表参道

表参道地図
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フィールドワーク
辰巳 渚
 
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いろいろな人がいる

表参道は、最新の高級ブランドショップをはじめとする大型小売店舗、裏原に代表されるような高感度な小規模小売店舗、八百屋などの地域に密着した商店街、竹下通りを中心とする観光地、そして住宅地が入り組む地域であり、それぞれの面に応じた人が集う場である。また、青山方面への拡大は考えにくいが、明治神宮への参拝客という層も含まれていると考えられる。
その地に根づいた生活(「地」)がありつつ、「外」から来る人を「地」が排斥する(閉じて無視する)こともなく、両者が共存しているおもしろい街だと言える。これは「外」からこの街に来る人が「観光客」など一つの属性に突出することなく、いろいろな目的で来る人が交じり合っていることとも関係していると思う。

歩いた日:2006年6月22日木曜日、PM13:30?17:30

【評価1】
誰でも「表参道にいる私」になれる

この意味で、どんな属性の人でも、どんな目的を持った人でも、ひとたびこの街に足を踏み入れれば、「表参道にいる私」として気がねなく「ぶらぶらできる」のが表参道の魅力だろう。どんな人でも、その街を構成する風景の一部になれるのである。付け加えれば、日本では異質な風景になりがちな外国人でさえ、「暮らしている人(かなりアッパーな人からミドルまで、老人から子どもまでの幅がある)」「観光している人」「お店で働いている人」などいろいろいるために、やはり風景の一部になれるのだ。

1.いろいろな人がいる

街の機能がいろいろあるために、そこにいる人もいろいろである。それによって、「この街にいる私」を街が受け入れてくれるような安心感がある。いわば「浮かない」わけだ。また、時期にもよるのかもしれないが、筆者は、他の街では屋内にいることの多い「働いている人」「住んでいる人」が、表参道では外に出ている割合が高いように思う。つまり「オープン」なのだ。
これは町全体の景観とも関わっており、商業地だけでなく住宅地でもオープンな構造になっている(4.参照)。

ⅰ 所属 そこで働いている人、そこに買い物にきた人、そこで人に会おうとしている人、そこに旅行に来た人、そこに住んでいる人など。住んでいる人に関しては、いかにも地元歴が長そうな旧住民と、新しく住み始めたらしき新住民との違いも見られる。品川などで指摘されているようなタワーマンションの新住民と周辺の旧住民が断絶している、といった問題もあまりなさそうだ。所属については2.も参照。
ⅱ 行動 働いている人、買い物している人、しゃべっている人、歩いている人、座っている人、立ち止まっている人、自転車に乗っている人、車で走っている人、家のことをしている人など。みんな生き生きして見える。
ⅲ 老若男女 男女、いろいろな年齢の人がいる。外国人もいろいろな人種がいる。ちなみに、歩いていて耳に入る言葉も日本語と英語を筆頭にいろいろだ。

→「この街にいる私」をいかにその街が受け入れてくれるかどうか、という指標

   
座っている人、観光客、商談?中のサラリーマン。〈B-1〉   邪魔な「オバサン団子」も街の賑わい。〈D-2〉   スターバックスで、見る人見られる人。〈F-3〉
         
   
その街に住んでいなくてもここで働く人が目につく。〈D-4〉   小学生も通る。犬の散歩もベビーカーも。〈F-5〉   自転車の多い街。じいさんもばあさんも乗る。〈D-6〉

2.そこで生活している人がいる

その街でトータルな生活が営まれていると、街全体が生き生きとした場になる。「生きた街」になるのだ。人がいて活気があるという意味だけでなく、生活に必要な物を売る商店をはじめとする建築物の構成、生活する人を相手にする仕事の人がいるという人の構成ともとも関わってくる。
反対の「死にかけたような街」の例としては、昼間には静まり返っており公園に母親と子どもが集まっているベッドタウン、駅周辺から住民がいなくなり郊外のマンションに移ったためにシャッターどおりとなった駅前商店街。

ⅰ 商店で働いている人と買っている人がいる
外から来た客がお金を落としていくだけでなく、地元で商売が成り立っている(お金が動いている)証。

ⅱ 「何をしているのかわからないが住民らしい人」がいる
あいまいな言い方だが、いかにもオフィスから出てきた人、いかにも主婦、といったわかりやすい属性の人だけでなく、「ラフな格好をしている中年の男性」「専業主婦というわけでもなさそうな30代の女性」などいろいろな住民が街にうろうろしているのは、活力の証ではないだろうか。

→その街が「生きた」街であるかどうかの指標

   
ガラス戸の中には中年の亭主がなにやら帳簿をつけている姿がはっきりと見える。〈D-7〉   「ネギの入ったスーパーの袋」という定番スタイルを見ると嬉しくなる。〈D-8〉   八百屋の夫婦は、長いあいだ客と話し込んでいた。〈D-9〉
 
熱心に掃除している花屋のお兄さん。〈C-10〉   表参道といえば美容室。どこの店も外から丸見え。〈B-11〉

 

 

 

 

 

 

【評価2】
いつでも「そこにいる」ことができる街

いろいろな人たちが、表参道と明治通り・青山通りという表通りから、細く入り組んだ裏通りへと常に移動(回遊)しつづける動きのある街である。同時に、開かれた店や建物と通りとのあいだを、常に人が移動しつづけている街とも言える。
全体としては人が移動しつづけているが、立ち止まっている人、歩いている人、集っている人、ベビーカーを押している人、自転車の人など、部分部分の動きにムラがあるために、その中にいれば無理な動きをすることなく、「そこにいる」ことができる。

3.人の動きや密度にムラがある

「ムラがある」とは1.の「いろいろなことをしている人がいる」の言い替えとも言えるが、その場にいる「私」が排除されないたいせつな要素だろう。また、筆者は1980年代に『月刊アクロス』で渋谷の通りにできた人団子の計測をしたことがあるが、これは街の求心力がどこにあるのかを知るための視点となるだろう。
人の動きや密度の「ランダムさ」「揺らぎ」を見ることでは、街の性格が単一であるか多様であるかがわかる。

ⅰ 動きのムラ 【歩く】急いで歩く、しゃべりながらのんびり歩く、ベビーカーを押しながら歩く/【走る】自転車で走る、荷物を持って走る(宅配便など)/【立っている】立ち止まって考えている(地図を広げているなど)、立ち止まってしゃべっている、立ち止まって商品を見ている、待ち合わせしている、信号待ちをしている、店で接客をしている/【座っている】カフェなどで座る、歩道のガードレールに座る
ⅱ 密度のムラ 【密度高】店に群がっている、信号待ちで人が固まっている、表参道を表参道ヒルズに向がって歩いている、竹下通りを歩いている、【小さな団子】観光客の5,6人連れ、上品な若奥様と子どものグループ(お稽古事帰りか)、サラリーマンの3人連れ、待ち合わせらしき若者グループ、【密度低】サラリーマンが一人で歩いている、人気のない裏通りを一人で通り抜ける
ⅲ 視線のムラ 店を見ている、人を見ている、何かを探している、携帯を見ている、地図を見ている、上を見ている、横を見ている、居眠りしている
   
じっくり商品を選ぶ人。〈B-12〉   自転車のスピード・観光するスピード。〈B-13〉   立ち止まって話し込む二人。〈B-14〉
   
ゆっくりベビーカーを押す人、立ち止まって携帯を見る人。〈F-15〉   自然食の店が目立って賑わっていて、その賑わいが目を引く。〈F-16〉   竹下通りの魅力は、人団子があちこちにできていることかもしれない。〈A-17〉

 

【評価3】
内と外、表と裏との境界がゆるやかである

都市が人や物の集積する場である以上、都市そのものの持つ特徴とも言えるが、表参道のオープンさは、内と外、表と裏といった境界ががっちり固まっておらず、ゆるやかであることに関係しているように見える。
そしてただ単にオープンであるだけでなく、「その先になにがあるんだろう」と興味を引くような奥行きも兼ね備えている。

4.建物が外に向って開かれている

建物が防御的か、開放的か。たとえ住宅街でも、外部を排除する街と受け入れる街がある。表参道の場合は、郊外住宅地と違って個人の住宅でも高い塀をめぐらせていない、外を意識して花を飾っているなどといった街の住宅(町家と言ってもいいだろう)のよい面がオープンな街のたたずまいを作っている。もちろん、住宅街のなかにも商店が入り込んでいることも大きいだろう。

ⅰ 建物の構造が外に対して塞がれていない
塀やドアが、なんとなく開放されている。外から内へと続くアプローチや階段がある。商店が集まったところではパティオ形式もよく見られる。

ⅱ その建物の主の気持ちが外に対して塞がれていない
ドアを開けてある、花を飾ってある、商品を外に展示してある、など。

→その街が防御的であるかどうかの指標

   
その名もまさに「オープン」カフェ。〈B-18〉   ちょっと怖そうな店も、ドアを開けてある。表参道の基本は「オープンドア」のようだ。〈A-19〉   〈F-21〉
 
花がこういう風に飾ってある住宅街は住みやすいもの。   いったん道路から引き込んで、それから内に誘うアプローチ。表参道の住宅と商店が混在する場所に特有な風景かもしれない。〈F-20〉〈F-23〉

 

5.「その先」が知りたくなる

目抜き通り・大通りだけでなく、そこから先に入っていける小路・建物の隙間があり、なおかつその先に「何があるんだろう」「誰が住んでいるんだろう」「どんな店があるんだろう」と感じさせる気配がある。懐が深いというイメージだ。

ⅰ 先が見えない小路
多く見られるのは、先まで見通せない緩やかにカーブした小路や、下った先が見えない階段・坂。またパティオ形式の商店の集合も、同じ関心を引きやすい。

ⅱ 先まで見通せる小路
表通りに面した直線の小路はつまらなくもなりがちだが、表参道の場合はその両脇に表通りとは違う高感度な店が並んでいるのが見通せて、「この道を歩きたい」という思いにさせる。神宮前5丁目の、表参道から南に入る「裏原」の通りも、そんな吸引力がある。付け加えれば、表通りから引き込んだところに鳥居があり、その置くに神殿が見える神社も、この街の奥行きを感じさせる。

→その街には簡単にはわからない懐の深さがあるかどうかの指標

   
車通りからこんな道が枝分かれしている。〈D-24〉   下に降りる階段があって古い家が見える。そこから左に折れる道はどこにつづくのか。〈F-25〉   住宅街のなかに商店が点在し、その奥から人が出てくると、「どこから出てきたのかな」と気になる。〈F-26〉
 
表参道の立派なファッションビルの傍らにも、その先につづく道が用意されている。〈B-27〉   神社仏閣がある街は、おのずから参道を備え、「その奥」を感じさせるようになる。〈D-28〉

 

 

 

 

 

 

●付け足し:目が留まる楽しいモノたち

歩いていて、ふと目が留まるモノがある街は魅力的だ。かつて話題になった「トマソン」的なモノも、ふと目に留まると嬉しい。

     
「これがバラだったら」と思わせるようなアーチ。〈F-29〉   門から急勾配で上がっていく階段につけられた防犯をかねた飾り。とてもおしゃれ。〈F-30〉   中庭風に作った空間の、建物の裾にタイルが貼ってある。〈F-31〉   古い住宅の門扉。〈F-32〉