と専門性を生かしながら、新たな規制を考案し官と民の新しいパートナーシップを構築し、運営面、資金面での持続可能性を確保している。また地域における人材の養成にも積極的である。

・システムが基本的にオープンである。商業主義ベースでないフランスのスマートシティの理念は、情報の共有と連帯(行政と民間企業、行政と市民)である。システムやデータの相互運用性の出現に時間とリソースを割くことで、共有に至った。

・ガバナンスの透明性。フランスのスマートシティは、プロジェクトや手法に関する協議の実践や、オープンデータやアルゴリズムの透明性を通じて、ガバナンスに公平さが要求されている。

・市民をシステムの中心に据えた、市民中心主義である。「新技術」からの出発ではなく、「課題の解決、市民生活の向上」を重視する。できるだけ多くの市民がサービスを享受できるように、公平性、包摂性の確保に努めている(スマホだけでなく、電話でもデジタル化された行政サービスを受けられる)。

・フランスのスマートシティはデータの利用に関しては保護的である。自治体が公共データの管理を保証し、プライバシーが確保されている。一般化された監視のモデルとアルゴリズムによる消費者主義のモデルを拒否しているため、RGPDの厳しいルールに対応している。また、ハッキングや、プライバシー保護に備えて、セキュリティ、レジリエンシーの確保に努めている。

・災害時や、緊急事態への備えのツールとしてもスマートシティ構想を利用している。

日本との類似点も見られるが、相違点を検討することは意義があると思われるので、今後もフランスにおけるスマートシティ実現都市の調査を引き続き行いたい。

ヴァンソン藤井由実(VINCENT-FUJII Yumi)

ヴァンソン藤井由実(VINCENT-FUJII Yumi)
FUJII Intercultural社代表/著述家/フランス都市政策研究者
大阪出身。大阪外国語大学(現・大阪大学)フランス語科卒業。欧州各地で通訳として活動、またフランス政府労働局公認の社員教育講師として、民間企業や公的機関で「日仏異文化マネジメント研修」を企画してきた。2010年代からは、主に公共交通を導入した都市計画、地方創生、市街地活性化のフランスの事例を研究し、執筆、講演活動と共にフランスでの調査ミッションを企画する。著書に『トラムとにぎわいの地方都市・ストラスブールのまちづくり』(2012年度土木学会出版文化賞受賞)、『フランスではなぜ子育て世代が地方に移住するのか』(2019年)。共著に『フランスの地方都市にはなぜシャッター通りがないのか』(2016年/以上、学芸出版社)。翻訳監修書『ほんとうのフランスがわかる本』(2021年/原書房/在日フランス大使館推薦書)。ロンドン、ミラノ、パリ、ストラスブール、アンジェを初め在欧30年。
http://www.fujii.fr

企画・構成:紫牟田伸子(Future Research Institute)