都市の活性化における建築とアートの新しい役割

南フランス〈リュマ·アルル〉の取り組み

2021年12月24日|執筆:山下めぐみ(ロンドン在住)

南フランス、プロバンス地方の都市アルル。歴史ある街にそびえるフランク・ゲーリーのタワー ©Iwan Baan

前回、ヴェネチア建築ビエンナーレの結論として「派手なアイコン建築の終焉」と書いた。とはいえ、完成までに時間がかかるのが建築であり、「インスタ映え」の需要も高いので、いまでも世界各地にアイコンの建設は続いている。2021年6月にオープンした南フランスの〈リュマ·アルル〉のタワーは、まさにその一つ。元祖アイコン建築の大御所、フランク・ゲーリー設計である。

ゲーリーを世界的に有名にした作品といえば、1997年にスペインのビルバオにオープンした〈ビルバオ·グッゲンハイム美術館〉だ。度肝を抜くゲーリーの建築によって、ビルバオはアントニオ·ガウディの建築で人気のバルセロナに負けない観光地に生まれ変わった。以後、建築によるまちおこしを意味する「ビルバオ効果」という言葉も生まれた。


上2点:1997年にオープンし、建築によるまちおこしのブームをつくった〈ビルバオ·グッゲンハイム美術館〉(左)と、 フランク·ゲーリーのもう一つの巨大作、パリの〈フォンダシオン·ルイ·ヴィトン〉(右2014年にオープン) ©Megumi Yamashita

今回、最新のゲーリー建築が完成したアルルは、画家のゴッホが滞在し「アルルの寝室」「ローヌ川の星月夜」などの名作を残した南仏のプロバンスの都市。現在、人口は5万人ほど。ローヌ川の分岐点に位置するためかつては港町として栄え、世界遺産に指定されたローマ時代の円形闘技場などが保存されたまちなみでも知られている。

そんな歴史ある街にド派手な現代建築が必要なのだろうか? しかもゲーリーって? という批判も多く、私自身も懐疑的だったのだが、現地入りしてみると、それは「ビルバオ効果」以上のものを目指す、巨大な地域再生プロジェクトの一環であることが判明。スイス人の資産家女性マヤ·ホフマンが、私財と情熱を注ぎ込んだ極めて私的なプロジェクトということにも驚いた。

ローマ時代から現在まで

ローヌ川の交通の要所という役目を終えたのち、水運に変わって都市アルルの経済を支えたのは鉄道だった。鉄道は1842年に開通し、鉄道関係の工場〈パルク·デ·アトリエ〉が建てられ、1920年には1,800人がここで働いていたという。しかし自動車の普及に伴って鉄道も次第に衰退。工場も1984年には閉鎖となり、まちに失業者も増えた。

そうした流れの中、1970年には夏季のアルル国際写真フェスティバル(Le Rencontres d’Arles)が創設され、アルルは徐々に製造の街から観光の街へと移行していこうとする。アートの街としての再生が本格化するきっかけになったのは2010年の〈アルルフィンセント·ファン·ゴッホ財団〉(Fondation Vincent Van Gogh Arles)の開設だ。続いて2013年に鉄道工場跡の一帯を総合的なカルチャー施設〈リュマ·アルル〉にリノベーションするプロジェクトが始まった。

ローマ時代の建物が保存されたまちなみ。右に見えるのが円形闘技場 ©Iwan Baan
〈パルク·デ·アトリエ〉には、鉄道の車両の製造や整備のための工場が並んでいた。
アルル国際写真フェスティバルが開催中。 だが、コロナ禍で観光客は少なめ ©Megumi Yamashita
教会や修道院などの施設を利用し、街中で さまざまな展覧会が開催されている ©Megumi Yamashita

地域とアートを愛する資産家による投資

ゴッホ財団も<リュマ·アルル>にも深く関わっているのが、スイスの製薬会社エフ·ホフマン·ラ·ロシュ(Hoffmann-La Roche)の創設者一族だ。ゴッホ財団のパトロンは創設者の孫にあたるリュック·ホフマン(Luc Hoffmann)だ。彼は世界自然保護基金(WWF)の創始者の一人でもある。アルルにはヨーロッパで有数の鳥類の生息地であるカマルグ湿原があり、リュックは家族と共に長年この土地に暮らし、深い愛着を持っている。リュックの娘マヤ·ホフマンは生後数ヶ月からこの地で暮らした。そして彼女が創設したのが〈リュマ·アルル〉なのである。

マヤは、これまでスイスをはじめ世界各地のアートプロジェクトに出資していて、パトロンとして、コレクターとして、アート界で多大な影響力を持つ。彼女の長年の夢は、これまでの活動の集大成となる事業を立ち上げること、そしてそれが想い入れのあるアルルへの貢献となることだったという。彼女は2004年に〈リュマ財団〉を創設。2013年に工場など巨大な施設を含む10ヘクタールの〈パルク·デ·アトリエ〉を買い取り、プロジェクトが動き始めた。

〈リュマ·アルル〉の創設者、マヤ·ホフマン ©Annie Leiboviz 

新たに建設されたゲーリーのタワーは、文字通りこの事業の金字塔とも言え、まさにプロジェクトのアイコンだろう。一方の〈パルク·デ·アトリエ〉は世界中のアーティストも市民も共にクリエイティブであるための拠点として利用できる場として、人々に段階的に開放されながらつくられているというプロセスも重要だった。建物はアーティストが自由に創作の翼を広げるための滞在型の空間や発表の場として、あるいは市民が利用したい時に利用できることが想定されており、敷地は公園として整備している(管理は区が行なうようだ)。

工場の建物を再利用しながら、周囲を緑化し、市民が自由に使える公園に整備した 
©Adrian Deweerdt 

風景に溶け込むフランク・ゲーリーのタワー

〈リュマ·アルル〉の入口は、鉄道工場時代に建てられたものだ。エントランスを入ると保健施設だった建物をリノベした小さなホテル〈Hôtel du Parc〉があり、元は社員食堂だったという空間をリノベーションしたレストランがある。その先にあるのが完成したばかりのゲーリーのタワーだ。

タワーは地下3階・地上9階建で、高さは街のランドマークの旧修道院の鐘塔よりわずかに低い56メートルである。ゴッホがアルルの精神病院に入院中に描いた作品「星月夜」の躍動感ある筆使いや近隣の山並みが表現されているそうで、ファサードは11,000枚のスチール製パネルに覆われている。各スチール板にプロバンスの青空や周囲の風景が映りこむためか、奇抜なフォルムと大きさのわりに違和感はあまりなく、周りの風景に溶け込んで見える。

タワーの下の部分は円筒型のガラス張りの建物が覆う二重構造で、中から建物を見上げると、渦巻くように階段が上に向かい、ゲーリーらしい複雑なフォルムが内観にも続く。一般公開されているフロアは主にリュマ財団が所蔵する作品の展示に当てられ、オラファ·エリアソン、カースティン·ヘラーなど、有名アーティストによるサイト·スペシフィックな作品から若手映像作家の作品まで幅広い。展示室のほかには、プロジェクトルーム、研究室、セミナールーム、アーカイブルームなどがあり、多数のイベントが随時行なわれている。

〈パルク·デ·アトリエ〉のエントランスは昔のまま。その奥にゲーリーのタワーが見える ©Megumi Yamashita
ゴッホの筆使いを表現する、110,00枚のスチール製パネルに覆われたタワーのファサード ©Iwan Baan
タワーの下の部分はガラス張りの円筒形の建物に覆われている。 ©Megumi Yamashita
ベルギー生まれのアーティスト、カーステン・ヘラーの螺旋滑り台もある。 ©Adrian Deweerdt
展示室では、常設展と企画展が開催される

旧工場のリノベーションと周辺の緑化

最上階の展望テラスからの街の眺めは圧巻だ。プロバンスの青空と悠々と流れるローヌ川。歴史あるまちなみに鉄道が切り込みを入れるかのように走り、リュマ·アルルまで続いている。

高さ56メートルあるタワーの最上階からの展望 ©Megumi Yamashita

上から俯瞰するとプロジェクト全体のスケールがよくわかる。敷地内はざっくり分けて3つの工場施設から構成されている。一番大きな建物〈グランドホール〉は、リュマ財団が買い取る以前に地方予算で多目的ホールに改築されている。それ以外の二つの建物はニューヨークを拠点に活動するドイツ人建築家アナベル·セルドーフ(Annabelle Selldorf)が段階的に改築している。火災によって消失した部分はオープンスペースとし、部分的に布や竹でつくられた覆いがある。そのほかの施設の屋根にはソーラーパネルが設置されている。

大きな池がある周囲のランドスケープは、ベルギーのランドスケープデザイナー、
バス・スメッツが手掛けた ©Iwan Baan 

全体のランドスケープは、ベルギーのランドスケープデザイナー、バス・スメッツ(Bas Smets)が担当。池を囲むように起伏ある芝生が広がり、500本の木が植樹されている。以前はコンクリートの照り返しがきつかったというこの一帯は、緑化によって2〜3度気温が下がったというから驚きだ。散水される水は運河から引かれ、トイレなどには雨水を利用。ボイラーの燃料には地元産のひまわり油が使われるなど、サスティナブル面にも万全に気配りされている。

屋根が火事によって焼失した部分。元工場全体のリノベーションは、建築家アナベル・セルドーフが担当 ©Megumi Yamashita
カフェや多目的に使われるスペースには、布製の天幕や竹の日除けが使われている ©Megumi Yamashita
リュマ財団が買い取る以前に、公費によって改装された巨大な多目的スペース ©Victor & Simon

地元経済の再生に取り組む<アトリエ・リュマ>

サスティナブルな地元産業のリサーチと開発を行なう〈アトリエ·リュマ〉 ©Victor Picon

さまざまな実験的な取り組みが行なわれている〈リュマ·アルル〉だが、中でも注目したいのは、次世代につなげるサスティナブルなデザインの可能性を追求する研究所〈アトリエ·リュマ〉の存在だ。

豊かな自然に囲まれた土地柄、アルルにはひまわり、稲、ウール、塩、海藻など地元で採れる天然素材が豊富にある。この研究所では、文化や伝統を継承しながら地元産の素材の可能性を追求し、長期的な地元経済の再生となるような取り組みを行なっている。さらに地域や分野の異なる人たちの交流の場も目指していて、デザイナー、アーティスト、科学者、哲学者、地元の農民や漁民などが知識を分かち合い、持続可能な産業と社会のあり方を共有しながら進めていこうとしている。

〈アトリエ·リュマ〉は、旧工場を改装して2017年から開設され、これまで世界各地からコラボレーターを迎えて活動している。2021年5月にタワーがオープンするのに合わせて、一般の人も訪問できるオープンスタイルになった。

現在、〈アトリエ·リュマ〉では複数の研究開発が進行中だ。その成果の一部はタワーの内装にも生かされており、地域をあげて自然環境を生かしたサスティナブルな産業を次世代につなげていこうという熱い思いが伝わってくる。

例えば、「Sunflower Power」(ひまわりの力)と題されたプロジェクトは、ひまわり油を搾油した後に残る絞りかすや茎の部分を活用しようという研究だ。茎の中心にある「髄」と呼ばれる白いわた状の部分を粉砕し、自然由来の結合剤を混合してつくった素材を開発。防音パネルとして実用化を目指している。また、油の絞りかすからバイオプラスチックやヴィーガンレザーなど柔軟性のある素材をつくる研究も進行中である。

ひまわりの茎の髄や油の搾りかすからつくられた
パネルなどが試作されている 
©Megumi Yamashita

「Myco Structure」(菌類構造)は、キノコ類の菌糸体をひまわりの残骸や藁を使って培養し、新建材などの可能性を追求するプロジェクトだ。「Algae Platform」(藻類の研究) は、藻類を都市環境に統合するための材料として生産する可能性を調査・研究するプラットフォームで、科学者とデザインの専門家がコラボレーションしながら、テキスタイル、染色、バイオプラスチック建材、農産物などへの応用研究を行なっている。藻類は汚染された空気や水を浄化するバイオレメディエーション(環境修復)にも有効だそうで、ここで開発されたバイオプラスチックは、タワー内のトイレのタイルとして使われている。

藻類からつくられたバイオプラスチック。紐状にしたものを3Dプリンターで形につくり上げる ©Megumi Yamashita
タワー内のトイレの内装にもバイオプラスチックのタイルが使われている

塩を新たな素材とする研究開発「Crystallization Plant」(結晶化プラント)もある。ローヌ川の河口の湿地帯は「カマルグの塩」という有名な天然塩の名産地で、ここで生産する塩の用途創出に焦点を当てている。実際にここで開発された「塩の結晶のパネル」は、タワーの内壁の一部に使われている。

塩のパネルを海で「養殖」する様子 ©Adrian Deweerdt
タワー内のエレベーター付近の壁に使われている塩の結晶パネル ©Adrian Deweerdt

他にも、これまで有効に使われてこなかった、土砂や取り壊し後のタイルやれんが、ガラスなどの建材をリサイクルするプロジェクト「Lost Ground 」(失われた地面)などがある。ひまわりや藻類など、ほかのプロジェクトともコラボしながら、60余りのハイブリッド素材を試作している。このプロジェクトには、イギリスの建築コレクティブ〈アセンブル〉も参加している。

廃材などを使ったハイブリッド建材のリサーチ ©Megumi Yamashita

Forgotten Wools」(忘れられたウール)という研究開発プロジェクトは、この地域でかつて盛んだった羊毛産業の復活を目指すものだ。羊毛用に改良された品種アルレスメリノ羊だが、現在は乳業や食用のために飼育されている。そこで、羊飼い、職人、研究所、染色、紡績、織り・編みの専門家や企業などの協力のもと、製品特性から地元の植物を使った草木染め、テキスタイル以外の素材開発までを視野に入れている。

 これまで燃やして廃棄されていた米の稲わらを、コミュニティ活動の文脈で活用しようという「Rice Straw Enterprise」(稲わら企業)というプロジェクトもある。パネルなど建材の原料にする研究も進行中だという。わらを活用する伝統がある日本とのコラボレーションの可能性がありそうな分野だ。

こうした研究を追求する〈アトリエ·リュマ〉の使命は、集合的に生み出された知識を共有し進化させていくことだ。研究の成果は全て公開され、海外からの研究者やクリエイターも随時受け入れている。「Knowledge Platform」(ナレッジ·プラットフォーム)はリュマの内部だけでなく、パートナーや参加者との対話、共有、ディスカッションを通じて、コンテンツの共有や知識の共有を実現し、アクセス可能にし、協働を促進できるようなリアルおよびデジタルな場である。日本のクリエイターや研究者も参加可能だ。ぜひとも参加して欲しい。

メリノウールを植物などで染め、織物などに展開する ©Megumi Yamashita
アトリエはオープンスタイルで、情報も開示。コラボレーターも随時受け入れる ©Megumi Yamashita

「建てて終わり」ではなく、「ここから始まる」

〈リュマ·アルル〉を1997年に開館した〈グッゲンハイム·ビルバオ〉と比べると、「ユニークな建築が牽引する観光地化」以上の取り組みが見えてくる。アートやアーティストに目を向けると同時に、地域の人々とのつながり、クリエイティビティから派生する地元への経済効果、新しい産業を育む研究への支援など、いずれも地球環境に配慮したサーキュラーエコノミーの構築にきめ細やかに対応したものになっている。

地元の住民感情も重要だ。ホフマンはこのリュマ以外にも多数のレストランやホテルなども所有しているので「億万長者が街を買い占める」という批判的な声もなくはない。そこでリュマの敷地を公園にしたり、地元の人を施設やイベントなどに招待するなど、地域との分断を避ける取り組みは欠かせないと述べている。

さらに、この資産家の持つ資金がクリーンかつエシカルであることも市民感情にとっては重要だったかもしれない。ホフマン家の富は薬剤会社を創設・所有していることにある。同じく薬剤企業系の富豪でアートのパトロンとして知られるのがアメリカのサックラー家だ。これまで世界各地の美術館がサックラー家から寄付の恩恵を受けてきた。だが、その潤沢な資金の元を辿れば、サックラー家が創業した薬剤会社パーデュー·ファーマの鎮痛剤「オキシコンチン」に至る。これは全米だけでも50万人の死者を出したとされる中毒性の高い合法の鎮痛剤だ。この問題が明るみになってからは、寄付を辞退する美術館や、サックラーの名を冠したギャラリーの改名が次々に起こった。寄付金のルーツがクリーンであることだけでなく、人種やジェンダー、環境問題など、総合的に「エシカル」であることが求められる時代なのである。

〈リュマ·アルル〉に対しては、「億万長者のホビーだ」「街の私物化だ」というシニカルな見方もあるが、ここから受け取れるメッセージはたくさんあるだろう。アルルというまちがホフマン家の人々に愛されてきたこと、個人的な資金がパブリックに投じられていること、サーキュラーエコノミーを目指して主体に長期的な地域活性化の視点があること、そのためのネットワークが多様な分野を横断するかたちで行なわれようとしていること。そのために多様な分野や地域を横断するネットワークの構築が進んでおり、規模も方法も、個人投資による地域再生としては他に例がないだろう。そして「建てて終わり」ではなく「ここから始まる」という、先が楽しみなプロジェクトでもある。コロナ禍で「観光」にだけ頼ることの危うさが露呈されるなか、この取り組みから学ぶところは多いだろう。

Luma Arles
Parc des Ateliers, 33 Avenue Victor Hugo, 13200 Arles, France
☎︎33 (0)4 88 65 83 09
オープン時間等は要確認
https://www.luma-arles.org

山下めぐみ氏

山下めぐみ(建築ジャーナリスト/コンサルタント)
ロンドンをベースにヨーロッパ各地の最新建築やデザイン、都市開発について各誌に執筆する。在英は28年目。世界のトップクリエーターへのインタビューや現地取材を通して学んできたことを伝え、交流の場となるプラットフォーム Architabi (アーキタビ)主宰。www.architabi.com

企画・構成:紫牟田伸子(Future Research Institute)