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Interview 01

しもつかれブランド会議

インタビュー:青栁 徹氏

日時:2025年10月7日  場所:Restaurant Plath

青栁 徹(あおやぎ とおる)

しもつかれブランド会議代表、株式会社あを代表取締役、ブランディングデザイナー、グラフィックデザイナー、大阪・関西万博 栃木県デザイン共創ディレクター、栃木県工業振興課選任 伝統工芸派遣デザイナー、oneclass 代表
人の役に立つデザイン、本質的な課題を解決できるようなデザインを心がけている。デザインをアプトプットした後も、中長期的にそのデザインが機能しているかを見定める。ブランディング・デザインの手法を用い、デザイン、モノ、ヒトの観点から、ブランド体験へと落とし込む。 グラフィック、パッケージ、ウェブなどのデザインを中心に企業、ショップ、プロジェクトなどをトータルでブランディング。仕事の傍ら、震災の復興支援や動物愛護、市民活動などのプロボノ活動もおこなう。

【しもつかれブランド会議】

栃木県を中心に食される郷土料理「しもつかれ」を、栃木の観光資産として、「餃子」「苺」と肩を並べるブランドへとアップデートさせるために活動するオンラインサロングループ。しもつかれブランド会議では、メンバー自身のやりたい事としもつかれを掛け合わせたプロジェクトを多数立ち上げ、仲間とともに達成を目指す、それぞれが自己成長できるチャレンジプラットフォームとなっている。

プラスの方向にしか動かないと考え、
「しもつかれブランド会議」を立ち上げた。

「しもつかれブランド会議」を立ち上げた経緯を教えてください。

青栁:栃木県に1000年くらい伝わると言われている“しもつかれ”という郷土料理があります。その“しもつかれ”は、栃木県民を二分するくらい好き嫌いがわかれるほどの独特の風味と見た目のある料理だと言われています。地域の資産というか、価値を考えていった時に、その地域に1000年くらい伝わっていて、今でも食べられているものってそれほど多くないだろうと思うんですけども、それが今、作る人も食べる人も減ってしまっていて、消えてしまいそうになっていると思ったのが8年、9年くらい前の話です。
 その頃は僕も“しもつかれ”が苦手だったんですけれど、“しもつかれ”自体を調べていけばいくほど、すごく奥深い料理だなっていうふうに思いまして、それを僕らの時代でなくしてしまうのは、栃木の観光資産を一つなくしてしまうのと同じことなんじゃないのかなと思ったんです。
 とは言え、僕自体は料理人でも何でもないので、料理としてアップデートしていくことはできないのですが、自分が得意なのはデザインやコミュニティ作りといった領域から発想し、グラフィックとかそういった部分を強化していきながら、興味がある人たちと一緒にプロジェクトを立ち上げたら、何かが起こるんじゃないのかな…くらいの感じでスタートしたのが、「しもつかれブランド会議」なんです。

どんなメンバーで始めたのですか。

青栁:最初は、自分の近しい人たちに声をかけたんですが、「やっぱり、“しもつかれ”って苦手なんだよね。あの食べ物はもうどうやってもどうにもなんないよ」って言われて、否定をされました。
 それでも、そこで諦めようかなっていう感覚はなくて、それよりも何か自分の中でどちらかというと確信めいた物があったというか、今まで誰も“しもつかれ”でチャレンジしようとする人がいなかったんで、何かアクションさえ起こせばプラスの方向にしか動かないんじゃないのかな…みたいにざっくり思ったんですよね。ここで自分の仮説を捨ててしまうことがもったいないなと思って、同じ志を持った人たちと活動しようと考えました。
 メンバーは今35名くらい在籍していまして、学生もいますし、飲食店経営者、惣菜屋さん、あとデザイン領域の人、普通の会社員の方、農家の人もいるっていう感じで、もう多種多様ですね。

アレンジ料理から始めて、
「しもつかれ」との出会いを演出した。

最初はどのような活動から始めたのですか。

青栁:メンバーと一緒にやろうと思って始めたのは、“しもつかれ料理”のアレンジでした。これまで、“しもつかれ”って料理自体をアレンジしようっていう文化がなかったんですよね。「あれはもう完成されたものだから、そのまま食べるのが当たり前だ」みたいなのが一般化していて。
 どんな料理でもそうだと思うんですが、カレーとかでも、カレーライスにもするし、うどんにもするし、ドリアにもするし、いろいろ応用して楽しむもんじゃないですか。なんかそういう楽しみ方を“しもつかれ”でやってもいいんじゃないのかなと思って。
 最初にアレンジレシピをたくさん考案するっていうのにチャレンジしたんですよね。メンバーに野菜ソムリエの方がいらっしゃったんで、その方にアレンジ料理をたくさん考案してもらって、クックパッドとかに公開してもらったっていうのが最初ですね。

伝統料理をアレンジするのに反発はなかったのですか。

青栁:お年寄りから、めちゃくちゃ怒られましたね。あれはあのままなんだから、いじくり回さなくていいんだよって、すごく言われました。もちろん、その考えは、その考えで僕はいいなと思うんですけれども、だからといって、アレンジしちゃいけないっていうことにはならないですよね。
 アレンジすることで、“しもつかれ”らしさをちょっと薄めて、現代的な味付けにすることによって、今まで”しもつかれ”に苦手意識があり、食べたことが無いっていう人がちょっとチャレンジするきっかけになればいいかなと思った感じですね。

他にはどんな活動をされたのですか。

青栁:イベントで、「アレンジ料理を食べよう」みたいな会を何回かやったり、あとは料理を街で配ったりもしましたね。通行人に突然“しもつかれ”を食べてもらうみたいなことです。
 人間は苦手な料理を自分から食べに行こうっていう行為をまずしないじゃないですか。ところが急に道を歩いていたら急に“しもつかれ”に出会ったみたいな、「何で、こんな所で“しもつかれ”が配られているんだ?」みたいな所から、ちょっと興味持ってもらって、「ノリで食べてみるか」くらいの勢いで食べてもらって、「あれ、意外といけるな!」みたいな所から、ちょっと苦手意識が少なくなるような人が増えればいいなと思って、何回か、栃木市や日光、東京でもやりましたね。

新商品開発からコース料理まで多彩な広がりができた。

アレンジ料理だけでなく、ビスコッティなど新商品も開発していますね。

青栁:ひとつは、僕がいろんな人をノリで誘って、「“しもつかれ”と何かを組み合わせて新商品開発してみませんか?」みたいな話を、飲食店の方とか、お菓子屋さんとかに持ちかけて、コラボ商品をたくさん作っていったことがあります。もうひとつは、「しもつかれうぃーく」っていうイベントを1年に1回、2月の初午の頃に1週間ぐらいやっていた時に、僕らの活動に共感していただけそうなお店に、“しもつかれ”をコンテンツとして出してくれるように声掛けをしました。そこで自分のお店の料理と“しもつかれ”をどう結びつけられるかみたいな課題を丸投げして新商品を開発していただいて、その1週間の期間中に、お店のメニューとして出してもらうみたいなことを一番多い時で90件以上やりましたね。
 そういうのをやることによって、どんどん“しもつかれ”に関わるお店が増えていって、「なんか自分たちもできるかもしれない」みたいな感じに広がっていって、チャレンジしてくれるお店が増えていったっていうのはあります。

「しもつかれ」を提供し続けているお店とかあるのですか。

青栁:栃木市内では、コース料理のひとつに入れてくれたりとか、「しもつかれコース」を出しているお店もあります。シーズン以外でもそのまま継続されているっていうパターンが何件もあります。
 商品としては、ビスコッティと、これが大学生と作った瓶詰めです。これが「かねふくストア」さんの“しもつかれ”です。「かねふくストア」は栃木市内にあって、1年中“しもつかれ”を作られているお惣菜屋さんです。しもつかれ特有のクセが少なくめちゃくちゃ食べやすいですよ。
 “しもつかれ”の見た目が苦手だという人が一定数いるんですよ。なので、学生と開発した時は、あんまり中身が見えなくてもいいみたいな感じの瓶詰めにして、常温保存で半年持つ“しもつかれ”を初めて作ったんです。冷蔵庫に入れて置かなくてもいいので、お土産とかでも買いやすいです。
 “しもつかれ”は五穀豊穣や商売繁盛を願って、お稲荷様にあげる時にはお赤飯と一緒に“しもつかれ”をあげるんですよね。そういった風習があります。だから、ご飯と一緒に食べる習慣が結構あるんですよね。

左:「かねふくストア」のしもつかれ 中:大学生が商品開発したしもつかれ 右:しもつかれビスコッティ

音楽やファッションにまで広がったのは
自発的な活動を促した結果だけでなく、
「しもつかれ」の素晴らしさゆえ。

「食」だけじゃなく、音楽やファッションにまで広がっています。

青栁:僕は、「みんなが思ったようににやるのがいい」と思っているんですよね。しもつかれブランド会議が神様的に正解・不正解を定義したり、お墨付きを与えるようだと、活動が続かないんじゃないのかなと思うんです。僕は神様になりたいんじゃなくて、みんなにこの面白さを知ってもらって自発的にやってもらうことが、結局、継続することなんじゃないかなと思っています。
 僕は「“しもつかれ”ってこんな遊び方ができますよ」っていう、食べるだけじゃなくて、アートにも音楽にも、デザインにもできるという可能性を提案しています。そうなれば自分ごと化しやすくなると思うんで。僕はその先行事例を皆さんにたくさんお見せして、「皆さんならどう楽しめますか?」っていう投げ方をしているっていう感じですね。

青栁さんのデザイナーとしての力ですね。

青栁:それだけじゃなく、“しもつかれ”の素晴らしさでもあると思うんです。やっぱり、1000年も歴史があるとすごい奥深さがあるんです。
 “しもつかれ”は、江戸時代の後期の頃に今の形になったといわれていますが、その頃に捨てられていた余りものを集めて、今の形になったというのが、今で言う“もったいない精神”とか“サスティナブル”な発想になってくると思います。その文脈に繋げていくと、アートや音楽なども、結局はサスティナブルとか、何かそういうところに繋がっていっている時代なので、“しもつかれ”といろんな組み合わせ方ができるなって思います。

例えば、「しもつかれ」とどんな風に組み合わせるのでしょう。

青栁:2025年の3月に「あったらもん展」という展覧会をやったんです。“あったらもん”は、栃木弁で言うと、もったいないっていう言葉なんですよね。栃木弁にもったいないっていう言葉があるんだっていうこと自体に、僕も驚いたんですけど、そう考えるともったいないっていう、その精神自体が、実は栃木県民とすごく結びつきがあったんじゃないのかなっていうふうに考えた時に、じゃあ、“しもつかれ”のもったいないの部分を抽出して、そこを強調した展覧会をやってみようと思いまして、「しもつかれブランド会議」のメンバーとみんなで展覧会をやったんです。
 そこで展示したものは全部、捨てられていたものをアートとして組み上げたものでした。僕も「もったいないおばけ」をテーマにした音楽を作りました。もったいないおばけが悲しくて叫んでいるみたいな音なんですけど、それも捨てられていた網戸にコンタクトマイクをつけて奏でたんですね。そしたらすごく面白い音になって、ちょうど何か叫んでいるみたいな音になって、そんな楽しみ方をしたんです。
 何かそういう、「食だけど、捉え方次第でそういう楽しみ方ができるよ」っていうのが、僕はデザイナーらしい発想なのかなと思っていて、ひとつにとらわれずに、見方によっては多角的に物事って見られて、そこに表現の可能性が隠れているみたいなのは、やっぱり僕のデザインスタイルともすごく一致しているんで、そういう表現の場を自分で作ってしまったっていうのがあります。

大切なのは後ろで楽しんでやっている人たち
料理はアップデートされていくもの。

「しもつかれブランド会議」では、青栁さんはどんな役割を担っているのでしょう。

青栁:最近、僕は自分が先頭に立って旗を振るのは、実はあんまりやっていないというか、やめた方がいいなって思っているんです。先頭の人間が強ければ強いほど、後続の人たちに光があたりにくくなってしまう。でも実際に大事なのは、後ろで一緒に楽しんでくれている人たちなんです。その方たちがいるから新しい文化がどんどん生まれているので、僕が先頭で旗を振ってやるのを今はちょっとやめていて、むしろ後方支援ばっかりですね。
 誰かが旗振らないと続かないものって本当の文化なのかなと思っているんです。毎年、皆さんが夏祭りに集まってお神輿を担ぐのも、補助金とかをもらってやっているところとかもありますけど、やっぱりお神輿を担ぐことが楽しみで仕事をしているなんて人もいますし、それぐらいの勢いで、2月になったら“しもつかれ”を食べたいとか、表現したいとか、何かウズウズしてくるみたいなところまでになったら面白いなと思っています。それを目指して、他県の人が観光に来てくださったりとか、それくらいになったらいいかなって感じです。

大阪万博でも販売されていましたね。

青栁:栃木で「食」といえばやっぱり、苺とか餃子とかっていうのが出てくるかなと思うんですけど、できれば、そこに“しもつかれ”も入れたいなっていう思いはあって、その成果といったらなんですけど、大阪万博でも一応、栃木の代表料理として販売させていただきました。僕も売り子として売り場に立ちました。
 でも、知名度がないというか、“しもつかれ”って聞いてどんな料理か想像できないじゃないですか。「何とかの煮物」とか「何とか焼き」っていうような名前が付いていれば、わかりやすいんですけど、まずはそこからですよ。「なんだかわからないけど、栃木にそんなに長いこと親しまれている食べ物があるの?」みたいな感じで、「気になるからちょっと食べてみよう」みたいなノリでしたね。

しもつかれの名前の由来は何でしょう。

青栁:元々、“しもつかれ”の発祥は近江のあたりで、ちょっと位の高い人が、大豆にお酢をかけて、ふやかして食べたっていうのが最初だって言われています。大豆が酢に浸かっていたから“酢につかる”とか、“酢につかれ”っていうのがそこから生まれて、その後、時代の変遷の中で、そういう文化が栃木まで流れてきました。
 その頃、栃木では“しみずかり”とか“すみづかり”とかって言われていたんですけど、その時、栃木県は“しもつけの国”って言われていたことから、“しもつかれ”になったそうです。栃木県以外にも、茨城とか、埼玉とかにも“しもつかれ文化”があるんですけど、そっちでは“すみづかり”とか昔の名前で残っているんですよ。“しもつかれ”は栃木県だけですね。

学校給食でも「しもつかれ」は出るんですか。

青栁:出ますが、酒粕とか、鮭の頭が入ってないライトなバージョンで、子供も食べやすい風味になっています。僕の世代では、給食に酒粕たっぷりの“しもつかれ”が出てたんですよ。そうすると、やっぱりもうみんな食べられなくて、そこでまず嫌いになっちゃう。そうするとやっぱり大人になってからも食べないんで、多分、僕らの世代がいちばん食べられない人が多いと思います。
 今は酒粕とかが入っていないバージョンなので、今の子供たちの方が苦手意識があまりないと思います。今の“しもつかれ”は普通に美味しいです。普通に煮物なんです。酒粕が入ってなくて、鮭の身が入った煮物なので、普通に美味しいです。

やっぱり「しもつかれ」のアレンジ料理なんですね。

青栁:アレンジというか僕は料理って、その時代に合わせて変化していいものだって思っているんですよね。高齢の方は酒粕が入ってなくちゃ“しもつかれ”じゃないとか、鮭の頭じゃないと駄目だとかって言うんですけど、最初の“しもつかれ”を考えたときに、今の形だった訳ではありません。
 最初は、それこそ大豆に酢がかかったものからスタートしたと言われてまして、江戸時代に日本の人口が3000万人くらいになって、食べるものがなくなって、冬を越すのにどうしようってなった時に、干からびた大根とか人参をどうにか使って、何とか生きようとした知恵から今の形になったんです。
 例えば、その時食べられていた“しもつかれ”を今の僕らが食べたら、不味くて食べられたものじゃないはずなんですよ。でもその頃はそれしかなくて、それすらも多分、美味しかったんだと思うんですよね。そう考えれば、やっぱり時代の味覚に合わせて料理がアップデートされていくのは普通だと思います。
 大学生が作った新商品なんかは酒粕もすごく少なめですし、鮭の頭じゃなくて“ヤシオマス”っていうサケ科に近い栃木県産のマスの頭を使ったりと、生臭さが少ないものを使って開発したんですけど、僕はそれでいいと思っているんですよね。
 むしろそうしないと残らないというか、現代人が美味しいものとして存在するから継承されていくんじゃないのかなと思うんです。もちろん昔のも大事ですし、僕はむしろ昔の酒粕たっぷりの“しもつかれ”の方が好きなんですけど、やっぱり、若い人たちが食べやすいものもあっても全然いいなと思いますね。

田舎の固定した価値観以外のものを楽しむ、許容する。
2月に人が集まる「しもつかれ文化」を定着させたい。

「しもつかれ」をうまく利用した、まち活性化という気もします。

青栁:そうですね、最初から狙っていたわけじゃないんですけど、結果的に何かそうなればいいなと思っていたのは、ひとつあります。
 田舎にいればいるほど価値観って固定化されてしまっているなと思っていて、自分が正解だと思うことが全てになってしまっている人が多いと思っているんですよね。
 そういう中で、“しもつかれ”っていうのは、その人の中のひとつの正解でしかないですし、それこそ家によって味が違う料理なので、それを本当に活かすっていうことを考えていけば、自分の価値観以外のものを楽しむ、許容していくみたいなことが、今の時代には必要なのかなって思った時に、デザイナーとしては、そういう人の価値観を転換するみたいな役割もひとつあると思っているんですよね。
 それが正解・不正解っていうわけではなくて、「こういう見方があるよ」とか、「こういう楽しみ方があるよ」っていう考え方を提案することによって、それを受け入れた人は、世界の見え方が変わってくるんじゃないのかなと思うんで、そういう意味でも、デザイナーの役割のひとつとして、そういう提案の仕方にちょっとチャレンジしてみたかったっていうのはあります。

経済的な側面はどのようにお考えですか。

青栁:2月になったら、みんなが“しもつかれ”で料理を作ってもいいですし、何か表現してもいいっていう…なんかひとつのパワーが集まる時期ができたらいいなと思っているんですね。2月ってあまり人が動かなかったりする時期じゃないですか。そういう時期に人が集まるタイミングを“しもつかれ”で作れればいいなと思います。
 やっている人たちが、楽しく熱狂してやっていれば、その熱はどんどん外に伝播していくと思うんで、そこから人が集まってきて、お金に変わっていくのかなっていう感じはしますね。大学生が新商品を開発したのも、僕らと関わってから、自分たちが好きな味を自分たちで作りたいっていうふうに考えてくれて、自分たちじゃできないけど大人たちを巻き込んでいって商品化まで持っていきました。僕もボランティアでデザインをさせられて、めちゃくちゃ巻き込まれているんですけどね(笑)。
 もちろん経済として、利益を見つめることは、大事ですけど、まだ初動段階なのかなっていう気はするんですよね。先ほどお話したように、「“しもつかれ”ってなんぞや?」っていう人たちがまだまだ多いので、“しもつかれ”がどんどん広がっていって、2月になったら栃木に“しもつかれ”を食べに行きたいなとか、取り寄せてみようかなみたいな文化ができたらいいなと思いますね。

やはり、2月が「しもつかれ」の旬なんですね。

青栁:“しもつかれ”は、基本的には年末から2月末くらいまでの季節物なので、その時期はガーッと売り上げが行きますけど、それ以外の時はそれほどでもないですね。年間を通じて売られているものもあるんですけど、やっぱり「その時期に作って、その時期に食べるもんでしょう」みたいな人たちが結構多いですね。好きな人は、1年中食べられる瓶詰のものを食べてもらえばいいと思いますが、お稲荷さんに捧げる料理でもあるんで、神様とも繋がっているっていう文脈からも、その時期のものとして捉える人たちが多いですね。
 やっぱり、大根とかの味も、その頃に作られたものが一番美味しいんですよね。夏頃のものですと味は落ちる気がします。その時期の旬のもので作って食べる方が美味しいですよね。
 鮭の頭も昔は新巻鮭の頭を使っていたんです。今もうほとんど贈りあう文化もなくなっちゃったと思うんですけど、今はスーパーで生の鮭の頭を買ってきて作っているんですけど、その時期はスーパーに鮭の頭がいっぱい並びますよ。あの光景(鮭の頭がスーパーに並ぶ光景)は、多分、栃木県じゃないと見られないですね。他の県から来た人はみんな異様だって言います。

これからは若い人に自分のやり方で変えていって欲しい。
「しもつかれ」は奥深いものだから。

今後の展望について教えてください。

青栁:若い人たちにどんどん渡していかないといけない時期なのかと思っています。もう8年ぐらいやって来て、大学生とか、若い人たちの動きも出て来ているんで、そういった動きを加速してあげるような役割になるのかなと。僕じゃなくて、そういう人たちが今度は注目を浴びないといけないと思うんですよ。若い人たちがどんどんメディアとかに出まくって、“しもつかれ”を若い人たちが変えている姿を見せることが自分の役割として必要なところかなと思いますね。
 2月になれば、また皆さんいろいろイベントをやったりとか、商品を出してくれたりっていう方たちがいるんで、そういう人たちのサポートをしながら、“ガストロノミー”じゃないですけど、その地域で“しもつかれ”を作れる人を増やす取り組みとかもしていますし、文化として無理なく、どう定着するかなみたいなのは、自分の中でもチャレンジしているとこですね。
 今まではこちらが誘って、それに対してのアクションっていう形だったところから、逆に「青栁さん、こういうことがやりたい」っていうところに「僕がちょっとサポートしようか」みたいな逆の流れというか…なんかそういうところですかね。あとは、僕の存在が無くればいいと思っています。
 やはり、自然に、この文化を楽しんでくれる人が増えるっていうところが重要かなって思いますね。今はこれだけ情報が多くて、美味しいものが多くなっているので、“しもつかれ”を食べる必然性がどんどん薄くなって来ちゃっているんですよね。そこをもう1回、僕なりの解釈で“しもつかれ”を楽しむ必然性を発信できたらなと思っています。広げるだけ広げて、あとはもう県民におまかせです。
 僕はどちらかというと、いろいろやりたい派なんで、口を出したり、手を出したりしたくなっちゃうんですけど、そこはもう我慢しようと思っています。僕ひとりだけのスピードよりもやっぱり、県民の人たちがたくさん同時進行してくれた方がスピード感は上がるはずです。「“しもつかれ”といえば青栁!」みたいなのは、できる限り薄めていきたいなって思います。“しもつかれおじさん”になっていますから(笑)。ありがたいですけどね。自分の普段の仕事に繋がればいいなと思ってやっていたのもひとつあるんですけど、これからは、そこからの脱却ですね。

2022年に文化庁の「100年フード」に認定されましたね。

青栁:そうですね。文化庁から、「しもつかれブランド会議」の取り組みとして認定してもらいました。その後、県が国からお金を引っ張ってくれて、“しもつかれ”の調査費を確保して、2年くらいかな“しもつかれ”を再調査した時期とかもあったんですよ。
 その結果報告で2023年に「しもつかれ博」っていうのを県と僕らが一緒にやりました。1日限りのイベントですけど、行政と一緒にやって、ちゃんと成果発表をして、そこでも“しもつかれ”の作り方をレクチャーしたり、アレンジ料理を食べたりみたいな催しをたくさん作って、楽しんでもらうようなことをやりましたね。でも、結果的に有識者の方が調べても“しもつかれ”って、よくわからない食べ物だったんですけどね。やっぱり、文献とかが残ってないらしいんです。結局、一般の方の日記などを調べたらしく、それくらい大変な調査だったみたいです。でも、そこまでしっかり時間とお金をかけて、調査をしたことで文化的価値が高まったのかなと思います。

1000年続いている「しもつかれ」だからこその奥深さがありますね。

青栁:“しもつかれ”は、7軒分食べると無病息災って言われて、近所にある7軒の家で分け合いましょうっていう文化が今でもあるんですよ。そうすると病気にならないみたいなことがずっと言われています。
 これは僕の勝手な考察ですけど、江戸時代の頃に食べるものがなくなって、自分たちだけが生き残るんじゃなくて、やっぱり周りとの共同体として何とか生き残っていこうよっていう文化が残っているんじゃないかなと僕は思っています。7軒で配り合うのも、川を越えちゃいけないよって言われているんですよ。要は、近所で分け合いましょうということで共同体感覚というか、近くの人たちで交換し合う、もちろん、味の楽しみもあるんでしょうけど、何かそういった文化が昔からあったんじゃないのかなと思いますね。
 あと、“しもつかれ”も、これだけいろんな種類のバージョンが残っているってことは、“否定の文化”ではなく、“許容の文化”なんですよね。「その味もいいね!」っていう文化だったから、これだけ多様な“しもつかれ”が残っているんだと思うんですよね。そうでなかったら、正解のレシピが残っているはずなんですけど、それが1個もないんですよ。

今後やりたいことは、家庭料理の共通項を見出すこと。

「しもつかれ」の次に狙っている食文化はありますか。

青栁:青栁家に伝わる料理があって、それは、他の人に聞いても誰も作ってないんですよ。
 その料理は“ドジョウ揚げ”っていうんですけど、ドジョウは入ってないんですよ。ドジョウは入ってなくて、ちょっと色がドジョウっぽいって言えば、ドジョウっぽいんですけど、何で“ドジョウ揚げ”なのかわからないんですよね。
 これは勝手な考察なんですけど、多分、栃木市に川があって、そこに昔、ドジョウがたくさんいたわけですよ。でも、うちの方は過疎地域で貧乏だったんで、多分、憧れから、ドジョウに似せて作っていたんだと思うんですね。入っているものは小麦粉、シソの葉、人参、玉ねぎをちょっと、あとは唐辛子ちょっとみたいな感じなんですよね。ドジョウでも何でもなんないんですけど、僕にとってはめちゃくちゃ家の味というか、ちっちゃい頃からお盆の時とかには山のように出てきて食べていたんですよね。こんなに美味しいんだから、栃木の名物にすればいいんじゃないかなっていうくらい、本当にシンプルなんですけど、すごく美味しい…そういう思い出の料理なんですね。そういう何か、その人の家にしか伝わってないけど、すごく美味しいみたいな食べ物って気になりますよね。「あれ?これって名前が違うだけで、うちのと近い」みたいなのとか、ありそうじゃないですか。そこでちゃんと共通性を見い出していくみたいなことって、すごく楽しいなって思いますよね。