vol.5
「テリトーリオの2つの姿」を振り返る
ケニア共和国ナイロビ地域(ケニアプロジェクト)、福井県あわら市(福井プロジェクト)、の2地域でのテリトーリオ研究を行ってきました。
各々の研究の成果は既に報告した通りです。そこで、2地域の研究を通じて、気づきや感じたことを各プロジェクトの参加者に記してもらいました。
ケニアプロジェクト
遠く離れたケニアの街の中には、突如現れるバラック群や、滞在したホテルの背後にはスラムのような小さな集落がありました。簡素な小屋がひしめいていて、強い風が吹けば倒れてしまいそうなほど脆いのに、そこには建築が単なる形ではなく、生活そのものの表出として立ち現れている感覚がありました。材料も制度も十分ではない状況の中で、人々は眠る場所を確保し、身を守り、商いをしながら、その都度つくり変えていきます。小屋は使い勝手に合わせて増築されたり、塞がれたりしながら変容していく動的なものでした。そこには、誰がどんな生活の必要から、どのように手を入れたのかという作り手の顔が透けて見えるように感じました。テリトーリオが諸要素が連関する領域性を示す概念だとすれば、その小屋の群れは、そこで暮らす人が生き延びるために領域を編み直してきた過程を強く想像させる、関係の束として立ち上がっていました。
今回の滞在で、OSAジャパンの坂田さんと時間を共にできたことも大変貴重な機会でした。坂田さんがケニアの道端で商いをする子どもやスラムの人々と向き合い、スケッチをしていた時の様子を話してくださった時に「彼らにも他者を思いやることができる、人としての尊厳がある」と話されていたことが、心に残っています。私はケニアに行く以前、「黒人」という言葉のイメージが先に立ってしまい、どうしても怖いと思ってしまうところがありました。誰かが与えた言葉のイメージに知らないうちに毒されていたのだと思います。しかし実際に会って話をしてみると、私たちと何ら変わらない陽気で楽しい人々でした。私は指先の動きだけで世界を分かった気になっていたのだと気づき、自らの身をもって経験することの大切さを痛感しました。テリトーリオは地図上の境界として存在するのではなく、身体で触れ、声を交わす中で初めて実感される距離や関係の総体として立ち上がってくるのだと感じました。
ケニアのナイロビに訪れて印象に残ったことは、廃材を利用してつくられた仮小屋のような集落には、人間のエネルギーが形づくられている場所が、色濃く存在しているというところでした。また、それらのバラック郡には、東京の暮らしとの共通点と相違点がそれぞれあり、『暮らしの在り方』や『建築と街の関係性』を考えさせられる契機となりました。
まず、住まいとして感じた共通点は、「イエ」は物の山であり、人間と物との長い愛情関係があるということです。東京の暮らしにおいては、今現在ミニマリズムという考え方も生まれていますが、民家には、変わらず昭和時代のタンスと現代のパソコンが同居しているような「イエ」がたくさんあり、「イエ」が時空間的要素を有している点は、建築の中でも稀有な存在であると私は感じています。
これは、ナイロビに点在した、トタンなどで急造した仮設の小屋が集まったバラック郡でも同じであり、古い木材でできたベッドや伝統的な布を利用したカーテンもあれば、近代的な貯水タンクや屋外階段に利用されたタイヤなど、時代ごとの物が積み重なって、「イエ」を形成していました。「イエ」は特別な時空間をもつ場所で、家族以外の「イエ」にお邪魔して、内部を見るだけで、その人の価値観や家族の歴史というのを実感することができます。
そして、次に感じた相違点は、東京で隣近所の「イエ」の中に入る機会・自由というのは、めっきり減ってしまったということと、ナイロビのバラック郡の人たちは、互いの「イエ」を自由に行き来しているということです。テリトーリオを共通の文化的アイデンティティをもつ集まりとするならば、ナイロビのバラック郡には、テリトーリオという考え方が保存されていて、バラック郡自体が、ひとつの「イエ」とも言え、ひとつの街を形成していると言えるからこそ、共通の場所に自由にアクセスできる感覚を彼らは有しているのではないかと思いました。21世紀の東京の「イエ」は基本的に出入口が1つの建築が増えてきている気がしますが、ナイロビのように、表通りからも裏口からも様々な人々が「イエ」を訪ねることができる暮らしに、本当の豊かさを考えさせられる旅となりました。
福井プロジェクト
福井で行ったべにやさんでの調査を通して、テリトーリオという概念は、あらかじめ定められた地域の範囲を指すものではなく、人の営みや関係性が積み重なることで、あらわれてくるものとして捉えられていると感じました。
べにやさんでは、単なる施設の維持管理にとどまらず、「旅館は地域の美術館でもありたい」という考えのもと、建築や空間を介して地域の人々が関わる仕組みがつくられています。修繕や改修の場面においても、専門家だけで完結させるのではなく、ワークショップを行い、参加者が実際に手を動かすことで建物への愛着が生まれ、新たな関係性が育まれていきます。こうした積み重ねが、伝統を次の世代へと自然につないでいるように感じられました。
生産者との関係についてのインタビューでは、べにやさんの運営が地域との近い距離感の上に成り立っていることがよく分かりました。大きな宿ではないからこそ、その日の仕入れ量に合わせて献立を柔軟に変えることができるという話からは、効率よりも関係性を優先する姿勢がうかがえます。こうした臨機応変さは、テリトーリオという考え方があるからこそ可能になっているものだと感じました。
また、お米をめぐるネットワークの話では、譲り先に宿のお風呂を貸すなど、地方ならではの取引関係を超えた人と人とのつながりのあり方を知ることができました。こうした関係を維持していくことが、食料の需給バランスを保つことにもつながっているという考え方は、地域全体で営みを捉える福井ならではの視点だと言えると思います。
地域に対して旅館が果たす役割については、「旅館は地域の美術館であり、地域を知ってもらう入り口でありたい」という言葉が印象に残りました。実際に、地元の小学生のまち探検の授業で宿を開放し、幼い頃から和室の美しさに触れてもらう取り組みも行われています。観光客だけでなく、地域の子どもたちを含めた長い時間軸で関係を育てていく姿勢が、テリトーリオを「続いていくもの」として捉えていることを示しています。
女将さんへのインタビューでは、おもてなしに対する考え方がより具体的に語られました。たとえお米の出来が良くない年であっても、その状況をエピソードとして伝えることで、ネガティブな出来事をポジティブな記憶へと変えていく。その姿勢は、単なる地産地消ではなく、お互いの営みを交換し合う関係を大切にしていることの表れだと感じました。また、子どもたちを積極的に受け入れている点からは、将来にわたって地域との関係が続いていくことを見据えた視点が読み取れます。
今回の調査を通して見えてきた福井のテリトーリオは、「ここからここまで」と区切られる領域ではありませんでした。人が集い、語り合い、手を動かし続けることで更新されていく状態そのものが、テリトーリオとして存在しているように感じられました。完璧さを追求するのではなく、70点でも前向きに「みんなで夢を見る(Collective
Dreaming)」という姿勢が、べにやを中心に温かい関係の広がりを生み出しています。
このような福井の実践は、テリトーリオを「管理する対象」ではなく、「関わり続けることで育てていくもの」として捉える日本的なあり方を示しています。この視点は、今後、日本と異なる社会構造や生活環境を持つ地域と比較していく際の、重要な手がかりになると考えられます。
2つのプロジェクトを通して
今回のプロジェクトを終えて、私たちはケニアと福井とい う、一見全く違う二つの場所を「共存のテリトーリオ」と いう視点で重ね合わせてみました。
ケニアのナイロビでの話で印象に残っているのは、廃材で作られた仮小屋がひしめくバラック群です。そこには強い風で倒れそうな脆さがありましたが、同時に生活そのものが形となって溢れ出しているような、圧倒的なエネルギーがありました。誰かが自分の生活のために手を加え、変容し続けるその姿は、まさに生きるために領域を編み直してきた「関係の束」そのものだと思います。東京では隣近所の家に入る機会が減っていますが、ナイロビの人々は互いの家を自由に行き来し、街全体がひとつの大きな「イエ」のように機能していました。そこには、共通のアイデンティティを持つ集まりとしての、原初的なテリトーリオが保存されているように感じました。
一方、福井のべにやさんで感じたのは、洗練されたおもてなしの裏側にある、しなやかで温かな営みの連鎖です。地元の伝統工芸の作り手を自ら訪ね、その営みを確認してから自分たちの宿に取り入れる。あるいは、地元の小学生に客室の美しさを体験してもらうことで、幼い頃から地域への愛着を育んでいく。完璧主義に縛られず、関わるみんなが幸せになれる「70点のゆとり」を持って夢を見ることで、地域の守り手としての役割を自然に果たされている姿がありました。
これら二つの姿を並べてみると、いくつかの共通点と相違点が浮かび上がります。ケニアのテリトーリオは、物理的な境界を飛び越えて互いの生活にアクセスし合う「生存のための力強さ」がありました。対して福井のテリトーリオは、顔の見える関係性の中で物語を共有し、お互いの営みを尊重し合う「文化的なしなやかさ」があります。しかし、どちらにも共通しているのは、テリトーリオが単なる地図上の境界線ではなく、実際に声を交わし、身体で触れる中で初めて実感される「関係の総体」であるということです。
指先だけで世界を知った気になるのではなく、自らの身をもって経験することの大切さを、ケニアの人々も、そしてべにやの皆さんも教えてくれました。本当の豊かさとは、出入口を一つに絞って閉ざすことではなく、ケニアのバラックのように多様な人々を受け入れ、べにやさんのように営みを交換し合える「心の通り道」を、街や建築の中にいくつ持てるかということではないでしょうか。私たちはこの二つのプロジェクトを通して、自分たちの身の回りにある境界をもう一度見つめ直し、柔らかなテリトーリオをつくっていく勇気をもらいました。
最後になりますが、1年間このような素晴らしい経験ができましたこと、調査に関わってくださった方々に深く感謝申しあげます。皆様との出会いがあったからこそ、私たちはこの「営みの交換」という大切な気づきに辿り着くことができました。本当にありがとうございました。