秋葉原レビュー
都市の変容速度 大野 隆造
 

「秋葉原に行く」と言われて「誰と何をしに行くの?」と聞き返すことはまずない。銀座や渋谷と違って、そこを訪れる目的がはっきりしているからだ。このあたりの特徴を辰巳さんは「用ある者の街」として、そこで見られる人々の密度、流れ、足取り、姿勢といった行動観察を通して、街をそこにいる人の「居方」から読み解いている。川上さんは、建物上部で分断された街並みが一階部分では連続して見え得ること、またそれが明るく照明された店舗の光の帯で連続感のある夜景となっていることを指摘して、街の景観が注意を向ける方向や昼と夜の時間で異なった現われ方をすることを気付かせてくれる。電車で街を訪れる人が街と最初に出会う場所は駅の出口である。添田さんは秋葉原駅の空間とサインの分りにくさや、駅前空間の不協和をとらえて、街を歩き始める起点としての駅から街への移行空間の大切さを論じている。秋葉原は時代とともにそこで商われる主力商品が変化してきた。この過程が沈殿して空間的に分割された商業エリアが形作られ、それぞれのエリアの店構えが独特の街の景観を形成していることを石垣さんは指摘している。
上述の4人が異口同音に語っているのは、真新しいオフィスビルの再開発地域と既存市街地の鋭い景観的対立である。建物だけでなく、それを覆わんばかりの看板、道にあふれる商品、オタクな人達が生み出す既存市街地の活気が再開発地域では全く感じられない。都市が時代とともに変容を遂げるのは避けがたいし、絶えず変化することが都市の本質であるともいえる。しかし、あまりにも異質で巨大なマッスによる急激な変化はその街がそれまでに培ってきたアイデンティティを根こそぎ破壊しかねない。都市が過去の遺産を継承しつつ進化することが可能な変容速度はいったいどの程度なのだろうか?今にも巨大なピカピカの建築群に飲み込まれそうな秋葉原の街と人を見ながら考えさせられた。